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40 認めるしかない

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「あはは。カマかけてみたら当たった。早良さん、かたくなにシモ系の話避けてる感じしたから。逆に何かあるのかなーって思ったんですよ」
少し笑って上目遣いで言われ、暖雪は縮こまる。
「あ、ああ~……」
そんな印象を与えていたのか。こんないい大人だというのに。世渡りが下手だと言われたみたいで、返し方が分からない。

「はは。あれすごいですよね。男が一発で陥落しちゃうの。僕自身は使用経験はないですけど」
「……う」
初めて会う人に、こんな話をするつもりなどもちろんなかった。だが、この男のグイグイ引っ張っていく話術は、まさしく自分が求めていたものではないか。何もかも他人に任せてしまえたら。誰にも明かせないこの胸の重たさを、振り切らせてもらえたら。そんな気持ちが、まだ暖雪の中を占めていた。

「いやでもね早良さん?気を悪くしないでほしいんですけど、そうやって簡単に手の届く範囲のもので、一人だけで楽しめるもので満足してたらだめですよ。自分の殻に閉じこもってるのと同じなんで」
「はあ……」
「僕からするとね、ああいうのにいつまでも頼ってる男、停滞してるとしか思えない」
(……俺どのくらい飲んだんだっけ)
男の話が、全く頭に入ってこない。それは酔いのせいだけではないような気がする。
「まあそういうダイレクトな話はまた今度ちゃんとするとして。あのね、早良さんまだお若いでしょ?そういうの分かってくるのまだまだこれからかなと思うけど、要するに一度女を抱いたことのあるゲイとそれ以外って何と言うか、違う生き物といってもいいんじゃないかなって俺は思う。それがあるのとないのとじゃ見えてくる景色が全然違う」

(この人何言ってんだろ)
なんとなく、思考が重たくなってきた。
「ああごめんごめん。別にね。否定するわけじゃないんですよ。早良さんにはね、早良さんの生き方があると思いますよ。もちろんね」

「ええ……」
喉から発せられた自分の声が、濁っている。
「そういうのとは無縁の人生だったもので……。何も知らなくて申し訳ないです」
「いえいえ、だから悪いことなんかじゃないと思うんですよ。ただ、怖がって欲望だけで男としか交わらない生活より、色々経験して女性とも関係を持ったゲイの方がこう、大人として深みが出るっていうか。ね?」
「……」

カッと胃の底が熱くなるような、はらわたがぐるんと回転するような感覚を、暖雪は俄かに覚えた。
それが怒りの感情から来るものだということにすぐ気づくも、普段から怒り慣れていない暖雪は湧き出る思いをどう表したらいいのか分からない。咄嗟のことだったのもあり、「そ、そういう世界も……、あるんですね」と返すに留まる。
「いやあ、俺も昔はね、もっと純粋な目をしていたんですよ。そう、早良さんみたいなね」
まるで”審査”されているような目線を全身に向けられる。居心地が悪い。
「でもねえ。もっともっと外を見ないとダメだよ」
意味が分からない。
「そういうのもね、僕が教えてあげる」
男は自分の皿に残っていたチーズの欠片をつまみ、パクリと口の中に入れた。口角の上がり方が、何とも嫌な感じを醸し出している。
「ねえ早良さん?玩具ばかりじゃなくて、もっと広くて刺激的な世界を僕が教えてあげるから……」
「……」
アルコールが全身を巡っている感覚はあるのに、妙に頭がスースーする。
関わってはいけない人間と出会ってしまった。

(バチが当たったんだ)

身体の中心が重い。ぐるぐると煮えたぎっている。なのに怖いほど冷たい。
(大海の代わりを。……好きな人の代わりを、全然違う人に求めようとするなんて。間違ってた)
ようやく気付いた。自分はこの男のことが嫌いだ。
自分もゲイでありながら、他のゲイのことを見下している。
いや、きっと婚約関係にあったという女性のことも。多分自分以外の人間みんなを。
(でももしかすると……。俺にこの人を非難したりする資格はないのかもしれない)
他人を踏み台にしようとするこの男の行動を考えると、僅かに今の自分と重なる。暖雪は大海が好きだという気持ちを誤魔化そうとして、こんな所に来た。
大海への思いを断ち切るために、他人を利用しようとしたのだ。

(大海……)

結果はこんな有り様だ。より大海への思いを、濃く認識しただけ。

(……帰ろう)
暖雪は、そう腹を括る。
潔く、大海に同居の解消を申し出よう。
何て言えば無事に事が終わるだろうか。少し考えをまとめる時間が必要だ。とりあえず数日ビジネスホテルにでも泊まって、大海と物理的に距離を置こうか。
(またあいつのこと傷つけちゃうかな。……本当どうしようもないやつだな、俺って)

下を向いて黙ってしまった暖雪を見て、男が楽しそうに言った。
「はは。酔ってきちゃったかな?そろそろ出ましょうか」
「はい……。どうもすみません」
”初回は絶対に割り勘にさせてください”とアプリ内で強く言っておいた自分の判断を褒めたい。やってきた店員が差し出すトレーに自分の分の会計を乗せ、暖雪は言った。

「今日はありがとうございました。……すみません、今日は俺ここで」
「は?いやいや、冗談でしょ」
立ち上がって店の出口を目指そうとする暖雪に、男が咎めるような眼差しを向けてきた。
「ねえ早良さん。僕早良さんとなら楽しい時間過ごせると思ったんですよ。今日ここで会ってはっきり分かりました。ねえ早良さん、もう少しだけ。もう少しだけ一緒にいましょうよ」
「いえその……。次回のことはまた連絡しますので」
「そういう話じゃなくてさ」
 
早足で店の外に出た暖雪に、男が詰め寄って来る。無遠慮に片手首を掴まれ、暖雪はその痛さに顔をしかめた。
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