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48 令嬢は、形のない愛を知った

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「七度目の正直だな……」と、レオナルドが呟いた。

「…………」

 確信的なその言葉に、キアラは目を見張って息を呑んだ。

 レオナルドは断頭台をずっと見つめていた。
 彼の胸の中は、不思議と穏やかだった。七度目の人生で初めて悲願の勝利を達成したが、嬉しさよりも安堵感のほうが大きかった。

 何故なら、の彼の隣には――…………。

「レオナルド様」

 キアラはじっと婚約者の瞳を見つめる。彼に伝えなければと思った。ずっと話しかったこと……ずっと、謝りたかったことだ。

「やっぱり、あなたも――」

「いや……」

 レオナルドはキアラの小さな口にそっと人差し指を当てた。彼女の頬が赤く染まる。柔らかい感触に、彼もほんのりと顔を紅潮させた。

「過去はなかった。俺たちに持っているのは、未来だけだ。
 ……そうだろう?」

 レオナルドは少年みたいにニカッと笑い、一拍してキアラも釣られてふふふっと声を出して笑った。

「ええ、そうですね……! 私たちには、明るい未来がありますから」

「ああ!」



「終わったな」

「父上」

「皇帝陛下」

 共に廃后の処刑を見守っていた皇帝が席を立った。皇太子と伯爵令嬢は慌てて立ち上がって、こうべを垂れる。

「あれは有能な皇后だったのだが、欲望は抑えられんかったか。分不相応に多くを望み過ぎた」

「そうかも、しれません……」

 皇太子はもう一度断頭台を眺める。そこはもう死体の片付けが完了していて、僅かに血痕が残っているだけだった。

「この不名誉な騒ぎを収めるためにも、お前たちの婚姻の日取りは早めないといけないな」

「恐れ入ります、父上」

「恐縮の至りでございます」

「リグリーア伯爵令嬢は――」

 不意に皇帝はキアラを見た。

「あれと違って、偉大な皇后になることだろう。
 ――レオナルド、彼女と……その貴重な能力マナも大切にな」

「っ……!」

「!」

 二人は驚きで身体を硬くして、目を見張った。
 少しの沈黙のあと、

「……やはり、お気付きでしたか、父上」と、レオナルドが苦笑する。

 皇帝は全てをお見通しだとははっと声を出して笑って、

「その能力は使い方を誤ると、帝国は滅びの道を歩むだろう。だが、お前たちなら、この国を更なる繁栄へ導くことができるはずだ」

「恐れ入ります、父上」

「精進して参ります、皇帝陛下」

 皇太子と伯爵令嬢は、深く頭を下げる。
 皇帝は上機嫌でその場を去って行った。










「キアラ様、今日は本当に美しいです!」

 ジュリアが満面の笑みを浮かべながら、キアラを姿見の前へ連れて行った。

「本当に綺麗で……女神のようですぅ~!」

「ありがとう。はい、これどうぞ」

 キアラは絹の袋から金貨を一枚取り出して、侍女に手渡す。

「まいど~! って、これ、金貨じゃないですか!?」

 彼女は目を丸くして手元の金貨と主を交互に見た。
 キアラはいたずらっぽく笑って、

「今日は特別な日だから。ご祝儀よ?」

「ご祝儀って……。祝われる方が配ってどうするんですかー!」

「いいのよ。これが私のやり方だから」

「キアラ様は気前が良すぎますー! まいどですー!」

「うふふ」


 あの処刑の日から半年、ついに皇太子と伯爵令嬢の婚礼の儀が執り行われることとなった。
 暗い事件が続いたあとの、英雄の祝い事は多くの民衆から祝福された。
 なにせ花嫁は、共に皇都で魔獣と戦った伯爵令嬢なのだ。

 ――コン、コン。

 軽やかなノックの音がする。

「あっ! 殿下がいらっしゃいましたね!」

 ジュリアが弾むように扉まで飛んでいった。

「キアラ!」

 正装姿のレオナルドが入って来る。いつもに増して凛とした彼の様子に、キアラの脈がどきりと跳ね上がった。沸騰したみたいに一瞬で顔が赤くなる。

「今日は一層綺麗だ」

 皇太子が伯爵令嬢の手を取って、そっと口づけた。

「あ、ありがとうございます……」

 彼女は赤い顔をもっと真っ赤にさせて、小さく頷く。

「君は帝国一美しい」

「っ……! もうっ、褒めすぎです!」

「ははっ、本当のことだ」

「……」

 キアラは恥ずかしさで爆発しそうになって俯いた。

「ん? 飾りが少し曲がっているな」

 レオナルドは、俯いた彼女の頭に優しく手を触れてパールの装飾を留め直す。

「これで良し」

「ありがとうございます」

「ああ」

「……」

「……」

 レオナルドは黙ってキアラを見つめている。
 愛しい婚約者を見るというか、何か物欲しそうな……?

「……何でしょう?」と、痺れを切らしたキアラが訊いた。

 彼は真面目な顔をして、

「今日はチップはくれないのか?」

「えぇっ!?」

「チップだ、チップ」

 キアラは一瞬目を丸くするが、結婚式直前なのにお茶目な婚約者がたまらなく愛おしくなって、

「では、チップです」

 レオナルドの顎に軽く手を触れて、頬にそっとキスをした。

「っ……!」

 戦闘ではあり得ないような不意の攻撃に、彼は顔を真っ赤にして身体を硬直させる。
 彼女はくすりと笑って、

「レオ様にだけの、特別なチップですわ」

 嬉しそうに片目を閉じた。

 レオナルド嬉しさで数拍思考停止していたが、

「じゃあ、俺からも……」

 キアラのピンク色の瑞々しい唇に、キスをした。


「お二人とも、時間ですよ」

「もう~っ! ちょっと待ってください! キアラ様の口紅を直さなきゃ!」

 アルヴィーノ侯爵とジュリアの言葉に、二人ははっと我に返る。
 そして顔を見合わせ、照れくさそうに小さく笑いあった。



 七度目の人生。
 キアラは、形のない愛を知った。
 レオナルドという、無限の愛を。







◆ ◆ ◆






最後までお読みいただき有難うございました
厚く御礼申し上げます

2024/9/22
あまぞらりゅう



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