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83 第二王子の決意
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「国王陛下、貴重なお時間をいただき有難う存じます」
空間を贅沢に使った王宮の謁見室は、底冷えするほどに寒く感じた。
まだ暖かさが残る季節なのに妙だと思ったが、はっと我に返ると冷や汗が玉になって額を流れ、強く握った拳が小刻みに震えているのが分かった。
僕はどうやら、これまでにないくらいに緊張しているらしい。
「お前から改めて謁見の要請とは珍しいな。ハリー……いや、この場ではヘンリー第二王子と言うべきか」
父上は物珍しそうにしげしげと僕を眺める。緊張で強張っている自分とは対照的に泰然とした様子で、親子なのに身位という距離がとても遠くに思えて、僕は現状に置かれている己の立場を酷く呪った。
――兄上なら、こういう場面でも堂々と立っているのだろうか。
ふと、そんな考えが頭を過ぎる。
兄上は生まれた瞬間から国の次代を担う特別な存在だと大事に育てられて、まだ第一王子ではあるけど既に王太子として周囲から見られていた。
なので子供の頃から厳しく育てられて、僕がぎゃんぎゃん泣いている隣で背筋を伸ばし凛とした姿で立っているような人だった。
仮に兄上がもしこの場にいても、父上に臆することなく堂々と渡り合っていたのだろうか。
そう考えると、国王と二人きりなくらいで萎縮している自分が情けなく思えた。
僕は軽く息を吐いて、ずるずると思考が負の方向に引きずられるのを気合いで止める。今日は思い出という感傷に浸っている暇はない。僕は第二王子として、国王と話し合いに来たのだから。
僕は睨み付けるように父上を見る。膨張したような緊張感が、自身の身体を締め付けていくみたいに感じた。
「国王陛下にお願いがございます」
父上はまっすぐに僕を見る。
「なんだ? 言ってみよ」
また僅かな沈黙。僕は震えそうな唇を開く。
「シャーロット・ヨーク公爵令嬢との婚約を認めていただきたいのです」
静まり返った空気は続く。
ややあって、父上はうんざりした顔でため息をつく。
「その話はもう終わったことだ。ヨーク家がこのような事態になった以上、王家と婚姻を結ぶことなど出来ない。それはヨーク公爵も承諾している」
「しかし……これは王弟派の陰謀です」
「それくらい誰もが分かっている。だが、彼奴らは巧妙に証拠を隠している。もうお手上げだ。やられたよ」
父上は両手を挙げて肩をすくめる。少々投げやりに見える様子は国王が謁見の場で示すような態度には見えなくて、国王の苦悩が垣間見られた気がした。
「……だったら、こちら側も反撃すればいい」と、僕は噛み付くように言う。
「で、その方法は? お前に何か策はあるのか?」
「……だから今、考えているんです」
「…………」
父上は大仰にため息をついて、僕の顔を見た。何しにここに来たと言わんばかりの呆れ顔だ。
でも、僕だって考えなしにここに来たわけではない。アルバート公爵令息とバイロン侯爵令嬢と僕を慕ってくれている貴族たちと着々と準備を進めているのだ。
しかし、達成させるにはまだ時間がかかる。王弟派――いや、アーサー・ドゥ・ルイスを倒すためには、生半可な策では通用しないのだ。
乾いた空気が続いたあと、父上がため息混じりに口火を切った。
「仮にヨーク家が晴れて国王派の筆頭貴族に戻ったとしよう。それでも、公爵令嬢と婚姻を結ぶのは王太子だ。ヨーク家はそれほど尊い血筋なのだ。……現王家である我々よりな」
「ならばっ!」
僕は思わず叫ぶ。
「僕が――私が王太子になれば、彼女との婚姻を認めてくださいますか!?」
「っ……!」
瞬時に凍り付いた空気が謁見室に広がった。刃のような緊迫感がぴりりと肌を突き刺す。
父上は目を見開いたかと思うと、忽ち険しい顔付きになって僕を見た。
自分も、一歩も引かないと父王をまっすぐに見つめ返す。
「……本気で言っているのか?」
国王の峻厳な低音が場に響いた。
「私は本気です。この手で王弟派を一掃してみせます。そして――……」
そして、
逆行してからずっと胸に秘めていた想いを吐露する。
シャーロット嬢への想いだ。
「そして……僕が王太子になります」
冷たい風が背中を撫でる。
僕の、決意だ。
「ほう……」と、父上は愉快そうに口角を上げた。
「己の発した言葉の意味が分かっているのだろうな、ヘンリー王子?」
「勿論です、国王陛下」
「仮に失敗したら、お前は逆賊として処分されることになるだろう」
「構いません」
「死が怖くないのか?」
「私は王太子になってみせますから」
父上はまたもや押し黙る。
だがさっきまでとは違って、晴れやかな静けさなのを感じ取れた。
少しして、
「良かろう」
国王の声が響く。
「やってみよ、ヘンリー第二王子。お前の覚悟を見せてみよ」
父の肯定に思わず頬が緩んだ。
「ありがとうございますっ!!」と、僕は深く頭を垂れる。
「お前の選択は、相当厳しい道だぞ」
「覚悟の上です、父上」
僕は入室時とは打って変わって、軽い――いや、しっかりとした足取りで謁見室を辞去した。全身が滾ったように熱くて、細胞の一つ一つに力が行き渡っているような気がした。
父上と約束は取り付けた。あとは王弟派を倒して、シャーロット嬢を取り戻すだけだ。
……この手の中に。
絶対に、やってやる。
「っ……!?」
その姿を認めた瞬間、急激に体温が下がった。
謁見室に近い廊下に兄上が立っていたのだ。
「…………」
兄上は壁に寄り掛かり、腕を組んで怖い目で僕を睨み付けていた。
これは……間違いない、謁見室での父上との会話を全て聞いていたのだろう。
「……なに、盗み聞き?」と、僕も兄上を睨み付ける。
今更なんなのだと思った。シャーロット嬢を弄ぶ兄上なんかに批判される筋合いはないのだ。
「お前、王太子になるつもりか?」
「謁見室での会話の通りだよ。僕が王弟派を一層して……王太子として改めてシャーロット嬢を妻にする」
兄上は黙ったままじっと僕を見る。てっきり激昂して殴られると思っていたので、拍子抜けだった。
しばらくの不気味な沈黙のあと、
「……アーサーとロージー・モーガンは、俺が殺す」
兄上が発した言葉はそれだけだった。
「僕が王太子になること、怒ってないの?」
意外な発言に僕の闘志も削げ落ちて、ただ目を白黒させる。
「好きにすればいい」
「えっ!? なんで――」
兄上は僕の言葉も聞こうともせずに、むっつりとした顔をしたまま踵を返した。
「…………」
僕だけが長い廊下にぽつねんと一人取り残される。
まだ日が高いのに、誰もいない廊下は夕暮れのような物寂しさを感じた。
兄上は王太子にならなくて良いのだろうか。
おそらく兄上の今回の人生での目標は、アーサー・ドゥ・ルイス公爵令息とロージー・モーガン男爵令嬢への復讐……。それは、兄上が正式に立太子をしてシャーロット嬢を王太子妃に迎えて、初めて達成するのではないのだろうか。
それなのに「好きにすればいい」なんて……。
考えても答えが見えない。まさか兄上は他に愛する人がいるのかと思ったけど、どうも二度目の人生では令嬢という生き物を避けているような様子だった。
これ以上考えても仕方がないので、僕は次の行動へと移る。
あの公爵令息のことだ、シャーロット嬢を手に入れてこれでお仕舞いにはならないはず。今度は絶対に王位を狙って来るつもりだろう。血筋という如何にも正当性のあるような武器を掲げて。
アルバート公爵令息はこのまま王弟派に下ったように見せかけて探りを入れてみるそうだ。
そしてバイロン侯爵令嬢も第一王子の筆頭婚約者として、国王派の貴族をまとめるように動いてくれいてる。
確かに僕は血筋では彼に劣っているが、辛うじて身位は負けていない。使えるものは何でも使おう。
もう形振り構っていられなかった。これから王宮に血の雨が降るかもしれないのだ。そんな凄惨なこと、王子として黙って見ていられるものか。
決戦の日は、近いのだ。
空間を贅沢に使った王宮の謁見室は、底冷えするほどに寒く感じた。
まだ暖かさが残る季節なのに妙だと思ったが、はっと我に返ると冷や汗が玉になって額を流れ、強く握った拳が小刻みに震えているのが分かった。
僕はどうやら、これまでにないくらいに緊張しているらしい。
「お前から改めて謁見の要請とは珍しいな。ハリー……いや、この場ではヘンリー第二王子と言うべきか」
父上は物珍しそうにしげしげと僕を眺める。緊張で強張っている自分とは対照的に泰然とした様子で、親子なのに身位という距離がとても遠くに思えて、僕は現状に置かれている己の立場を酷く呪った。
――兄上なら、こういう場面でも堂々と立っているのだろうか。
ふと、そんな考えが頭を過ぎる。
兄上は生まれた瞬間から国の次代を担う特別な存在だと大事に育てられて、まだ第一王子ではあるけど既に王太子として周囲から見られていた。
なので子供の頃から厳しく育てられて、僕がぎゃんぎゃん泣いている隣で背筋を伸ばし凛とした姿で立っているような人だった。
仮に兄上がもしこの場にいても、父上に臆することなく堂々と渡り合っていたのだろうか。
そう考えると、国王と二人きりなくらいで萎縮している自分が情けなく思えた。
僕は軽く息を吐いて、ずるずると思考が負の方向に引きずられるのを気合いで止める。今日は思い出という感傷に浸っている暇はない。僕は第二王子として、国王と話し合いに来たのだから。
僕は睨み付けるように父上を見る。膨張したような緊張感が、自身の身体を締め付けていくみたいに感じた。
「国王陛下にお願いがございます」
父上はまっすぐに僕を見る。
「なんだ? 言ってみよ」
また僅かな沈黙。僕は震えそうな唇を開く。
「シャーロット・ヨーク公爵令嬢との婚約を認めていただきたいのです」
静まり返った空気は続く。
ややあって、父上はうんざりした顔でため息をつく。
「その話はもう終わったことだ。ヨーク家がこのような事態になった以上、王家と婚姻を結ぶことなど出来ない。それはヨーク公爵も承諾している」
「しかし……これは王弟派の陰謀です」
「それくらい誰もが分かっている。だが、彼奴らは巧妙に証拠を隠している。もうお手上げだ。やられたよ」
父上は両手を挙げて肩をすくめる。少々投げやりに見える様子は国王が謁見の場で示すような態度には見えなくて、国王の苦悩が垣間見られた気がした。
「……だったら、こちら側も反撃すればいい」と、僕は噛み付くように言う。
「で、その方法は? お前に何か策はあるのか?」
「……だから今、考えているんです」
「…………」
父上は大仰にため息をついて、僕の顔を見た。何しにここに来たと言わんばかりの呆れ顔だ。
でも、僕だって考えなしにここに来たわけではない。アルバート公爵令息とバイロン侯爵令嬢と僕を慕ってくれている貴族たちと着々と準備を進めているのだ。
しかし、達成させるにはまだ時間がかかる。王弟派――いや、アーサー・ドゥ・ルイスを倒すためには、生半可な策では通用しないのだ。
乾いた空気が続いたあと、父上がため息混じりに口火を切った。
「仮にヨーク家が晴れて国王派の筆頭貴族に戻ったとしよう。それでも、公爵令嬢と婚姻を結ぶのは王太子だ。ヨーク家はそれほど尊い血筋なのだ。……現王家である我々よりな」
「ならばっ!」
僕は思わず叫ぶ。
「僕が――私が王太子になれば、彼女との婚姻を認めてくださいますか!?」
「っ……!」
瞬時に凍り付いた空気が謁見室に広がった。刃のような緊迫感がぴりりと肌を突き刺す。
父上は目を見開いたかと思うと、忽ち険しい顔付きになって僕を見た。
自分も、一歩も引かないと父王をまっすぐに見つめ返す。
「……本気で言っているのか?」
国王の峻厳な低音が場に響いた。
「私は本気です。この手で王弟派を一掃してみせます。そして――……」
そして、
逆行してからずっと胸に秘めていた想いを吐露する。
シャーロット嬢への想いだ。
「そして……僕が王太子になります」
冷たい風が背中を撫でる。
僕の、決意だ。
「ほう……」と、父上は愉快そうに口角を上げた。
「己の発した言葉の意味が分かっているのだろうな、ヘンリー王子?」
「勿論です、国王陛下」
「仮に失敗したら、お前は逆賊として処分されることになるだろう」
「構いません」
「死が怖くないのか?」
「私は王太子になってみせますから」
父上はまたもや押し黙る。
だがさっきまでとは違って、晴れやかな静けさなのを感じ取れた。
少しして、
「良かろう」
国王の声が響く。
「やってみよ、ヘンリー第二王子。お前の覚悟を見せてみよ」
父の肯定に思わず頬が緩んだ。
「ありがとうございますっ!!」と、僕は深く頭を垂れる。
「お前の選択は、相当厳しい道だぞ」
「覚悟の上です、父上」
僕は入室時とは打って変わって、軽い――いや、しっかりとした足取りで謁見室を辞去した。全身が滾ったように熱くて、細胞の一つ一つに力が行き渡っているような気がした。
父上と約束は取り付けた。あとは王弟派を倒して、シャーロット嬢を取り戻すだけだ。
……この手の中に。
絶対に、やってやる。
「っ……!?」
その姿を認めた瞬間、急激に体温が下がった。
謁見室に近い廊下に兄上が立っていたのだ。
「…………」
兄上は壁に寄り掛かり、腕を組んで怖い目で僕を睨み付けていた。
これは……間違いない、謁見室での父上との会話を全て聞いていたのだろう。
「……なに、盗み聞き?」と、僕も兄上を睨み付ける。
今更なんなのだと思った。シャーロット嬢を弄ぶ兄上なんかに批判される筋合いはないのだ。
「お前、王太子になるつもりか?」
「謁見室での会話の通りだよ。僕が王弟派を一層して……王太子として改めてシャーロット嬢を妻にする」
兄上は黙ったままじっと僕を見る。てっきり激昂して殴られると思っていたので、拍子抜けだった。
しばらくの不気味な沈黙のあと、
「……アーサーとロージー・モーガンは、俺が殺す」
兄上が発した言葉はそれだけだった。
「僕が王太子になること、怒ってないの?」
意外な発言に僕の闘志も削げ落ちて、ただ目を白黒させる。
「好きにすればいい」
「えっ!? なんで――」
兄上は僕の言葉も聞こうともせずに、むっつりとした顔をしたまま踵を返した。
「…………」
僕だけが長い廊下にぽつねんと一人取り残される。
まだ日が高いのに、誰もいない廊下は夕暮れのような物寂しさを感じた。
兄上は王太子にならなくて良いのだろうか。
おそらく兄上の今回の人生での目標は、アーサー・ドゥ・ルイス公爵令息とロージー・モーガン男爵令嬢への復讐……。それは、兄上が正式に立太子をしてシャーロット嬢を王太子妃に迎えて、初めて達成するのではないのだろうか。
それなのに「好きにすればいい」なんて……。
考えても答えが見えない。まさか兄上は他に愛する人がいるのかと思ったけど、どうも二度目の人生では令嬢という生き物を避けているような様子だった。
これ以上考えても仕方がないので、僕は次の行動へと移る。
あの公爵令息のことだ、シャーロット嬢を手に入れてこれでお仕舞いにはならないはず。今度は絶対に王位を狙って来るつもりだろう。血筋という如何にも正当性のあるような武器を掲げて。
アルバート公爵令息はこのまま王弟派に下ったように見せかけて探りを入れてみるそうだ。
そしてバイロン侯爵令嬢も第一王子の筆頭婚約者として、国王派の貴族をまとめるように動いてくれいてる。
確かに僕は血筋では彼に劣っているが、辛うじて身位は負けていない。使えるものは何でも使おう。
もう形振り構っていられなかった。これから王宮に血の雨が降るかもしれないのだ。そんな凄惨なこと、王子として黙って見ていられるものか。
決戦の日は、近いのだ。
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