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4 同居!?

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大海との思い出をたぐろうとすると真っ先に暖雪の中に蘇ってくるのは、まだ声変わり前の彼が『雪ちゃーん!』とこちらに手を振ってニコニコしている姿だ。

四年前の食事会でのインパクトが強すぎはしたが、それはそれだ。思い出の数々は、今でも暖雪の中に変わらず大事に保管されている。
まだ矢野家がアメリカに移住する前のことだ。大海とはよく一緒に遊んだ。年に数回しか会うことはない従兄弟なのに、なぜか大海は4つ上の暖雪のことをやたらと慕ってくれて、会うたびに纏わりついてきた。
そしてしきりに外遊びに誘ってくるのである。
『雪ちゃん!川に泳ぎに行こうよ!そのあと虫取りもするー!』
小学生時代の、夏休み。暖雪は当時からインドア派ではあったが、毎回大海の熱量に押されて遊びにつきあってやる形になっていた。そういう印象が強かったから回数自体は少なくてもよく一緒に遊んだという認識になっているのかもしれない。
 
よく覚えている。慣れない川遊びで暖雪が早々にへばってしまい、木陰の下でだらんとなっていても、大海は川の中からこちらに大きく手を振るなどして終始ご機嫌だった。そればかりか、帰宅後謎のドヤ顔で大人たちにこう報告していた。
『雪ちゃんがねー、一緒に川で遊んでくれたのー!』
太陽のような笑顔。溌溂とした声。
可愛かった。
夜になると、今度は宿題を見てやった。苦手な算数の問題でも、大海は暖雪が教えてやったとおり一生懸命取り組んでいた。難しい問題が解けたと喜ぶその無邪気な姿。もう放っておけなくて、とことん面倒を見てやろうという気持ちにさせられたものだ。一人っ子の暖雪にとって、その愛おしさはひとしおだった。まるで数日だけの弟ができたみたいだった。
 
今だって、大海に対して悪い印象なんて全くない。臆病で卑屈な己の感情を抜きにすれば、背の高さを越されようが大学デビューを遂げた彼に取っつきにくさを感じようが、暖雪にとって大海は可愛い可愛い年下の従弟だ。今もずっと。
 
でも、だからって。
 

 
(一緒に……、住んでって?)
座卓のモニターを見つめ、暖雪は硬直していた。目の前では10000km以上離れた大陸にいる親子が言い合いをしている。

『ちょっと大海。暖雪くん全然意味分かってないわよ。ちゃんと説明しなきゃだめじゃないの』
『今からするんだって!ちょっと突っつくなよ母さん!』
困ったような声で口を尖らせるその仕草。やたらとあどけなく映った。思わず心がキュンとなる。顔が良い男は何をやっても様になるものだ。ここまでレベルが違うと嫉妬の感情すら湧いてこない。
『ごめんね雪ちゃん。実はさ、俺もうすぐ大学卒業なんだけど、日本に帰国してそっちで就職することに決まったんだ』
「そ、そうなのか……」
やっと大海がことの経緯を話してくれる。と同時に、暖雪の胸に何ともいえない感慨深さが宿った。
 
(あの大海が。もうそんな歳になったのか)
 
『うん。俺の尊敬してる日本人のデザイナーがいるんだけど、その人が二年前に〇〇区に事務所立ち上げたんだよ。これを見逃しちゃいけない!と思って、どうにかそこで働かせてくれないかってメール送ったんだよね。最初は断られてたんだけど、俺どうしてもあきらめきれなくてしつこくアピールし続けてたらなんと先月課題を受けさせてもらえることになって!それで何とか課題をパスできてさ、入社できることになったんだ!』
「お、おう……」

大海がはしゃぎ声で語ったその内容に、暖雪は唖然としてしまった。

あまりに大胆かつ豪快すぎる。聞きようによっては無礼だが、それできちんと先方に受け入れられて結果を出しているのだから文句のつけようがない。
(道がなくても自分で自分の人生ガンガン切り開いていくタイプの人間なんだ……)
きっと大海はそうなのだと思った。なぜか暖雪は、自分がそのことにショックを受けていることに気づく。二人で川遊びをしていた日々が、急に遠く遠く感じられた。

『卒業式6月なんだけど、それまで待っててくれるって!なるべく早く日本に行く予定ではあるんだけど、俺都内に他の知り合いとか全然いなくて……』
そこまで一気に言い切った大海が、ちらりとこちらを伺う。ようやく暖雪にも話が見えてきた。
「……それで日本での生活がスムーズにいくよう俺と一緒に住みたいと」
『そうー!そうなんだよ~!!』
大海は大げさな身振りで首を縦に振ってみせる。
(……動くたびに、キラキラっていう効果音が聞こえてくるみたいだな)
大海が大きなジェスチャーつきでしゃべるたびに、心臓が爆発しそうだ。端正な顔立ちをしたイケメンが無邪気にしゃべっているということから来るギャップだろうか。自分の中が騒がしく、どうにもそわそわが止まらない。
暖雪の内心の気持ちなど気にしてくれるわけもなく、大海はなおも言葉を続けていた。
『小学生以来14年ぶりなんだよ俺!日本でまともに暮らすのが!ただでさえ初めての就職で不安なことでいっぱいなのに!雪ちゃんって今××市に住んでるんだよね!?』
「……お、おう。まあ近いうちに引っ越す予定だけど」
『うん知ってる!誠司伯父さんとこないだ電話したから!』
暖雪はちょっとげんなりしてしまう。まさかここで父親の名前が出てくるとは。
 
(……父さん。引っ越すのはまだ“予定”だって言っただろ)

本当に親戚の情報網というのはすごい。先日世間話のついでに親に電話で軽く話しただけのことが、もう海の向こうまで広まっているのか。
『ねえ暖雪くん、私からもお願い。お引越し先はどの辺になる予定なのかしら?』
「ま、まだ決めてない。仕事が忙しくて再来月くらいから探す予定だった。今はちょうど引っ越しシーズンで料金高いし」
横から入ってきた翔子叔母さんの言葉に、暖雪はもごもごと答える。交通の便と安さだけで決めた今の家だったが、それだけに築年数からくる建付けの悪さなどが実際に住むと目立ち、絶対に引っ越すと決めていたのだ。
『雪ちゃんの職場って××市役所だよね?そんなに遠いところには住まないでしょ?俺の就職先との中間地点辺りで何とかならないかなあ?』
「な、何とかはなると思うけど……。けどその辺ってまあまあ人気のエリアだし、ちょうどいい物件が見つかるかどうか……」

大海の圧に押される暖雪に、翔子叔母さんがさらに攻勢をかけてきた。
『もちろんこの件で余計にお金がかかるようなことがあったらうちが全部持つから!ねっ、お願い!』
「そ、そこまでするの……?」
『就職して早々甘やかすことになっちゃうけど、さすがに小学生以来の日本でいきなり一人暮らしっていうのはちょっと……。おまけにこの子アメリカでは野球ばっかして世間のことに本当疎いのよねえ。ぼーっとしてて頼りないし』
「そ、そこまで言うの……?」
『母さん、雪ちゃんの前でそんなこと言うのやめてよ』
大海が慌てても翔子叔母さんはおかまいなしだ。
『その点暖雪くんは昔からしっかりしてて大人だったし安心!おまけに公務員だし!大海についていてくれるならとても助かるわ!』
叔母さんはそう勢いよく言い切った。公務員だから安心という考えもどうなんだと思うが、しかし実のところその言葉は暖雪をかなり揺さぶった。
「う……」と言ったまま口を閉ざすと『厳しい……かなあ?』とさらに縋るような目を向けられてしまう。
まるで退路を断たれたようだ。
 
なんにせよ、事情は把握できた。
 
これは本当に大海のカッコよさに浮かれている場合ではない。
(……“イケメン見れてラッキー”とかバカみたいなこと考えてないで真剣に考えなきゃ)
思わずぐっと言葉に詰まるように暖雪は黙った。大海のこれからの人生がかかった重要な場面だ。いや、自分も合わせて二人分か。

じっと考え込む。ずっと憧れていた人の元へ就職するためにわざわざ帰国するくらいだから、きっと生活の基盤を整えて万全の状態でしっかり仕事に集中したいだろう。そのために、力を貸してくれそうな親類がいれば頼りたくなるのは自然だ。それは理解できる。
だが。しかし。

「……そんなに頼ってもらえるのは嬉しいけど。俺で本当にいいの?」
不安のあまり暖雪はそんなことを言う。はっきり言って、自分では色々と荷が重い。これは当然の感情だと思う。
『もちろん!』と声を合わせる矢野親子だが、何がもちろんなものかと言いたい。

「いやだって面倒見るって……、どういうことすればいいの?俺何かしてやれそうなこと全然ないし……。何かあっても責任とか取れなさそうなんだけど……」
『ううんっ!特に何かをしてほしいってわけじゃないんだ、ただいてくれるだけでいい!そんで俺が困ったら話聞いてくれたり、逆に雪ちゃんの仕事の話とか聞かせてくれたりしたら嬉しいな!右も左も分かんないから、俺に時々喝入れてほしい~!』
「ええ……!?」

(またとんでもないこと言いだしたな……)
こんなの戸惑わずにいられようか。それこそ自分なんかより、もっと落ち着きがあって包容力に溢れた人が適任だ。自分なんかに何ができるというのか。
『とにかくうちに帰った時に誰かがいてくれたらそれだけで心強いんだ!初めてのことだらけで不安だし心細いし……』
『そうそう、ずっと見といてほしいわけじゃないわよ!大海だってゆくゆくは一人で日本で生きていけるくらいたくましくなってもらわなきゃいけないんだから。そうね、……言ってみれば、おまもりみたいな感じで暖雪くんがいてくれたらすごく頼もしいと思う!』
「おまもり……」
思わず叔母さんの言葉を繰り返して呟いてしまった。そんな役目が自分に向いているなどとても思えない。やはりそういうのはもっともっと酸いも甘いも噛み分けた、大人の余裕を多分に持っている人間に声をかけるべきなのではないか。
 
そう思うも、断る言葉が浮かばないのも事実だった。
この親子が言うことはなかなかに無茶苦茶ではある。適当な理由で突っぱねても誰から咎められることもないだろう。
 
(だけど……)
この時暖雪の脳裏に浮かんでいたのは、自身の両親のことであった。
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