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12 こいつ突然早口になったな

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空港ビルを出た暖雪は、まっすぐにモノレール駅に向かった。後ろからスーツケースを引いてついてきていた大海が、すぐに横並びになって話しかけてくる。

「いやあ~。飛行機の中長すぎてさ。ずっと会社からもらった書類とか資料読んでたから疲れちゃった」
「そっか。じゃ、早く帰って風呂入るといいよ。すげえ広くていい風呂だから。写真見たろ?」
「うん。すごく楽しみ!俺の実家風呂古くてさあ、シャワーヘッドとか割れてんの!水漏れしてくるから早く直せばいいのに!」

そう言って大海は快活に笑う。移動中に何を話そうかと考えを巡らせていたものの、大海の方がポンポンと話題を出してくれるため暖雪は結局そちらに身を預けてしまっていた。
「父さんがさあ、“なんだか頑張って働いてる感じが可愛くて直せない”とか言うんだよ?」
「はは。宏(ひろし)叔父さんらしいな」
一体いつになったら自分はこんなに上手く会話できるようになるんだろうと思うほどだ。こうやって明るい雰囲気を作れる人物には、心から憧れる。

 そんな風に他愛のない話を大海がふって暖雪が相槌を打つ、というやり取りの間に二人は駅についていた。すぐにやってきた車両に乗り込むも、周囲は大海と同じように大きなスーツケースを持った人でいっぱいだ。座席を確保することは諦め、二人して窓ガラス越しに外が見える扉付近に落ち着く。時刻は夕方の6時過ぎで、空は綺麗な紫色がかかっていた。
「雪ちゃん明日もお休み?」
「ああ。だいぶ落ち着いてきて、普通に土日休んでも罪悪感がなくなってきたよ」
世の税務課職員の、上半期の大詰め作業が終わろうとしていた。納税通知書の発送である。これからは通知を受け取った市民による問い合わせやクレームの対応に頭を悩ます日々が到来するわけだが、ひとまずのヤマは越えた。4月に係長から叱責されていた例の新人にも、やっとまともに仕事がやりやすくなる方法を教える余裕が出てきている。

「そうかあ。本当に市役所って忙しいんだねえ。お疲れ様」
「ま、逃れられない宿命だな。忙しい部署に配属になるとどうしてもな。仕方ないよ」
「暇な部署もあるってこと?」
直球かつ素朴すぎる物言いには、いっそ癒されてしまう。思わず苦笑しつつ、暖雪は答えた。
「あるっちゃあるよ。部署自体は忙しくてもその中の一つの係が緩い場合もある」
「ふうん」
てらいのない反応は、何だかこちらの毒気が抜かれるというか、話しているだけで自然と肩の力が抜けてくる。シンプルなように見える服装も、彼のそんな素朴な性質を引き立てているように感じるのだ。

(……それにしても、間近で見ると本当にこいつ昔と比べて格好良くなったよな)
暖雪は密かに大海の横顔を盗み見た。視界に入るとつい目で追ってしまうほどに、四年ぶりに直で会った大海のビジュアルは完成されていた。少し目線を遠くにやれば、遊んできた帰りらしい女子グループがこちらを見ている。声を忍ばせながらも、きゃっきゃと何か言い合いお互いをつついている。恐らく大海のことが気になっているのだ。
 
だが、当の本人はそんな周りの思惑など素知らぬ顔だ。
「市役所って3年おきくらいに異動があるんでしょ?今これだけ頑張ってるんだから、次は楽なとこに行けたらいいねえ」
のんびりしているように見えて、暖雪を気遣う台詞をさらりと口にしてくれるのが、無性に嬉しい。
「ま、こんなに忙しいのが続くとそう思う時もあるな」
だから暖雪も、普段見せない本心を少しばかり表に出せるのだ。
「けど、どこの部署に配属されたって始めは新人と一緒だからさ。また一から業務内容を勉強しなおさないといけない。それでもいつか自分のやりたいことができるチャンスが巡ってきた時に力を出せるようにしとかないといけないからな。楽しようって気持ちのやつは置いてかれるよ」

「ひええ。大変そう……」
心の底からの感情でそう言ってくれていることが分かる。こんな風に感情を素直に出せる人物に、暖雪は心からの憧れを抱いてしまうのだ。
「ま、希望の課に配属されるほうが珍しいしな。期待してねえで最初からそういう心構えでいたほうがいいって話だよ」
「そっかぁ……」
感心するようにため息をついた大海が、ふと窓の外に視線を移す。一瞬の沈黙の後、暖雪にこんな質問を投げかけてきた。
「雪ちゃんはどういうことがしたくて市役所に入ったの?」
「へ?」

暖雪がきょとんとしていると、大海は「いやその……」と補足する。
「話聞いてると、何か今の仕事とは別にやりたいことがあって市役所入ったのかなあって思って」
「ああ……」
暖雪は静かに納得する。
同時に、日々の日々の忙しさにかき消されてつい忘れてしまいそうになりがちな、自分の中にある小さな情熱をそっと思い出した。
「子育て支援とか……、大変な思いして子供を育てる人のサポートがしたくて市役所職員になったんだよな俺。福祉的な部署希望だったんだよ」
「………………」
顔をじっと見つめられ、黙られた。暖雪は苦笑し、若干の気まずさを誤魔化すようにそのまま言葉を続ける。
「俺みたいな性格のやつが子育て支援に関わろうと思ったら公務員の、その中でも裏方的な仕事がいいんじゃないかなって思ったんだ。保育士みたいに直接子供と接する仕事よりかはさ」
「確かに雪ちゃんが保育士さんやってるとこは想像できないかも」
そこでやっと大海が笑い、暖雪も「事実だからなんも言えねえな」と笑みを漏らす。
 
「一応いつも子ども青少年支援局ってとこに配属希望出してはいるんだけどな。けど全然それが通ることはなくて……、だから今毎日税金の計算やってるんだ」
最後のほうをちょっと冗談めかして言ってのけると、大海が声を上げて笑ったので暖雪は少し安心する。
「けどやりがいあって楽しい仕事だよ。他のやつらは嫌がるみたいだけど、税金扱うのってなんかこう、見えないところから街の土台を作ってる感じがして俺は好き。地道な作業も俺の性に合ってるし、これからどの部署に配属になっても税金の知識って役立つからな。どこの部署に言っても困ることのない知識と経験を、今つけさせてもらってる感覚かな」
そう暖雪は言い切った。今の話を人にすると決まって変わり者扱いされるのだが、全てれっきとした暖雪の本心だ。変な話だが、今は下積み時代のようなものだと考え前向きかつ地道にスキルを磨くのが大事だと暖雪は思っていた。「確かにね」と大海が頷いてくれるのが嬉しい。

「そもそも希望のところに配属されたって数年したらまた違う課に行かされるんだからな。けど最近ようやく実感できるようになってきたんだけど、どの課だって巡り巡って間接的に福祉に貢献できるんだよ。例えば健全に税金徴収するのは子育てしやすい街づくりに直結するし」
「はー、なるほど。すごいなあ~」
大海が天井を仰いだ。
「雪ちゃんってさ、ほら昔から真面目で何でもよくできたじゃない?今でも、どんな仕事場でも能力発揮して立派にみんなの役に立ってるんだねえ~」
「い、いやいやどこがだよ」
そんな真っすぐすぎる誉め言葉などもらいなれていない。何ともくすぐったい気分になってしまう。

「俺なんていっつも周りから考えなしとか言われてさあ。今回だって、憧れのデザイナーに当たって砕けろでアタックしてこんなドッタバタで日本まで来ちゃって。波乱万丈すぎだよね~」
ドタバタしてる自覚あったんだと静かに思ったことを心にしまい、暖雪は言葉を返した。
「でもさ、その憧れのデザイナーに認められて今回入社する許可もらえたんだろ?俺からするととんでもないことだよ。すごいじゃん」
大海の真似をして直球の賛辞を贈ってみれば。
「へへへ。まさかあの人の元で働ける日が来るなんて思ってなかったよ」
大海がこれまた真っすぐに照れる。なんだか会話がとても楽しい。
「それにしても、お前がデザイナーになるなんてな。確か小さい頃は結構絵上手かったなって記憶はあるけど、こうしてちゃんと自分の進路として歩んでるの見ると、すげえなって思うよ」
「いやあ~、そんなことないよ。俺さ、実は高校生になるまで将来のことなんてなーんも考えてなくて。毎日野球とバンド活動ばっかりしてたんだよね」
「青春だなあ」

自分の地味な学生生活と比較してしまい、暖雪は思わず目を細めてしまう。
「でもある日さあ、運命の出会いをしちゃうんだよ!」
そこで、急に大海の目の色が変わった。軽くたじろぐいだ暖雪に構わず、大海はそのままオンステージ状態に突入してしまう。

「俺が高校一年の年の10月10日!その日に俺の運命が変わったわけ!当時大好きだったバンドのアルバムのビジュアルが解禁になってさあ、そんのジャケット見た瞬間……、もーう雷に打たれかと思ったよね!」
「お、おう……」

暖雪が二の句が継げないレベルの興奮した興奮した語り口だった。先ほどの女子グループがちらりと視界に入る。大海の剣幕がツボに入ったらしく、こちらに顔を向け手を叩いて笑っていた。
「“ステレオタイプな東南アジア”をイメージして、イラストとCGを合成して作ったアートワークなんだけどさ、衣装の細部とか後ろの小道具に至るまでの全てがもうすごくて……。あ、ご、ごめん。また自分にしか理解できないこと言ってるよね?えーとね、えーと、こうー……、みんなが想像するようなアジアの下町の良い感じの裏路地って感じで!質感とか超リアルなんだけどー……、てか待って写真見せればいいんだ!見てこれ俺のスマホの待ち受けにしてるから!はい!ほらね超リアルじゃない!?超いかつくない!?でもね普通あまりに作りこむと逆に嘘くさくなったりくどくなったりするものなんだけど、これ全然そんなことないでしょ?すんなり見てる側に入り込んできて、なのに丁寧に作ったんだろうなーって感じはすごく伝わってきて本物のアジアよりもアジア!って感じでさ!けど一番すごいのはね、バンドメンバーは白人なのにこんなリアルなアジアの背景と自然に調和してて、むしろ彼らの良さがぐっと引き立ってるんだ!」

突如として早口になった大海の話を、暖雪はやや引き気味で聞いていた。正直ちょっとついていけてない。

だが、一方では、すごいなという素直な気持ちも湧いていた。やはり、モノづくりに関わろうという人間は、自分の興味関心のある分野についてこれくらい熱く語るものを心の中に持っているべきなのかもしれない。うっすらとだが、そんな気持ちにさせられるのだった。
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