次期社長と訳アリ偽装恋愛

過去を乗り越えて

４

「なぁ、梨音。昴に好きな人や彼女が出来ることは考えてなかったのか？」

お兄ちゃんの冷たい声が突き刺さり、私の思考回路は停止した。
今、お兄ちゃんは何て言ったの？
昴くんに好きな人？彼女？
お兄ちゃんは「そんなことも考えていなかったのか」というような冷ややかな視線を向けてくる。

「お前が昴のことを好きなように、昴にも好きな人がいてもおかしくないだろ。お前を中心に世界が回っている訳じゃない。梨音、自分の気持ちを他人に押し付けるばかりするな。ハッキリ言って昴にとってお前の気持ちは迷惑でしかない。もう未成年じゃないんだろ。だったら自分の行動に責任を持てよ」
「おい、響也。それは言い過ぎだろ……」

昴くんじゃない、もう一人の男性の声が耳に届いた。

迷惑というお兄ちゃんの言葉が脳内を駆け巡る。
昴くん好きな人がいる？

「昴くん、好きな人が……いるの？」

恐る恐る聞くと、昴くんは気まずそうに私から視線を逸らして口を開く。

「えっ、いや……。まぁ、ね」
「もしかして、付き合っているの？」

昴くんは静かに頷いた。

ヤバい、泣きそうだ。
でも、こんなところで泣く訳にはいかない。
私は財布から千円札を取り出すとカウンターに置き、立ち上がった。

「昴くん、今までごめんね。私、自分のことしか考えてなかった。最低だよね。もう昴くんに迷惑をかけるようなことはしないから安心して。朔ちゃん、ごちそうさま」
「え、梨音。全然飲んでないじゃないか。それに、お金は……」
「じゃあ」

朔ちゃんの言葉を聞き終わる前に私は逃げるように外へ出た。

胸が痛くてたまらない。
次から次へと涙がこぼれ落ちる。
どうしてこんなにつらい思いをしないといけないんだろう。
やっと二十歳になって、対等に私のことを見てもらえると思っていた。
でも、それは昴くんの気持ちを無視した、私の勝手な願望だった。

それはそうだよね。
私は目の前の恋に夢中で、冷静に周りのことが見えてなかった。
昴くんに自分の気持ちを押し付けていたんだ。
どうしてお兄ちゃんに言われるまで気づけなかったんだろう。
浅はかな自分に嫌気がさす。

昴くんも私がお兄ちゃんの妹だから邪険に扱えないし、強く断れなかったのかもしれない。
自分の未熟さに後悔するばかりで、昴くんに会わせる顔がない。
ごめんね、昴くん。
もう昴くんには近づくようなことはしないからと心に決める。
頬に流れる涙を拭い、足早に家路についた。

私の二度目の恋は無残に散り、それから恋をして自分の気持ちを相手に伝えることが怖くなったんだ。