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第38笑『笑いを貪る家畜達』1/3
しおりを挟むテレビ現場の実情。
バライティ番組……笑いの大量生産の場では『常に』一定の水準の笑いの『質』を保たなければならない。
そして俺は笑いの大量生産をする場……テレビ局の『真理』ともいえる掟に戦慄する。
「本当に厳しいな……」
俺は芸人としてある種の限界をむかえていた。
そんな中、俺を励まし、導びいてくれたのは先輩芸人のあの人だった。
「大丈夫? 落ち込んでない?」
収録中、派手にスベった俺は舞台袖の隅っこで縮こまって震えていた。
そんな俺にあの人は声をかけてくれたんだ。
「……ふっふふ、もうお終いですよ」
それでも不安は消えず、俺は思わずそのまんまの反応をしていた。
「大丈夫だ。笑神様が見ている。お前は守られている」
それでもあの人は力強くそう言うと、フッと舞台の上へと消えて言った。
「なんだかなあ……」
あの人は文句なしに笑いを取って帰ってきた。
「笑神様の機嫌を損ねなければ上手くいくよ」
「笑神様って何だ!?」
俺は聞いていた。
「文字通り、笑いの神様さ……君にも見えるといいね」
にこやかに笑うあの人が印象的だった。
「ほらっ! もう一度君の出番だよ」
バンッと背中を押され、「おっとと」と舞台の上に出る。
そして俺は見た。
テレビカメラの上でにこやかに笑顔を湛えているピエロのぬいぐるみを。
「あれ? コレ何? 動いているぞ……これ?」
でもコイツの機嫌を損ねなければ、つまりコイツが笑い続けていれば、何でも上手くいくような気さえした。
そして、この日の収録は文句なくうまくいき、俺は笑神様の『信者』になった。
「ああ、コレじゃ駄目かぁ」
「コレじゃ少し反応が弱かったなあ」
笑神様が少しでも喜ぶしぐさをした時に、ネタを集中的に展開する。
なんか動物の機嫌を伺っているようにもみえるが……それでいい。
オレの観客は笑神様ひとりだけ。
笑神様が笑いさえすれば全てはうまくいくのだ。
そう、俺は笑神様を研究し尽くした。
笑神様のご機嫌さえ伺っていれさえすれば、成功は保障されているのだから。
そして俺はあっという間にトップ芸人の仲間入りを果たした。
まさに人生の絶頂。
一方、あの人はなんかのきっかけで笑神様の機嫌を損ねたのか、徐々に笑いを取れなくなり、芸能界から消えていこうとしていた。
まさに崖っぷち。
「大丈夫ですか?」
いつもの舞台袖で俺は声をかけた。
さすがに俺自身の恩人だ。
むげには出来ない。
「妻と娘がいるからねえ、負けられないんだわ」
あの人は自分を鼓舞するように言って、舞台の中に消えて言った。
……だが結果は散々。
「コレが運命かねえ……もう笑神様の声も聞こえないし」
力なく項垂れるあの人の背中を見て、俺は放ってなどおけなかった。
「一緒に笑いを取りましょう」
俺は提案していた。
そしてプロデューサーに直談判して、コンビを結成した。
あの人は迷っているようだったけど、やがて。
「……いいのか?」
コンビ結成を承諾してくれた。
そんなあの人に俺は余裕で返していた。
「大丈夫っスよ! 俺、今、笑神様の声が聞こえるようになったんスよ!」
得意満々に言う俺に向ってあの人はいぶかしがっていた。
「そんなことは今まで無かった。初耳だ。笑神様はな、自分達、芸人はもちろんのこと、テレビマン……つまり、番組制作陣の中でも有名な話なんだ。現場の人間はみんな知っている的な……なっ! そんな中で今まで『声』を聞いたヤツなんて一人としていなかった。……皆、ちょっとしたまぼろし、幸せ……ひいてはウケの前兆くらいにしか考えていないんだよっ! だから、笑神様の声が聞けるなんて事は絶対にない!」
その話を聞いた俺は更に調子づいて、あの人に話す。
「じゃあ、俺がその初めての人ってわけですねー! こいつは運が良いやあ……だって、笑神様の声にしたがっていればスベり知らずですよっ!」
そして俺はあの人の手をぎゅっと握って宣言する。
「大丈夫です。俺は特別なんですっ。俺に付いて来れば全然問題ないですからっ。一緒に頑張りましょう!」
あの人は不安そうに思いをめぐらせていたが、やがて意を決したようにオレの目を見て言った。
「一緒に頑張ろう! たよりにしてるぞっ!」
俺の手を力強く握り返してくれた。
それはまるで父さんに頼られたような心地よさで、嬉しかった。
そして俺達は打ち合わせを続け。
いよいよ本番、生放送の番組収録の日を迎えた。
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