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46 エピローグ 〜恋人たち〜

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 アンドレイ王子とナージャ子爵令嬢はすぐさま近衛兵たちに拘束されて、地下牢に放り込まれた。
 そこは王族用の貴賓室のような美しい監獄ではなく、低い身分の者が入る不衛生な檻だ。常に湿って埃まみれで、悪臭漂う最悪の場所である。

 王子の方はのべつ幕なし不平不満を言っていたけど、子爵令嬢の方は「そういう運命なのよ、あたしたち……」と、渋々だけど大人しく従っていたらしい。意外に肝が据わっているのね……と、ちょっと感心した。
 ま、それくらい図太くないと高位貴族から王子を略奪しようとは思わないかしら?

 アンドレイ王子は廃嫡――立太子の儀は中止、王位継承権も剥奪、臣籍降下で貴族籍も与えられずに平民落ち。
 王位継承権は王弟である公爵家へ移り、いずれは現当主のまだ幼い嫡子が立太子することになるそうだ。

 ナージャ子爵家の行っている黒い事業も白日の下に晒されて、お家取り潰しで一族皆平民に。賠償金の返済のために各々が過酷な労働を強いられていた。

 ちなみに愛し合う二人はめでたく結婚をした。国王陛下のご命令だ。
 彼らは一生をかけて、莫大な損害賠償金を支払わなければならない。しかも死ぬまで監視付きだ。風の便りによると、既に二人とも精神的にかなり参っているらしい。
 
 アンドレイ王子が行った犯罪は隣国まで巻き込むこととなり、国家の信頼を回復させるために国王陛下が非常に骨身を削ったそうだ。
 だから陛下の怒りは尋常ではなく、はじめは二人を見せしめに民衆の前で処刑すると憤っていたのだけど、レイモンド王太子殿下が「死んで楽になることは私が許さぬ。最期まで生きて己が犯した罪と一生向き合え」と、一蹴したのだ。

 これには、わたしも大賛成だ。死んでしまったら、そこでお終いなのだから。
 それよりも、生きて、苦しんで、恥入って、惨めな思いも沢山して、自己を反省して欲しいと願う。



 わたしとアンドレイ王子は建国パーティーの日に王家側の有責で婚約破棄が決まった。
 晴れて自由の身となったのだ!
 長かった……ここまで来るのに本当に長かった。

 自分の意思なんて心の隅にも宿っていなくて両親やアンドレイ王子の操り人形だったわたしが、よくぞ自ら進むべき道を選択できたと、我ながら嬉しく思う。

 間諜としてローラント王国へ向かって、そこで多くの人たちと出会って、生まれて初めて褒められて、自分で考えて行動することを覚えて、そして……愛する人ができた。

 どうでもいい娘だと王子や両親から躊躇なく他国へ行くのを許された――これだけは三人に本当に感謝しているわ。


 そしてわたしは、ローラント王国の三大公爵家の一つであるクノー家の養子に入ることになった。
 これからは公爵家の令嬢として、ローラント王国で暮らすことになる。レイと話し合って決めたのだ。

 彼が「オディール嬢は王子と婚約破棄となったことで、これは大変不名誉な事実となって一生彼女の足枷となる。だからジャニーヌ家の令嬢として、もうこの国にはいられないだろう。家門にも不利益を被る可能性がある」などど、もっともらしいことをのたまって、特にトラブルもなく円満に侯爵家から籍を抜くことができた。

 両親はなによりも外聞が大事なので、喜んでわたしを放り出したわ。
 ジャニーヌ家には嫡男であるわたしの弟がいるので、王子と婚約破棄となった不出来な娘なんて特に必要ないことでしょう。

 もう、寂しいなんて優しい気持ちは微塵も起きなかった。


 わたしは家族とは……決別を選択した。
 もう二度と彼らと会うこともないし、アングラレス王国へ行くこともないだろう。


 今、わたしはレイモンド王太子殿下の馬車で、彼と一緒にローラント王国へ戻っている。



 なぜなら――……、













「よく言った、オディール」

「これで任務完了、ね?」

「あぁ。君は最高の間諜だよ」

「あら、ありがとう」

「特別に優美な死骸に入れてあげよう」

「結構よ」

 わたしとレイは周囲に気付かれないように密かに目配せをして、くすりと静かに笑った。
 そして素知らぬ顔で左右に別れて、それぞれが社交に励む。


 まるで王子の失態はなかったかのように、建国記念パーティーは静かに再開された。

 貴族たちはさっきの断罪劇の話題で持ち切りだったけど、今夜は祝福すべき建国記念日。国王陛下の判断で、何事もなかったかのように、パーティーは粛々と執り行われた。国の節目の日にあのような無様なことはあってはならないからだ。

 わたしも見せ物の一人なのだろうけど、臆せずに堂々とダンスや会話を楽しんだわ。
 両親とは結局一言も言葉を交わさなかった。お母様がショックで倒れてしまって、お父様と先に帰ることになったのだ。

 わたしたち家族はお互いに正面から向き合わなさ過ぎた。もう、修復は不可能なところまで来たのだと思う。
 だから両親も、わたしも、前を向いて……別々の道を進むしかないのだ。







「今日は疲れたな」

「そうね……」

 わたしとレイはバルコニーで夜風に当たっていた。ひんやりと頬が扇がれて、断罪劇から冷めない熱気がみるみる吸い取られた。
 公演を終えて無人になった劇場のような、落ち着いた静寂に身を任せる。星空が綺麗だった。

「全部、あなたのお陰だわ。本当にありがとう」

 沈黙を破って、わたしは彼にお礼を述べる。本当はこんな一言だけでは感謝の気持ちを表現できないけど、きちんと言っておきたかった。

 レイが側にいてくれたから、わたしは最後まで頑張れたのだ。

「いや……」彼は軽く首を振る。「君のこれまでの努力の成果だよ」

「ありがとう。本当に、優しいのね」

 わたしはふっと微笑む。彼もニコリと口角を上げた。

 また、静かになった。
 コロコロと虫の鳴き声だけが輪唱するように楽しげに奏でている。


「オディール」

 ふいに、レイがわたしの名前を呼ぶ。彼のほうに顔を向けると、手には青いビロードの小さな箱を持っていた。
 おもむろに蓋を開けると、そこには――、

「ダイヤモンド?」

 それは時折り光が星になって飛んでいくような、キラキラと七色に輝く大きなダイヤモンドの指輪だった。

「あぁ。僕たちが初めて出会った鉱山で採取された、一番上等なダイヤモンドだ」

「綺麗ね……」

 わたしはほぅとため息を漏らす。熟練の技師によってカットされたダイヤモンドは、思わず目が離せなくなるくらいの蠱惑的な魅力を放っていた。


「オディール・ジャニーヌ侯爵令嬢」

 にわかにレイが跪いた。彼の熱を帯びた視線がまっすぐにわたしを見据える。

「えっ――」

 わたしが驚く間もなく、

「私、レイモンド・ローラントはあなたを愛しています。……どうか、私と――」

「ピャーッ!」

 そのときだった。矢庭にヴェルがビュンと勢いよく飛んできて、レイの持ってあるダイヤモンドの指輪を嘴で咥えた。

「こ、こらっ! ヴェル! 返せ!」

 レイが飛び上がって手を伸ばすが、ヴェルはひょいと躱して旋回してからわたしの左肩に止まった。
 そして、わたしの掌の上にポトリと指輪を落として――、

「オディール・ローラント ハ オウタイシヒ ソレダケガトリエサ」

「えっ?」

 わたしは目を丸くしたあと、一拍してみるみる頬を染める。
 い、今……なんて…………。

「おいっ、ヴェル! 僕より先に言うなっ! プロポーズはこれからなんだぞっ!?」

 レイが顔を真っ赤にさせながら叫んだ。

「ええぇっ!?」

 びっくりして、わたしも叫んだ。

 ヴェルは陽気に繰り返す。

「オディール・ローラント ハ オウタイシヒ ソレダケガトリエサ」


「「ヴェルっ!!」」


 二人の重なった声が夜空に響く。








◇ ◇ ◇




最後まで読んで下さって有難うございました
厚く御礼申し上げます

2022/9/4 あまぞらりゅう


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