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騎士への道
王立ベルヘイム騎士養成学校14
しおりを挟む「くそっ! 何が起きてるんだ? 母さん、伏せるんだ!」
崖の下で航太を待っていたイングリスは、崖上の異変に気付いて思わず母の前に飛び出していた。
その瞬間、崖の上から雨の如く……正に、雨の様に矢が降り注ぐ。
奴隷の……人間とヨトゥンの混血の人達の背中に……身体に、矢が突き刺さっていく。
頭を抱えて丸まっていても、逃げようと走っても、その身体に容赦なく矢が何本も突き刺さる。
母親の前に立ち剣で必死に矢を叩き落とすイングリスだったが、あまりに飛んでくる矢の量が多く、ついに左肩に矢を受けてしまう。
「ぐっ!」
あまりの激痛に、動きが止まるイングリス……
棒立ちになったイングリスに、矢の雨が襲いかかる。
恐怖で目を閉じたイングリスだったが、その場を離れようとはしなかった。
自分が離れてしまえば……逃げ出してしまえば、母に矢が突き刺さってしまう。
それだけは、絶対に避けたかった。
が……絶望の時間は、いつになっても訪れない。
静かに目を開き、瞳を凝らしたイングリスは、頭上が蒼くなっている事に気付いた。
「全員、このドームの中に入って! とりあえず、矢の恐怖からは逃れられるから!」
「傷を癒す魔法が使える方がいたら、集まって下さい。怪我人を救います! 1人でも多く、助かって欲しいから……」
2人の女性の声が聞こえ、イングリスは声がした方に視線を移す。
ピンク色の綺麗な髪が特徴的な可愛らしい少女と、智美が髪をロングにしたら見分けがつかないような女性……
「智美……さん?」
「ん? 智ちんを知って娘がいるみたい。ねぇ、智ちんもココに来てるの?」
槍……矛を大地に突き刺して力を込めていた智美と瓜二つの女性は、イングリスに気付いて声をかけてきた。
「あ……いえ。智美さんの事、ご存知なんですか?」
「そりゃ、ご存知ですよー。だって、双子ちゃんだし。あ、双子って分かる? 顔とか声がそっくりでー……」
人差し指を天に向け、何故か双子について説明を始めた絵美をルナが睨む。
その視線を感じて、人差し指を天に向けたまま冷や汗を流して固まる絵美……そして、その姿を見てイングリスも言葉を失う。
「あの……そこの騎士様、智美さんと面識があるんですか? もし智美さんが近くに来てるなら、協力して欲しい……居場所を教えてもらえませんか? おおよその位置さえ分かれば、魔法で協力を仰ぐ事が出来るのてすが……」
「いや、智美さんは来ていないんだ……そんな事より、この青いドームは一体……矢を全て無力化しているが?」
イングリスの目の前に、矢が力無く落ちてくる。
奴隷の人達を包み込む青いドームに矢が触れた途端、減速して力無く地面に落ちてきていた。
地面に突き刺さる力も無く、地面に転がっていく。
「これね! 私のスキルの一つで、完全無欠の水のバリアなのよー。バリアって分かる? いやー、ファンタジー世界の人に、SFの事は分からないかなー?」
「絵美さん、真面目にやって下さい! 亡くなってる方もいるんですよ! でも……智美さんが来てないとなると、攻撃は私がやるしか……犠牲者が出ないように魔法を使うのは、正直難しいわ……」
そう言いながらも、ピンクの髪の少女は槍の中心に宝玉が埋め込まれている槍のような形態の杖を振り回し始める。
「あの……智美さんは来てないが、航太なら一緒だった。今は崖の上にいる筈なんだが……」
「えーっ、航ちゃんだけかー。片側の崖の上からの攻撃が止んだのは、航ちゃんの仕業って訳ね。ルナちゃん……一応、航ちゃんに連絡とってみて」
ルナは頷くと、目を閉じて魔法の詠唱を開始した。
「まだ、助けてもらったお礼を言ってなかったな……ありがとう、助かった。母の事も、何とか守れた。それで……あなた方は、一体?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました! 私達は、何を隠そう……人々を影ながら救う伝説の正義の味方! えーっと……ルナちゃん、私達って何だっけ?」
ルナは呆れた顔をして目を開けると、絵美を見て溜息をつく。
「私達は、聖凰騎士団です。私達、聖凰騎士団が奴隷を解放するって噂が広がっていると聞いて、確認に来たのですが……やはり、聖凰騎士団を誘き出す為の罠だったみたいですね……」
「なんだと! なら、聖凰騎士団が奴隷解放をするって話は……ベルヘイムが流していた……」
イングリスの言葉に、ルナは静かに頷いた。
「ええ……奴隷の方々を人質に、私達を殲滅する事が目的なのでしょう。だから、この場から離れないと……私達を倒す為の部隊が、襲いかかってくる前に……」
「なるほど……そう言う事ね……ゼークもオルフェさんも、歯切れが悪い訳だわ。みーちゃん、代わるよ。ルナちゃん、航ちゃんを下に降ろして。ベルヘイムの部隊が来るわ。イングリスちゃん痛いと思うけど、肩に刺さった矢を引き抜いて」
水のドームの中に静かに入って来た女性は、絵美の前に立つと剣を振りかざす。
すると絵美の作り出していた水のドームの外周に、もう一つの水のドームが出来上がる。
「智ちん、ゼークちゃんに連絡とってくれたのかぁ……流石だね! んじゃ、お任せするね。私は……っと!」
絵美が矛を地面から引き抜くと水のドームが一つ消え、一回り大きい水のドームが残った。
そのドームから雨のように水が滴り落ち、その水に触れると傷が治っていく。
矢を引き抜いて血が流れるイングリスの左肩も、傷口がみるみるうちに塞がっていった。
「イングリス……大丈夫?」
「ったく……やり方がムカつくな。てか……ちょっと前までは、気にもなんなかったんだろーな。けど、奴隷だろうが生きているんだ。イングリスみたいに、分かり合える奴もいるかもしれねーしな!」
智美の後に続いて入って来たジルとザハールが、イングリスの側に駆け寄って来る。
「来た! 皆さんは、私達の後ろに! 必ず守ります……敵がどんなに多くても!」
「どうせなら、ガッツリ悪役感ある方がいいなー。そっちの方が、躊躇いなく倒せるから楽なんだよねー」
崖に挟まれている道の奥の方から、続々とベルヘイムの部隊が集まって来た。
千は超える部隊が、水のドームの前に布陣していく。
後方ではベルヘイムの城門が閉じられ、完全に逃げ道を塞がれた。
「私達も戦いましょう! いくらなんでも、多勢に無勢だわ! 私達だって、少しは……」
「ジル、下がってろ! 絶対に、前に出るんじゃねーぞ! ベルヘイムの連中に顔を見られたら、騎士になる道が閉ざされるかもしれねーんだ。俺達に任せてくれ!」
叫びながら水のドームを突き破って入って来た航太が、絵美の前に着地する。
「おっ、今のは結構カッコよかったぞー。でもなぁ……所詮、航ちゃんなんだよなー」
「なんだよ、そりゃ。絵美、敵……っつっても、ベルヘイムの人達なんだ。殺すんじゃねーぞ!」
航太達の視線の先……ベルヘイム騎士団を掻き分けて、指揮官らしき男が馬に乗って前に出て来た。
その顔を見たザハールの瞳が、怒りに燃える。
「イヴァン……」
ザハールが呟いたの同時に、ベルヘイム騎士団が動き出した……
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