命導の鴉

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第二章 遠き日の約束

二章終幕 「その声をもう一度」 ニ

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 中央の通路をゆっくりと進むジゼル。亡き母が着ていた純白のドレスを着用したジゼルの姿は美しく、そして気高さをも感じさせた。
 ジゼルが祭壇前に立つシモンの前に着くとパイプオルガンの音が止む。静寂の中でジゼルはひざまずいて頭を垂れた。
 シモンは頷くと、ひざまずくジゼルに言葉をかける。
「白き禍いの始まりである堕天の日、始祖ラウルは迷える我ら人類に禍いに抗うための術として魔操を、力としてアーティファクトを、そして自律するための心として自由をお与えになりました。これがラウル教の始まりの小節であり、我ら人類の始まりでもあります」
 シモンは続ける。
「それから幾星霜の月日を経て、歴史を紡ぎ、今日の我々人類の姿に至りました。ジゼル・ミュルジェ、汝は十五年の月日を経て個として成熟し、本日そのレヴァリアスの歴史を紡ぐ一人となります。先人を敬い、大地を尊び、家族を愛し、隣人を助けなさい。即ち敬尊愛助の心を持つのです。さすれば必ずラウル様が貴方を正しき道へ導いてくれるでしょう。・・・さぁジゼル・ミュルジェよ、祭壇の前に進みラウル様に宣誓を」
 シモンに促され、ジゼルは祭壇の前に進み、宣誓する。
「私、ジゼル・ミュルジェはレヴァリアスの歴史を紡ぐ者として、敬尊愛助の精神を心に宿し、ラウル様の導きの下、自分と家族と隣人と大地のために生きることを誓います」
「ジゼル・ミュルジェに祝福を!」
 シモンの言葉と共に、再びパイプオルガンの荘厳な音が鳴り響き、参列したアス達から大きな拍手がジゼルに注がれた。
「この度の正心の儀、誠に大義でした。大司教シモンがジゼル様の宣誓を確かに見届けました。さて・・・」
 シモンが何かを確認するかのようにアレクシスに目線を向けると、アレクシスがゆっくりと頷いた。それを受けてシモンはジゼルに再度言葉をかける。
「ジゼル様。正心の儀は一応はこれで終わりとなりますが、六華にはこの後にもう一つ儀式があります。アレクシス様からの話を聞くに、多分貴方の母君はこのもう一つの儀式を見せたかったのだと思います。さぁ大聖堂の奥、星の間へお進みください」
 シモンに促されるままに、ジゼルは一人、奥の部屋へ進んだ。

 聖堂と星の間を隔てる重厚な黒い扉の前にジゼルが立つと、扉は淡い光を放ちながら静かに開いた。
 扉の先には黒いガラス張りの不思議な部屋があった。
 部屋の広さは20畳程度だが、この大聖堂にあっては比較的小さく感じられる。
 そこにジゼルが入室するとすぐに扉が閉まり、中は暗闇となった。
 しばらくして天井に点々と光が灯り、夜空の星を模したような天体の映像が天井に広がる。
「綺麗・・・」
 ジゼルが美しい星空の景色に見入っていると、一つの光球が輝きを増し、その輝く光球が目の前に一人の少女のホログラムを映し出した。
 ジゼルが着ているドレスと同じ純白のドレスを着た少女。その顔は自分とそっくりであったが、それでも間違いなく自分ではないことがわかる。
 その姿を見てジゼルは瞬時に誰であるかを理解し、そして涙を浮かべた。
「・・・お母さん」
「これでいいのかしら?ちゃんと撮れているのかな・・・」
 ホログラムの少女は、なにやら戸惑うような表情をしながらそう言うと、コホンと咳払いをしてからジゼルに向かって語り始めた。
「えーっと。クレアです、こんにちわ。うーん、初めましてか。いや多分一緒に暮らしているんだから初めましても変か。・・・なんか未来の子供に話しかけるって難しいわね」
 照れながら辿々しく話す少女。それは初めて見る母の顔で、ジゼルの中に熱い何かが込み上げてくる。
「今日、この映像を見ているってことは正心の儀を終えたってことになるから、まずはおめでとうになるのかな。貴方はどんな人物に育っているのかしら。えーっと、今日正心の儀を終えた私から未来の子供に向けてメッセージを残せるようなので、誓いの言葉を一つ残したいと思います」
 ホログラムのクレアは慈しむような目でジゼルを見つめる。
「私はどんなことがあっても子供である貴方を愛し続けることを誓います。もし未来の私がこの誓いを守れていないようなら厳しく叱ってくださいね。そして、貴方が未来の世界を精一杯生きて、笑って、幸せに過ごしていることを切に願っています。・・・もう録画の時間が残ってないから短いけどメッセージは以上にします。未来でまた会おうね」
 クレアがニッコリと微笑んだところで映像は途切れた。
 映像を見たジゼルの目からは大粒の涙が溢れていた。
 ホログラムが消えると、光球から機械的な音声が流れる。
「アナタニカンレンスルエイゾウハ、イジョウデス。コノアト、ミライノコドモニメッセージヲノコスコトガデキマスガ、メッセージヲノコシマスカ?」
 ジゼルは涙を拭うと機械に向かって、はい残しますと力強く返事をした。

 メッセージを残し終えたジゼルが星の間を出ると、ヴェルノ達が笑顔で迎えてくれた。
「クレアのメッセージは聞けたか?」
 アレクシスの声にジゼルは小さく頷いた。
「はい、ありがとうございました。お母さんの姿と声をしっかりと心に焼き付けてきました。・・・といっても十五歳の時の映像だったから、お母さんというよりは友達みたいにも見えましたけど」
 ジゼルはそう言って少しはにかんだ。
「そうか。あの映像が見られたってことは名実ともに姉様の娘であることは証明されたわけだな。あれはヴィエルニ家の血筋以外の者には反応しない血統アーティファクトの一つだからな」
 アレクシスは立ち上がり、ヴェルノ達に視線を向ける。
「これで約束の一つは果たしたぞ。・・・次はそちらがヴィエルニ家旧都の調査に協力するという約束を果たしてもらおうか。すぐに出立の調整を始めたいから、着替えたら応接室に集合してくれ。案内はそこの従者にさせる。俺も準備ができたらすぐに向かう」
 アレクシスが目配せすると従者は頷いてからヴェルノ達の前に進んだ。
 ヴェルノ達の前に立った従者は一礼してからどうぞこちらへと案内を始め、一行は正心の儀を終えた大聖堂を後にした。
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