命導の鴉

isaka+

文字の大きさ
上 下
30 / 104
第二章 遠き日の約束

序幕 「オーべの部屋」

しおりを挟む
 カチッ、カチッと時を刻む壁時計の無機質な音が室内に響く。
 部屋の中には机に向かって熱心に資料を読み込む男が一人。
 男は読んでいた資料の半ば辺りで一区切りをつけ、壁の時計を見つめる。
 時計の針が20時を指していることを視認し、大きく溜め息をついた。
「今日も遅くなりそうだな」
 机の上にはまだ処理をしなければならない資料が山積みとなっている。
 それを見た男はもう一つ溜め息を吐いてから席を立ち上がった。
 書棚からウイスキーとグラスを取り出し、机の前に設置された応接用のテーブルに置く。
 グラスにウイスキーを注いでから、先ほどの資料を手に取り、応接用の3人掛けソファに座った。
 ウイスキーを一口喉に流すと、ソファに横になって資料の続きを読み始めた。
 突如、部屋の扉が勢いよく開く。
「おおっ、オーべ。やっぱりまだいたか!」
 急な来訪者に驚いた男は、ソファから飛び上がり声の主の方に視線を向けた。
「バルタザール卿?」
 そこには高貴な服に身を包んだ肥満の中年男が立っていた。上級貴族のバルタザールである。
 バルタザールはにこやかな表情をしながら勝手に部屋に入り、応接セットのソファにどっかと腰を下ろした。
「相変わらず狭い部屋の狭い椅子だな」
 十畳程度の部屋を見回して、横柄な態度で悪態をつく。
「申し訳ありません」
 オーべと呼ばれた男は資料を片手に丁寧に頭を下げた。
 この貴族は許可なく反論、聞き返し、質問、言い訳をすることを一切許さない。それがどんなに些細なことであってもだ。
 以前、許しもなく勝手に質問した同僚が翌日僻地へ飛ばされたことは記憶に新しい。
 よって、この場は無駄な問答をせず、ただ端的に謝罪するのが最適解だということオーべは理解していた。
「まぁそんなことはどうでもいい。特務だ」
 バルタザールは対面のソファを指差す。内容を話すから座れという意味だ。
 オーべは頷くと速やかに持っていた資料を執務机に置いて、ソファに座った。
 特務といえば聞こえはいいが、大体が貴族が起こした不始末の火消しだ。だが名誉を重んじる貴族連中にとっては、重要なこと。
 だからこそ特務の成否は自分のキャリアの成否に直結する。ここからは一切の聞き漏らしは許されない。
 オーべは緊張した面持ちでバルタザールの言葉を待つ。
 そんなオーべの気持ちなどどこ吹く風といった様子で、バルタザールは話を始めた。
「1週間前にジョフレがロムトアに行った。今日帰ってくるはずだったが戻ってこない。綺麗に処理しておけ。以上だ。・・・今回も一回だけ質問を許そう」
 不明瞭かつ短い内容。
 これでこの貴族の意図する成果を出さなければならないというのは常人には困難なことであったが、オーべはこれまで何度も成果を出している。
 そのためか、不始末の火消し屋としてバルタザールを含め他の貴族からも覚えがめでたく、下民の出としては異例の早期出世を果たしていた。
「ありがとうございます。それでは一つ、今回の見返りも期待してよろしいでしょうか?」
「ふむ、既に成功が前提か。それに相変わらず出世に貪欲とくる。・・・君のそういうところがよいぞ。役に立たないくせに変に欲を隠しておべっかを使う者よりよっぽど信用できる」
 バルタザールは満足気な表情で立ち上がると、扉の方を向いた。
「話は終わった。帰るぞ!」
 その言葉に合わせて外で待機していた従者が部屋の扉をゆっくりと開けた。
 扉に向かって歩きだすバルタザールに向かって、オーべは頭を深く下げる。
「次に君に会う時があれば、もっと広い部屋になっていることだろう」
 バルタザールは、歩きながらそう言うと振り返ることなく部屋を後にした。
 扉が閉まった後もしばらく頭を下げ続けていたオーべには、既に今回の特務をどう処理するか大体の道筋が見えていた。
 オーべは頭を上げると、先ほど執務机の上においた資料のタイトルを一瞥した。
 そこには『六華ヴィエルニ家旧都遺跡調査に関する意見照会について』と記載されている。
「今回の件、最上はヴェルノか。上手く持っていけばこっちも一気に片付く。問題は今あいつが王都にいるかどうか、だな・・・」
 オーべはウイスキーの入ったグラスを持ち、部屋の窓に近づく。
 街の明かりが造り出す幻想的な夜景を鋭い眼差しで見つめながら残りを一気に飲み込んだ。
「ヴェルノ、王都に居てくれよ」
 ここは王都ユト・リセゼテアの中央にそびえる王城フリズレイル。
 オーべはその一角にある自身専用の個室で祈るように呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私のスローライフはどこに消えた??  神様に異世界に勝手に連れて来られてたけど途中攫われてからがめんどくさっ!

魔悠璃
ファンタジー
タイトル変更しました。 なんか旅のお供が増え・・・。 一人でゆっくりと若返った身体で楽しく暮らそうとしていたのに・・・。 どんどん違う方向へ行っている主人公ユキヤ。 R県R市のR大学病院の個室 ベットの年配の女性はたくさんの管に繋がれて酸素吸入もされている。 ピッピッとなるのは機械音とすすり泣く声 私:[苦しい・・・息が出来ない・・・] 息子A「おふくろ頑張れ・・・」 息子B「おばあちゃん・・・」 息子B嫁「おばあちゃん・・お義母さんっ・・・」 孫3人「いやだぁ~」「おばぁ☆☆☆彡っぐ・・・」「おばあちゃ~ん泣」 ピーーーーー 医師「午後14時23分ご臨終です。」 私:[これでやっと楽になれる・・・。] 私:桐原悠稀椰64歳の生涯が終わってゆっくりと永遠の眠りにつけるはず?だったのに・・・!! なぜか異世界の女神様に召喚されたのに、 なぜか攫われて・・・ 色々な面倒に巻き込まれたり、巻き込んだり 事の発端は・・・お前だ!駄女神めぇ~!!!! R15は保険です。

【ダン信王】#Aランク第1位の探索者が、ダンジョン配信を始める話

三角形MGS
ファンタジー
ダンジョンが地球上に出現してから五十年。 探索者という職業はようやく世の中へ浸透していった。 そんな中、ダンジョンを攻略するところをライブ配信する、所謂ダンジョン配信なるものがネット上で流行り始める。 ダンジョン配信の人気に火を付けたのは、Sランク探索者あるアンタレス。   世界最強と名高い探索者がダンジョン配信をした甲斐あってか、ネット上ではダンジョン配信ブームが来ていた。 それを知った世界最強が気に食わないAランク探索者のクロ。 彼は世界最強を越えるべく、ダンジョン配信を始めることにするのだった。 ※全然フィクション

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

虹色のプレゼントボックス

紀道侑
ファンタジー
安田君26歳が自宅でカップ麺を食ってたら部屋ごと異世界に飛ばされるお話です。 安田君はおかしな思考回路の持ち主でわけのわからないことばっかりやります。 わけのわからない彼は異世界に転移してからわけのわからないチート能力を獲得します。 余計わけのわからない人物に進化します。 作中で起きた事件の真相に迫るのが早いです。 本当に尋常じゃないほど早いです。 残念ながらハーレムは無いです。 全年齢対象で男女問わず気軽に読めるゆるいゆる~いストーリーになっていると思いますので、お気軽にお読みください。 未公開含めて30話分くらいあったのですが、全部行間がおかしくなっていたので、再アップしています。 行間おかしくなっていることに朝の4時に気づいて右往左往して泣く泣く作品を削除しました。 なかなかに最悪な気分になりました。 お気に入りしてくださった方、申し訳ありません。 というかしょっちゅう二行も三行も行間が空いてる小説をよくお気に入りしてくださいましたね。 お気に入りしてくださった方々には幸せになってほしいです。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

処理中です...