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第24笑『裏ピエロ君降臨!』

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 その瞬間、視界がぼやけまどろみの中に落ちるように急激に意識が遠のいていく。


 でもこれは絶対に引き込まれてはいけない眠りだ。

 そう気付いた時には遅かった。私が目を覚ました時、見慣れたクラスは様相を大きく変えていた。



 その空間は血と闇の匂いに満ちていた。



 誰かが誰かをいじっている。
 いじめている。
 殴ってる、殴られてる。

 でもやるほうもやられる方も涙を流し、気が狂うほどの声量にみちた笑い声の大合唱をしている。

 皆が無理していることだけはありありと分かる。

 気が狂いそうになる。

 『笑う』か『死ぬ』か問われ、命乞いをする人間が全力で出す……そんな危機迫る声が空間を満たす。

 吐き気が止まらない。


 そして私はその空間の中心に立って両手を広げ、クラスを見渡している人影を見据える。

 このおぞましいクラスの『笑気』を森林浴でもするかのように取り込み、周りの阿鼻叫喚の有様を美しい芸術作品を見るかのようにうっとりと眺める。

 その人物に見覚えがあった。



「ピエロ君、ピエロ君なのね……でも何でここに?」



 そうだ、ピエロ君はいまだに意識不明で病院で療養中のはず。

 なぜココに?

「もしかして?」

 そんな私の疑念に答えるかのように彼は私のほうに対峙し、話しかける。

「そうさ! 俺があいつの影、もう一人のピエロさ!」

「やっと逢えたね、ハニー」

 もう一人のピエロ君の意志は、やけに軟派な、なれなれしい態度で私の目の前に姿を現した。

「いつも俺は『俺が笑われているという事実』に耐えられなかった。……表のピエロはそれで満足していたみたいだけどな! でもなあ、思ったんだよ。たまにはお前らが俺を笑わせてくれってなあ……ハーッハッハッハー」

 裏ピエロ君(もうそう呼称するわ)の高笑いが聞こえる中、クラスの状況はなおも悪化する。

 ある者は血を吐きながら笑い、それをまたある者が笑う。

 健全な笑いからはかけ離れた邪悪な暴力的な笑い。

 空間を満たす笑い声が皆の断末魔の悲鳴にしか聞こえない。


「狂ってる……」


 私は吐き気や眩暈と戦いながら、辛うじて声を絞り出して裏ピエロ君を睨み付ける。

 そして続けざまに言い放つ。

「こんなの健全な笑いじゃない!」と。

 裏ピエロ君はその言葉を真っ向から批判する。

「じゃあ、何だ。何が健全な笑いなんだ! もともと笑いと言う感覚が狂ってるんだ。人は常に誰かを見下して笑ってないと気が済まないんだ。……本当に狂ってるよな」

「それでもピエロ君はあんたなんかよりずっと真剣に笑いに向き合っていた。少なくともあんたみたいに人の不幸を願わず、誰かの幸せを望んでた。『こんな僕でも誰かが笑ってくれれば、幸せになってくれればそれだけでいいんだ』そう言ってた」

 私は渾身の想いでピエロ君の想いを訴えた。

「じゃあ、俺は……俺は……どうすればよかったんだ」

 裏ピエロ君はその場にへたり込み、泣き崩れた。

「『笑い』が無くならない限りコイツ等(ピエロマスター達)は存在し続ける。貧乏神と一緒さ。彼らはこの世から貧乏が無くならない限り存在し続けるだろう?」

 両手を振り仰ぎ、同意を求めるかのように裏ピエロ君は話を続ける。

「だけどこの世から貧乏を消し去るなんて絶対にできない。『笑い』も一緒さ。だからコイツ等とは上手く付き合ってくしかないんだ」

 そして先ほどの攻撃性が嘘のようにとられるほどの諦観を口にした。


「なあ、なんで人は笑ってないと不安になるんだろうな……そんなのおかしいよなあ」


 それは笑いに携わるもの全てが思うであろう渾身の心の叫びだったのかもしれない。

 最後に裏ピエロ君が発した叫びは弱弱しく、私の意識を抉った。

 こんなにしてまで『笑い』が必要な世界……本当に『笑い』は必要なのだろうか?



 ピエロマスターが笑っている。
 私は怒りがこみ上げてきた。

「なんでお前はそうやって上から見下ろして!」

 私の手がマスターの首を掴む。

「人間をバカにするのもたいがいにしろっ!!」

 その手に力がこもり。


「お前なんかっ! 笑いなんて必要ないっ!」


 笑いってのは残酷で暴力的で……でも世界には必要で……だからその感覚が許せなくて。






 私は『笑い』を殺した。

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