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第五話 憂鬱な時間

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 帰りのホームルームで、屋上の鍵が紛失したことを担任から知らされた。心当たりのあるものは申し出るように、と目を光らせながら。

 案の定、クラスメイトは屋上が開いていることには気付いていなかった。突如降ってきたセンセーショナルな話題にみんな目を輝かせている。

「鍵が紛失って、誰かが盗んだってこと?」

「何のために? まさか飛び降りだったりして……」

「んなわけねーだろ。どっかのバカップルが屋上でヤりたくて盗んだんじゃねーの?」

 みんな口々に意見を言い合う。誰がどんな理由で鍵を盗んだのか気になっている様子だった。

 気になっているのは綾斗も同じだ。表立って会話に参加することはなかったが、頭の中ではあれこれ想像していた。

 盗んだ理由に関しては、屋上でヤりたくてという理由が近い気がする。そこまで過激な目的でないにしろ、人目につかない場所で恋人といちゃつきたいという目的があったのかもしれない。学校の隅っこで、こっそりハグをしていた自分達のように。

 そんな想像をしているうちにホームルームが終わった。綾斗は荷物をまとめて立ち上がる。

 先ほど担任は、心当たりのある生徒は申し出るようにと言っていた。周知されるよりも前に鍵が開いていた事実を知っていた綾斗には、報告する義務があるのかもしれない。だけど綾斗は報告するつもりはなかった。

 報告なんてしたら、自ら事件に巻き込まれに行くようなものだ。先生からあれこれ事情聴取されるだろうし、クラスメイトから何と言われるか分からない。そんなのは平穏な学校生活を阻害する行為でしかなかった。

 何も知らなかったことにする。それが一番の選択だ。

 何事もなかったかのように教室から出ようとすると、クラスメイトに声をかけられた。

「水野、これからみんなでカラオケ行くんだけど、お前も行かね?」

「おお、菩薩様のありがたい歌が聴けるのか。ご利益ありそう」

 テンション高めの彼らを見て、綾斗は瞬時に作り笑いを浮かべる。

「ご利益ってなんだよそれ!」

 明るく軽くツッコミを入れる。それから笑顔でカラオケに行く承諾をした。

「うん。俺も行こうかな」

 正直、カラオケはあまり好きじゃない。マイクを通した大音量の声が頭に響いて、落ち着かない気分になるからだ。店を出る頃には、毎回ドッと疲れてしまう。あれがストレス解消になるという人の気が知れなかった。

 だけど断ることはしない。ノリの悪い奴だと思われて、ハブられるのも怖かった。気が重かったが、彼らに付いて行くことにした。



 カラオケに来て一番困るのは選曲だ。古すぎても駄目だし、盛り下がるのも駄目。かといって、合いの手が入るような盛り上がる曲は、自分の性格には合わない。

 みんなが知っていて、ほどよく落ち着きのある曲を選ばなければならない。綾斗はデンモクの履歴から無難な曲を選んだ。

 順番が回ってきて綾斗が歌う。歌は得意ではないが、音痴と罵られるほど下手ではない。至って普通の歌唱力だった。

 そのせいもあってか、綾斗が歌っている間はクラスメイトは適当にスマホを弄っている。自分の歌に興味を示されていないのは明らかだったが、注目されるよりはマシだ。

 何とか無難に歌いきり、後奏が流れる。そのタイミングでクラスメイトのひとりが口を開いた。

「そういえば最近さ、あいつ調子に乗ってるよな」

「あー、千颯だろ? 相良さんと付き合い始めたからって、リア充気取ってるよな。今日だって体育終わった後に堂々といちゃついてさ」

「身のほどを弁えろっつーの。自分のことイケメンだと勘違いしてんじゃねーの?」

 突如、クラスメイトの悪口が始まる。千颯というのは、最近クラス一の美少女である相良雅と付き合い始めた男子だ。

 明るくて素直な性格でありながら、ちょっと抜けているところがある彼は、弄られキャラとして愛されていた。千颯がいれば退屈しない、というのがクラスの共通認識だ。

 そんな彼が悪口の対象になっている。綾斗から見れば、彼に落ち度はないように思えた。

 クラスメイトの悪口を聞いていると、気が重くなってくる。悪口は苦手だ。他人の悪意が伝染して、こっちまでしんどい気分になる。最終的にはまるで自分が悪口を言われているかのような気分になっていた。

 彼らは、ついこの間まで千颯と仲良くしていた。それなのに彼女ができた途端悪口を言い始めるなんて、とんだ手のひら返しだ。

 きっと彼らは千颯のことを下に見ていたのだろう。格下だと思っていた相手に可愛い彼女ができたのが面白くないのだ。だからこうして彼を下げることで、自分達のプライドを守ろうとしているのだろう。

「なあ、水野もそう思うだろ?」

 不意に話を振られて焦る。だけどすぐに笑顔を浮かべ、当たり障りのない返しをした。

「調子に乗るのは良くないよね」

 綾斗の言葉を聞いたクラスメイトは、満足げに笑った。

「ほらみろ、菩薩様もお怒りだ」

 その言葉でドッと笑いが起きた。悪口はここで終わりかと思いきや、またもや怪しい方向に話が進む。

「つーかさ、あいつらもうヤってんのかな?」

 下世話な話題が上がる。すると周りに居たクラスメイトが吹き出した。

「いやいや、絶対ヤってねーだろ。あいつにそんな度胸あるかよ」

「だよなー」

 クラスメイトはゲラゲラ笑う。綾斗は依然として作り笑いを浮かべていたが、内心ではうんざりしていた。



 駅前でクラスメイトと別れると、どっと疲れた。わざわざ時間とお金を使って疲れに行くなんて、一体何をやっているんだ。

 だけど、これも平穏な学校生活を送るためには必要なことだ。そう諦めることにした。

 改札を抜けて、ホームに向かう階段を降りる。階段を降りた先で、アッシュグレーの長い髪がふわりと揺れるのを見かけた。

 羽菜だ。
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