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体の変化

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 次の日は朝から槍を手に島の動物を探し始めた。食料はまだまだ足りているが、野生の獣を食べるのには手間が掛かるし保存期間の長い缶詰などは出来るだけ残しておきたい。

 昨日、糞を見つけたところから獣道を辿っていく。大抵の場合は夜行性で行動範囲も限られているはずだから、突然襲われるようなことも無いと思いたい。十分ほど歩いた先に見つけた地面の穴と、まとめて置かれている木の実の食べカスなどからこの辺りが塒だとわかる。

 ――ダンッダンッダンッと地面を踏み鳴らす音に警戒心が高まれば、不意に飛び込んできた小さい影を鷲掴みにした。

「……兎、か?」

 姿形は兎だが、額に生えた一本の角と口からはみ出る鋭い牙は俺の知っている兎ではない。が、兎は兎だ。少々見た目が違っても目的が変わることは無い。

「悪いな」

 暴れる体を抑えて首を捻れば、ポキッと骨が折れた。ここからは時間との勝負だ。温もりがあるうちに持ってきていた折り畳みナイフで腹部を裂いて内臓を出し、首元に切り込みを入れた。血抜きのためには逆さに吊るすか水にさらすか。幸いにも小川が枝分かれしていたから水量の少ないほうを使わせてもらおう。このサイズなら一、二時間でも水にさらせば大丈夫、なはずだ。

 血抜きをしている間、取り出した内臓を地面に埋めて、兎の巣であろう穴の数を数えた。見えている限りで十数か所。そこに何匹が住んでいるのかわからないが、数は気にしておかなければならない。

 出来れば鹿か猪なんかのほうが肉の取れる量は多いが、一人での作業と食材として無駄にしないことを考えるとあまり手を出すべきではない。まぁ、そもそもこの島に生息していればの話だが。

 血抜きした兎を手に塔へ戻り、乾かしておく間に石を積んで囲いを作り木の枝を組んで、持ってきていた火打ち棒で火を点けた。

 まずは肉と皮の間にナイフを入れて毛皮を剥ぐ。生えている角は頑丈で鋭い。確実に戦いに使うための進化だと思うが、草食の兎が何と戦うのか……この島の兎だからなのか、この世界の兎すべてが同じなのかによって答えは変わりそうだな。

 解体した肉に塩を掛けて放置し、浮き出た水を拭き取ったら火の上に吊るして、煙で燻す。使えそうな葉っぱがあったら今度は包み焼にしてもいいが、とりあえずは保存できて長く食べられる燻製にするのが正解だ。

 一角兎の燻製肉を作っている間に次の作業に移る。

 飲み水は湧水を浄化したものを飲むとして、生活用水は別で要る。そのために塔の上でタープを広げて雨が降った時に溜まるようにしておく。

 次に俺の体に起きた変化を確かめる。今日も今日とて疲れ知らずだが、スタミナ以外はどうだろう? 太い木の前に立ち、掌で触れる。押せばどうなるか――握れば? 殴れば? 妙な感覚だ。発泡スチロールに触れた時、殴れば破壊できてしまうことがわかるように、ガラスのコップを強く握れば割れてしまうのがわかるように――俺はこの木を破壊することが出来てしまう。

 拳を握って木に打ち込めば、触れた部分が木っ端微塵に弾け飛びゆっくりと倒れていった。

「……痛みも無い」

 無尽蔵のスタミナと肉体強度上昇に筋力強化? いや、もっと単純な身体能力強化くらいに考えてもいい気がする。作った槍を握ったところで壊れるわけでは無いし、意識して力を込めれば壊すことができるという認識だ。体の頑丈さとスタミナは常に強化状態で、パワーに関しては意識すれば使える感じだな。

「じゃあ、試してみるか」

 時にはバカになることも大事だ。

 塔は四階建てで高さは約十メートル。普通なら落ちて打ち所が悪ければ命を落とすし、うまく着地しても骨折か内臓を損傷するだろう。

 だが、おかしなもので塔の上から下を見下ろしても恐怖心が無い。俺自身の意識ではなく、肉体が恐怖を感じていない。階段の一段上から軽くジャンプする感覚で――飛び降りた。

 周りを見る余裕すらあり、地面に足が付いた瞬間に理解した。なるほど、頑丈だ。

 残りの疑問は、他の人間と比べてどうか、だな。ここが魔法の世界なら体が頑丈なだけでどうにかなるとも思わないし、剣や銃の世界でも生きていくのは難しい。……なるようになるか。

 完成した燻製肉をラップで包んだ上から布で包んで保存しておく。味見に一欠けら食べてみたが、もう少し塩味があっても良かったな。とはいえ持ってきた塩も限られているし、味付けに文句は言えない。

 次に、倒した木はイカダを作るのに適していないから焚き火用や罠に使う用に切っておく。

 島を一周した時に竹林のような場所もあったから明日はそこに行ってみよう。イカダの材料にもなるし、釣り竿にも使える。あとはロープに使えるような蔓でも見つけないと。

 日が暮れて翌日、塔から直進で約一時間歩いた場所に見つけた竹林。竹はあったが、目の前にいる巨大な猪がこちらを威嚇している。手に持つ木の槍では毛皮を通らず致命傷にならないだろう。戦うのではなく退かせればいい。倒したところで食べるのには一苦労しそうだしな。

 フゴォッ! と鼻を鳴らして突っ込んでくる猪を見て、槍を手放し腕を広げて腰を落とした。

「ふっ――」猪の牙は俺の体を貫かず、首に腕を回してその巨体を持ち上げた。「よいっ、しょ!」

 裏投げ。もしくはジャーマンスープレックスで巨大な猪を背中から地面へと落とした。

「思ったよりも軽かったな。悪いが、お前を食べる気は無い。出来ればそのまま去ってくれると助かる」

 こちらの言葉はわからないだろうが、敵意が無いとわかったのか起き上がった猪は背を向けて去っていった。

 とりあえずイカダに使えそうな手頃な竹と、釣り竿に使えそうな竹を確保した。タケノコでもあればと思ったが、食べるにはアク抜きも必要だし手間が掛かる作業は無しにしよう。

 竹を持って塔へ戻り、鉈で長さを整えていくが……大陸までどれだけの距離があるのかわからないし、大きめがいいか。

 作業を続けて日が暮れてきたことに気が付くと、近くに大量の木の実が置かれていた。

「ベリー系だな」

 腐っているわけでも無さそうだし、口に含めば酸味は強いがこちらに来てから味わっていなかった果物の味だ。……猪か? 殺さなかったお礼に木の実を持ってきた、と。それ以外は考えられないし、害が無いのなら素直に受け取るとしよう。

 それから午前中は一角兎の狩りや竹で作った釣り竿で釣りをして食料を蓄え、午後は竹でのイカダ作りと漂着物で浮力がありそうなものの選別をして過ごした。

 魚は地球のものとそれほど違いは無い。内臓を取り、捌いて燻製にする。さすがに燻製にも飽きはくるが、別世界の生き物を生で食べることのリスクの高さを考えれば高温高熱で食中毒などの可能性を潰しておいたほうがいい。

 この世界に転移して二週間――数日に一度は軽い雨が降り、塔の屋上に設置したタープにも水が溜まって体を洗うことが出来る。

 イカダは完成した。食料も燻製にした分の肉と魚の他に、持ってきた非常食もあるから海の上でもしばらくは持つし、イカダの上でも釣りは出来る。残りの問題は浮力と安定性だ。当然、海には波があって竹のイカダはそれなりに重い。それに見合った浮力体を周囲に付けて安定させ、転覆しないようにしないといけないが――まだ足りない。島には日に数度、漂着物が流れ着くがどれも浮力があるものとは言えず、偶に見つかる革製品の一部を縫い合わせて袋を作っているのが現状だ。

 午後の日課となった漂着物探しの島半周。塔を中心に、桟橋から半分を。そして、今日は反対側から桟橋へと戻れば、いつもと違う光景に目を疑った。

「船? 船か!?」

 それほど大きくない木製の船だ。昨日は無かったし、今朝、塔の上から島全体を見渡した時にも無かったはずだ。帆が畳んであって、桟橋の杭にロープで縛られている。島を半周してきた俺と鉢合わせていないということは――向かうのは塔だろう。……マズいな。すでに日常だから忘れていたが、あの時の猪が二日に一回木の実を置きに来ている。それが今日で、おそらくこの時間だ。急いで戻ろう。

 桟橋から塔への道を真っ直ぐ駆け上がっていけば「フゴォッ!」と猪の声が聞こえた。

 塔に辿り着くと、巨大な猪の前には臨戦態勢の五人の人間が居た。
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