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それぞれの旅立ち
ルナ・ハートリィ
しおりを挟む「はぁ……どうして、こんな事になってしまったんだろう……」
薄いピンク色の長い髪を机に垂らし、深い溜息をついた女性は製本されている綺麗な一冊の本を閉じる。
その本の背表紙には「ベルヘイム英雄譚~風と水の伝説~」と書かれていた。
その本を読んでいると、当時の戦いが脳裏にハッキリと思い出される。
エアの剣で風の力を操った航太さん、双子で二刀流の智美さんと槍使いの絵美さんは水の力で部隊の生存率を高めた。
その三人の物語がメインで描かれる英雄譚は、ベルヘイムの誇る姫……ヴァナディースを救う為に、ベルヘイム遠征軍が行軍を開始したシーンから始まる。
湖の辺で遠征軍と航太さん達三人が出会うシーン……始めての本格的な戦闘でヨトゥンの残虐さを知るシーン……
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物語は、航太さんとアルパスター将軍が魔眼のバロールを打ち倒し、ヴァナディース姫を救い出したシーンでクライマックスを迎える。
この物語は、本当にあったお話……私も途中から遠征軍に参加していたんだから……
遠征軍がベルヘイムに帰還した時は、国中がお祭り騒ぎだった……人間の部隊がヨトゥンの指揮官クラスを倒し、姫を奪還して戻って来た……
その戦いで英雄級の活躍をした航太さん達がベルヘイム国内に入る前に故郷に戻ってしまった事で、三人の英雄は神格化される程になっている。
でも……
その女性は、細い指でもう一冊の本を手に取った。
「~Myth of The Wind~」と書かれた本は、日記帳の様な物にタイトルが手書きで書かれている。
手作りの本を愛おしそうに一回撫でると、女性はそれを胸に抱いて瞳を閉じた。
それだけで思い出される、本当の物語……
そして、私の故郷を救ってくれた本当の騎士の姿……
赤き瞳を携えて……炎の翼を宿して……村人達を人質に取られながらも、その村人に犠牲者を出さずに、ヨトゥンの将を討ち取った人……襲われていた私の母も助けてくれた人……
初めての出会いは、村が救われた後……私がお礼を伝えたら、自分は傷ついた村人を助けに来ただけで、戦っていた騎士は姿を消したなんて嘘をついて……
気の弱そうな顔……頼りない背中……でも、私は直感で分かっていた……この人が母も村人も……そして、私も救ってくれたって。
騎士達の傷の回復を任されていた部隊、ホワイト・ティアラ隊に所属していた彼は、航太さんの義理の弟で一真さんという名前だった。
私は回復魔法を使える母に無理を言ってホワイト・ティアラ隊に入隊してもらって、カズ兄ちゃんの側で日々を過ごせる事になった。
とても幸せな時間だった……でも、ガイエンっていうヨトゥンの将がホワイト・ティアラ隊を襲ってきて、そんな幸せな時間は終わってしまう。
強い力を持っていたカズ兄ちゃんは、バロールの魔眼に対抗出来る唯一の人……バロールに怪しまれずに近付く為に、その力を隠しておかなくちゃいけなかった。
ガイエンの凶刃がホワイト・ティアラ隊の隊長、ネイアさんの身体を貫いた時も、ただ見ている事しか出来なかった……
その時のカズ兄ちゃんの苦しみ……叫び……涙を、私は忘れる事が出来ない。
そしてカズ兄ちゃんは、旅立つ事を決める……ただ一人で、バロールを倒す為に……
ホワイト・ティアラ隊のティアさんって女性にだけ旅立つ事を告げて、去ってしまった。
その頃の私は子供だったけど、凄く悔しかった……私だって、カズ兄ちゃんの事が大好きで慕っていたのに……
だから私は部隊を飛び出した……ヨトゥンの領内で、人間が歩き回る事が危険なのは分かっていた……でも、付いて行かなかったら、二度と会えなくなる気がして……
バロールの居城に辿り着く直前に、カズ兄ちゃんはネイアさんを殺したガイエンと出会う。
バロールに拾われて、人間でありながらヨトゥン側についていたガイエンは、自分の行動に迷いが生まれていた……カズ兄ちゃんとの戦いの中、義父であるバロールに真実を聞き出す為にガイエンも仲間に加わった。
ネイアさんを殺したガイエン……私は許せなかったけど、カズ兄ちゃんは違った……生まれ変わろうとしている人の邪魔をしちゃいけないって……
ベルヘイム遠征軍の陽動によって、城内に敵が少なくなった頃合いでバロールの城に忍び込んだ私達は、ガイエン兄ちゃんの活躍もあってバロールの元に辿り着く。
カズ兄ちゃんをバロールとの戦いに集中させる為に、迫って来るヨトゥンの大軍にガイエン兄ちゃんは一人で立ち向かった。
バロールと対峙するカズ兄ちゃん……ヨトゥンの大軍と戦うガイエン兄ちゃん……二人の背中に守られて、私は何も出来なかった。
心を犠牲に強さを増す鳳凰覚醒って技を使ってバロールを追い詰めるカズ兄ちゃん……
ガイエン兄ちゃんの犠牲もあって、カズ兄ちゃんは心を失わずにバロールを討ち倒す事に成功する。
でも……
バロールを倒した直後のカズ兄ちゃんに、主神オーディンに化けたヨトゥンの将軍、ロキに襲撃される。
私達は、生まれながらにして聖杯による加護を受けている。
神に対する絶対服従……ベルヘイム遠征軍に襲い掛かる雷で、仲間達が焼かれていっても神への服従を破る事は出来なかった。
そんな私達を守る為に……神と化したロキと戦えば、ベルヘイムの人達にも攻撃されると分かっていながら、カズ兄ちゃんは禁断の力を解放する。
鳳凰転身……鳳凰覚醒をも上回る力で、ロキと戦った。
炎の翼は鳳凰の翼へと具現化し、カズ兄ちゃんは心を擦り減らしながら戦い続けた。
そんな中、人間の中でもカズ兄ちゃんを守ろうとする人が現れた。
自力で聖杯の加護を打ち破ったのは、ティアさんだった……
自分達を守ってくれてる人を攻撃するのは間違っているって……
ネイアさんを殺したガイエン兄ちゃんを最初は許せなかった私は、その許せなかったガイエン兄ちゃんと同じ事をしている事に気付かなかった。
操られていた……そんな理由じゃ許されない事をやっている……
気付いた時は、情けなかった……恥ずかしかった……悔しかった。
ティアさんは大好きな人の為に絶対的な力に抗ったのに、私は……
そんな中で、決着はついた。
ロキの神器をはじき飛ばした瞬間、カズ兄ちゃんの心が破壊された……
カズ兄ちゃんは、心を失った自分が何をするか分からないと言って、一人で森の中へ消えていった……
そこまで思い出すと、女性は瞳を開く……頬に一筋の涙を流しながら……
女性は本……自らの手記である~Myth of The Wind~と書かれた本を机に置く。
今、ベルヘイム国内では三人の英雄の話と共に、もう一つの話題で持ち切りである。
心を失った悪魔の討伐……
どんなに隠しても、悪い話は広がるモノだ。
ヨトゥン軍最強と噂されるロキと互角に戦える心を失った悪魔が、野放しになっていると……
ベルヘイム騎士団も無視出来ない程、国内は混乱していた。
そして、ついに悪魔討伐軍が編成される事になる。
その女性……ルナ・ハートリィは、そんな国を飛び出した。
今度こそ、一真を守る……自分の身を犠牲にしても、自分自身の信念を曲げずに戦い続けた憧れている騎士達……ガイエンと一真に殉ずる為に。
子供のルナは魔術師マーリンの禁術の噂を聞いて、ここに辿り着いた。
マーリンの元で修行し、その禁術を受ける程の信頼を得る。
自らの寿命と引き換えに、成長を早める禁術……
どんな手段を使っても一真を守る……たとえ、全ての人が……国が敵になろうとも……
守ろうとしている一真に殺されようが、関係ない。
~Myth of The Wind~と書かれた手記を見て、もう一度誓う。
ベルヘイムでは風の騎士は航太の事を指すが、ルナの中では一真の事を指す。
故郷レンヴァル村を救った神風……絶対に忘れない……ルナは決意を新たにした。
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