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第二章 遠き日の約束
序幕 「オーべの部屋」
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カチッ、カチッと時を刻む壁時計の無機質な音が室内に響く。
部屋の中には机に向かって熱心に資料を読み込む男が一人。
男は読んでいた資料の半ば辺りで一区切りをつけ、壁の時計を見つめる。
時計の針が20時を指していることを視認し、大きく溜め息をついた。
「今日も遅くなりそうだな」
机の上にはまだ処理をしなければならない資料が山積みとなっている。
それを見た男はもう一つ溜め息を吐いてから席を立ち上がった。
書棚からウイスキーとグラスを取り出し、机の前に設置された応接用のテーブルに置く。
グラスにウイスキーを注いでから、先ほどの資料を手に取り、応接用の3人掛けソファに座った。
ウイスキーを一口喉に流すと、ソファに横になって資料の続きを読み始めた。
突如、部屋の扉が勢いよく開く。
「おおっ、オーべ。やっぱりまだいたか!」
急な来訪者に驚いた男は、ソファから飛び上がり声の主の方に視線を向けた。
「バルタザール卿?」
そこには高貴な服に身を包んだ肥満の中年男が立っていた。上級貴族のバルタザールである。
バルタザールはにこやかな表情をしながら勝手に部屋に入り、応接セットのソファにどっかと腰を下ろした。
「相変わらず狭い部屋の狭い椅子だな」
十畳程度の部屋を見回して、横柄な態度で悪態をつく。
「申し訳ありません」
オーべと呼ばれた男は資料を片手に丁寧に頭を下げた。
この貴族は許可なく反論、聞き返し、質問、言い訳をすることを一切許さない。それがどんなに些細なことであってもだ。
以前、許しもなく勝手に質問した同僚が翌日僻地へ飛ばされたことは記憶に新しい。
よって、この場は無駄な問答をせず、ただ端的に謝罪するのが最適解だということオーべは理解していた。
「まぁそんなことはどうでもいい。特務だ」
バルタザールは対面のソファを指差す。内容を話すから座れという意味だ。
オーべは頷くと速やかに持っていた資料を執務机に置いて、ソファに座った。
特務といえば聞こえはいいが、大体が貴族が起こした不始末の火消しだ。だが名誉を重んじる貴族連中にとっては、重要なこと。
だからこそ特務の成否は自分のキャリアの成否に直結する。ここからは一切の聞き漏らしは許されない。
オーべは緊張した面持ちでバルタザールの言葉を待つ。
そんなオーべの気持ちなどどこ吹く風といった様子で、バルタザールは話を始めた。
「1週間前にジョフレがロムトアに行った。今日帰ってくるはずだったが戻ってこない。綺麗に処理しておけ。以上だ。・・・今回も一回だけ質問を許そう」
不明瞭かつ短い内容。
これでこの貴族の意図する成果を出さなければならないというのは常人には困難なことであったが、オーべはこれまで何度も成果を出している。
そのためか、不始末の火消し屋としてバルタザールを含め他の貴族からも覚えがめでたく、下民の出としては異例の早期出世を果たしていた。
「ありがとうございます。それでは一つ、今回の見返りも期待してよろしいでしょうか?」
「ふむ、既に成功が前提か。それに相変わらず出世に貪欲とくる。・・・君のそういうところがよいぞ。役に立たないくせに変に欲を隠しておべっかを使う者よりよっぽど信用できる」
バルタザールは満足気な表情で立ち上がると、扉の方を向いた。
「話は終わった。帰るぞ!」
その言葉に合わせて外で待機していた従者が部屋の扉をゆっくりと開けた。
扉に向かって歩きだすバルタザールに向かって、オーべは頭を深く下げる。
「次に君に会う時があれば、もっと広い部屋になっていることだろう」
バルタザールは、歩きながらそう言うと振り返ることなく部屋を後にした。
扉が閉まった後もしばらく頭を下げ続けていたオーべには、既に今回の特務をどう処理するか大体の道筋が見えていた。
オーべは頭を上げると、先ほど執務机の上においた資料のタイトルを一瞥した。
そこには『六華ヴィエルニ家旧都遺跡調査に関する意見照会について』と記載されている。
「今回の件、最上はヴェルノか。上手く持っていけばこっちも一気に片付く。問題は今あいつが王都にいるかどうか、だな・・・」
オーべはウイスキーの入ったグラスを持ち、部屋の窓に近づく。
街の明かりが造り出す幻想的な夜景を鋭い眼差しで見つめながら残りを一気に飲み込んだ。
「ヴェルノ、王都に居てくれよ」
ここは王都ユト・リセゼテアの中央にそびえる王城フリズレイル。
オーべはその一角にある自身専用の個室で祈るように呟いた。
部屋の中には机に向かって熱心に資料を読み込む男が一人。
男は読んでいた資料の半ば辺りで一区切りをつけ、壁の時計を見つめる。
時計の針が20時を指していることを視認し、大きく溜め息をついた。
「今日も遅くなりそうだな」
机の上にはまだ処理をしなければならない資料が山積みとなっている。
それを見た男はもう一つ溜め息を吐いてから席を立ち上がった。
書棚からウイスキーとグラスを取り出し、机の前に設置された応接用のテーブルに置く。
グラスにウイスキーを注いでから、先ほどの資料を手に取り、応接用の3人掛けソファに座った。
ウイスキーを一口喉に流すと、ソファに横になって資料の続きを読み始めた。
突如、部屋の扉が勢いよく開く。
「おおっ、オーべ。やっぱりまだいたか!」
急な来訪者に驚いた男は、ソファから飛び上がり声の主の方に視線を向けた。
「バルタザール卿?」
そこには高貴な服に身を包んだ肥満の中年男が立っていた。上級貴族のバルタザールである。
バルタザールはにこやかな表情をしながら勝手に部屋に入り、応接セットのソファにどっかと腰を下ろした。
「相変わらず狭い部屋の狭い椅子だな」
十畳程度の部屋を見回して、横柄な態度で悪態をつく。
「申し訳ありません」
オーべと呼ばれた男は資料を片手に丁寧に頭を下げた。
この貴族は許可なく反論、聞き返し、質問、言い訳をすることを一切許さない。それがどんなに些細なことであってもだ。
以前、許しもなく勝手に質問した同僚が翌日僻地へ飛ばされたことは記憶に新しい。
よって、この場は無駄な問答をせず、ただ端的に謝罪するのが最適解だということオーべは理解していた。
「まぁそんなことはどうでもいい。特務だ」
バルタザールは対面のソファを指差す。内容を話すから座れという意味だ。
オーべは頷くと速やかに持っていた資料を執務机に置いて、ソファに座った。
特務といえば聞こえはいいが、大体が貴族が起こした不始末の火消しだ。だが名誉を重んじる貴族連中にとっては、重要なこと。
だからこそ特務の成否は自分のキャリアの成否に直結する。ここからは一切の聞き漏らしは許されない。
オーべは緊張した面持ちでバルタザールの言葉を待つ。
そんなオーべの気持ちなどどこ吹く風といった様子で、バルタザールは話を始めた。
「1週間前にジョフレがロムトアに行った。今日帰ってくるはずだったが戻ってこない。綺麗に処理しておけ。以上だ。・・・今回も一回だけ質問を許そう」
不明瞭かつ短い内容。
これでこの貴族の意図する成果を出さなければならないというのは常人には困難なことであったが、オーべはこれまで何度も成果を出している。
そのためか、不始末の火消し屋としてバルタザールを含め他の貴族からも覚えがめでたく、下民の出としては異例の早期出世を果たしていた。
「ありがとうございます。それでは一つ、今回の見返りも期待してよろしいでしょうか?」
「ふむ、既に成功が前提か。それに相変わらず出世に貪欲とくる。・・・君のそういうところがよいぞ。役に立たないくせに変に欲を隠しておべっかを使う者よりよっぽど信用できる」
バルタザールは満足気な表情で立ち上がると、扉の方を向いた。
「話は終わった。帰るぞ!」
その言葉に合わせて外で待機していた従者が部屋の扉をゆっくりと開けた。
扉に向かって歩きだすバルタザールに向かって、オーべは頭を深く下げる。
「次に君に会う時があれば、もっと広い部屋になっていることだろう」
バルタザールは、歩きながらそう言うと振り返ることなく部屋を後にした。
扉が閉まった後もしばらく頭を下げ続けていたオーべには、既に今回の特務をどう処理するか大体の道筋が見えていた。
オーべは頭を上げると、先ほど執務机の上においた資料のタイトルを一瞥した。
そこには『六華ヴィエルニ家旧都遺跡調査に関する意見照会について』と記載されている。
「今回の件、最上はヴェルノか。上手く持っていけばこっちも一気に片付く。問題は今あいつが王都にいるかどうか、だな・・・」
オーべはウイスキーの入ったグラスを持ち、部屋の窓に近づく。
街の明かりが造り出す幻想的な夜景を鋭い眼差しで見つめながら残りを一気に飲み込んだ。
「ヴェルノ、王都に居てくれよ」
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