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第一章 地味な、人生でした
15 異母妹の企みなんて知りませんでした
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魔法が使えない。スコットと会えない。
クロエの悩みは泥沼に踏み込んだように、どろどろと深みに嵌っていっていた。
いくら特訓をしても一雫の魔力でさえ発することができず、いくらスコットに手紙を書いても返事が来ることはなかった。
彼女の側には唯一信頼していたマリアンも、もういない。
他の従者たちは今ではすっかり継母と異母妹にお追従ばかりで、彼女は鬱屈とした日々を過ごしていた。
コートニーの魔法の才能は目を見張るほどに、ぐんぐんと伸びて行った。
天才だという彼女の噂はあっという間に社交界に広まって、母娘はお茶会やら夜会やらで毎日忙しくなった。
彼女たちは毎回新しいドレスに着飾って、母娘二人……あるいは親子三人で楽しそうに出掛けて行っていた。
数ヶ月前までは貴族の愛人とその娘として陰の世界を生きていた彼女たちは、まるでお伽噺のような煌めく世界にのめり込んでいった。
もっと素敵なドレスを、もっと高級な宝石を。あの侯爵家には負けたくない。身位が上の公爵家であっても。
天才魔導士のいるパリステラ家が一番でなければ……。
ロバートは自慢の娘のために、労を惜しまず願いはなんでも叶えてやって、社交の度に高価なドレスやアクセサリーを買ってあげていた。
そのうち、コートニーは魔法以外の嫌なことは、なにもしなくて良くなった。
彼女は辛い淑女のレッスンや教養のための勉強も放棄して、毎日のように社交に明け暮れていた。
多少のマナー違反も、彼女の魔法の実力とパリステラ侯爵家の威光で大目に見られていた。もっとも、陰では「マナーも知らない平民上がりの妾の娘」と、嘲笑われていたが。
招待状にはクロエの名前もあったが、父親が「魔法も使えん娘なぞパリステラ家の恥だ」と、参加の許可を出さなかった。
クリスとコートニーは人脈を広げて、逆にクロエは友人とは疎遠になって、新たな知人さえできる機会もなくなってしまった。
異母妹が「今日は仲の良い令嬢たちとお買い物に出かけるのよ」と、にこにこと喜色満面に馬車に乗り込む。
クロエは庭で一人寂しく魔法の特訓をしながら、その様子をちらりと横目で見ていた。
「……なかなかイイ男はいないわねぇ」
母娘水入らずの小さなお茶会で、クリスは眉根を寄せて、ため息をつく。
「あーあ。本当は王太子様が良かったんだけどなぁ~。いくらお父様でも、来月に結婚式を挙げる王太子様をあたしの婚約者にするのは無理だよねぇ~」
コートニーも、母親に倣うように、大きなため息をついた。
二人は目下、コートニーの婚約者について悩んでいた。
名門パリステラ家、しかも天才魔導士の伴侶になる殿方を探していたのだ。
コートニーは類ない才能を持つ特別な令嬢である。だから、並大抵の凡庸な令息などはお断りだった。彼女に相応しいのは、王族や最低でも有力な高位貴族でいなければ。
しかし、貴族社会では幼い頃から婚約者を決めている場合が多い。
来月に婚姻を控えている王太子は10歳の頃には既に未来の伴侶が決まっていたし、他の高位貴族の令息たちも予約済みだ。
コートニーは15歳でパリステラ家の正式な令嬢になったので、少々遅すぎた。娘を溺愛している父親も、このことには頭を悩ませていたのだ。
「そうねぇ……」クリスは眉尻を下げて「王太子殿下のご結婚は揺るがないし、名だたる公爵家や侯爵家の適齢期の令息も軒並み婚約済み……隣国の王子様はまだお小さいし、困ったわねぇ~」
「あたしの婚約者になるのだから、家柄も頭も容姿も最高の男じゃないと嫌よ」
コートニーは長い間、貴族の愛人の娘という日陰の世界で生きていた。
クロエという光の影に立つコートニー。
……いや、婚外子の自分は背後に立つことだって、許されない。
(本当ならあたしは侯爵令嬢なのに。自分があのお屋敷に住んで、お姫様みたいなドレスを着るはずなのに)
――と、彼女はパリステラ家の前を通りかかる度に、恨めしい顔で屋敷を睨め付けていた。
いつしか彼女の中にはどす黒い感情が渦巻いていて、それは奈落のように深くなっていった。
いつか見返してやる、いつか光と影を逆転させてやる。彼女の行き詰まった負の感情は、呪いのように異母姉に向けられていたのだ。
「――ねぇ、お母様。希望の条件にぴったりの殿方がいるじゃない」
ふと、コートニーが口を開く。
「あら、そんな方いらした? どなたかしら?」
クリスが目をまたたくとコートニーはにやりと口元を歪ませて、
「スコット・ジェンナー公爵令息様よ」
クロエの悩みは泥沼に踏み込んだように、どろどろと深みに嵌っていっていた。
いくら特訓をしても一雫の魔力でさえ発することができず、いくらスコットに手紙を書いても返事が来ることはなかった。
彼女の側には唯一信頼していたマリアンも、もういない。
他の従者たちは今ではすっかり継母と異母妹にお追従ばかりで、彼女は鬱屈とした日々を過ごしていた。
コートニーの魔法の才能は目を見張るほどに、ぐんぐんと伸びて行った。
天才だという彼女の噂はあっという間に社交界に広まって、母娘はお茶会やら夜会やらで毎日忙しくなった。
彼女たちは毎回新しいドレスに着飾って、母娘二人……あるいは親子三人で楽しそうに出掛けて行っていた。
数ヶ月前までは貴族の愛人とその娘として陰の世界を生きていた彼女たちは、まるでお伽噺のような煌めく世界にのめり込んでいった。
もっと素敵なドレスを、もっと高級な宝石を。あの侯爵家には負けたくない。身位が上の公爵家であっても。
天才魔導士のいるパリステラ家が一番でなければ……。
ロバートは自慢の娘のために、労を惜しまず願いはなんでも叶えてやって、社交の度に高価なドレスやアクセサリーを買ってあげていた。
そのうち、コートニーは魔法以外の嫌なことは、なにもしなくて良くなった。
彼女は辛い淑女のレッスンや教養のための勉強も放棄して、毎日のように社交に明け暮れていた。
多少のマナー違反も、彼女の魔法の実力とパリステラ侯爵家の威光で大目に見られていた。もっとも、陰では「マナーも知らない平民上がりの妾の娘」と、嘲笑われていたが。
招待状にはクロエの名前もあったが、父親が「魔法も使えん娘なぞパリステラ家の恥だ」と、参加の許可を出さなかった。
クリスとコートニーは人脈を広げて、逆にクロエは友人とは疎遠になって、新たな知人さえできる機会もなくなってしまった。
異母妹が「今日は仲の良い令嬢たちとお買い物に出かけるのよ」と、にこにこと喜色満面に馬車に乗り込む。
クロエは庭で一人寂しく魔法の特訓をしながら、その様子をちらりと横目で見ていた。
「……なかなかイイ男はいないわねぇ」
母娘水入らずの小さなお茶会で、クリスは眉根を寄せて、ため息をつく。
「あーあ。本当は王太子様が良かったんだけどなぁ~。いくらお父様でも、来月に結婚式を挙げる王太子様をあたしの婚約者にするのは無理だよねぇ~」
コートニーも、母親に倣うように、大きなため息をついた。
二人は目下、コートニーの婚約者について悩んでいた。
名門パリステラ家、しかも天才魔導士の伴侶になる殿方を探していたのだ。
コートニーは類ない才能を持つ特別な令嬢である。だから、並大抵の凡庸な令息などはお断りだった。彼女に相応しいのは、王族や最低でも有力な高位貴族でいなければ。
しかし、貴族社会では幼い頃から婚約者を決めている場合が多い。
来月に婚姻を控えている王太子は10歳の頃には既に未来の伴侶が決まっていたし、他の高位貴族の令息たちも予約済みだ。
コートニーは15歳でパリステラ家の正式な令嬢になったので、少々遅すぎた。娘を溺愛している父親も、このことには頭を悩ませていたのだ。
「そうねぇ……」クリスは眉尻を下げて「王太子殿下のご結婚は揺るがないし、名だたる公爵家や侯爵家の適齢期の令息も軒並み婚約済み……隣国の王子様はまだお小さいし、困ったわねぇ~」
「あたしの婚約者になるのだから、家柄も頭も容姿も最高の男じゃないと嫌よ」
コートニーは長い間、貴族の愛人の娘という日陰の世界で生きていた。
クロエという光の影に立つコートニー。
……いや、婚外子の自分は背後に立つことだって、許されない。
(本当ならあたしは侯爵令嬢なのに。自分があのお屋敷に住んで、お姫様みたいなドレスを着るはずなのに)
――と、彼女はパリステラ家の前を通りかかる度に、恨めしい顔で屋敷を睨め付けていた。
いつしか彼女の中にはどす黒い感情が渦巻いていて、それは奈落のように深くなっていった。
いつか見返してやる、いつか光と影を逆転させてやる。彼女の行き詰まった負の感情は、呪いのように異母姉に向けられていたのだ。
「――ねぇ、お母様。希望の条件にぴったりの殿方がいるじゃない」
ふと、コートニーが口を開く。
「あら、そんな方いらした? どなたかしら?」
クリスが目をまたたくとコートニーはにやりと口元を歪ませて、
「スコット・ジェンナー公爵令息様よ」
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