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81 公爵令息と男爵令嬢
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「アーサー様!」
私の前に小汚い雌犬が飛び出した時は、覚えず目を見張った。
汚れた身体で、泣きながら私の脚元に縋り付くこの娘――ロージー・モーガンは、王宮の地下牢からの脱獄を見事に成功させたようで、命からがら私の元へ辿り着いたらしい。
「どうかっ……どうかお助けくださいっ! アーサー様ぁっ!!」
「…………」
今ここで、眼前の娘を切り捨てるのは簡単だった。
王家へ謀反を起こそうと画策していた男爵家の令嬢を殺めることなど、なんの問題もない。高貴な身分の者が、下位の者の命を奪う行為など取るに足りないことなのだから。
むしろ、現王家や国王派からも感謝されることだろう。この娘は、第一王子の醜聞に変容する可能性を秘めているからだ。
日に日に過激になっていく王弟派への締め付けを防ぐためにも、王家に見せ掛けの忠誠心を示してやるのも良いかもしれない。
だが、この女はまだ使い道があった。
卑しい血の生まれから這い上がって、王子の偽りの恋人になれるくらいの潜在能力を秘めている。その豪胆さは、私の計画にも大いに役立つだろう。
これは、まだ使える。せいぜい最後まで私の駒として派手に踊って欲しいものだ。
「っ……!」
私はおもむろに跪いて、目の前の薄汚れた娘を丁寧にそっと抱き締めた。
「あっ……アーサー様…………」
娘の胸の鼓動が聞こえた。卑しい血を運んでいる心臓の音だと思うと寒気がした。
お目出度いことに、この女は私の抱擁に喜びで身体を熱くさせているようだった。それを冷めきった身体で情熱的に受け止める。
「君には辛い思いをさせてしまったな……。済まなかった」
「そんなっ! あたしは大丈夫です! だって、アーサー様がいつでも守ってくださるから……」と、娘は声を震わせて言う。
「いや、今回は完全に私の誤算だった。まさか第一王子があのような想定外の行動を起こすとは……」
「きっと、あの女のせいです!」 娘は矢庭に気色ばむ。「あの女が第一王子に入れ知恵をしたんだわ! 隠れているときに噂で聞いたけど、あの女の兄が毒薬の所持で捕まったんでしょう? 絶対、あの女があたしよりも強力な毒薬で王子を洗脳したんだと思います!」
「……」
視野狭窄な身勝手な言い分に呆れて物も言えないが、否定の言葉などおくびにも出さない。
私は娘の世迷い言を肯定するように、そっと頭を撫でてやる。まんまと第一王子に騙されていたのに、馬鹿な女だ。
この娘は、常に自身の都合の良いように記憶を改竄するのだ。燦々と輝く瞳には、閉ざされた己の理想の世界しか映っていない。
だが、それは不都合な現実から目を逸らしているということなので、私としても丁度よい。容易に操作できるからだ。
「疲れただろう? まずは屋敷で休もうか。積もる話はそれからだ」
私は男爵令嬢の手を取って、密かに屋敷に招き入れる。そして執事に湯浴みと食事の準備を指示する。
この娘は嬉しそうに私の慈悲を享受していた。まるで妃気分だ。いずれ私に始末されるのを知らずに、愚かな娘だと同情心を覚えたほどだ。
そして夜が来て、私はこの卑しい娘を抱いてやる。
最後に良い思いをさせてやろうという私からの本物の慈悲だ。
当然、毒薬を使ってこの娘が確実に私に従属するように、念入りに準備を怠らない。
多くの男の上を跨ったこの娘を抱くことに、有り体に言えば嫌悪感を隠せないが、己の欲望を吐き捨てる物だと思えば支障はなかった。
全てが終わって娘の意識が朦朧としかけたところで、私はとろけるような甘い言葉を掛けて、娘の心も満たしてやる。
そして、最後の司令を言い放つ。
「……君に、頼みがあるんだ」
もうすぐ、世代を超えた我がドゥ・ルイス家の悲願も達成する。逆行前はついぞ叶わなかったシャーロット嬢もまもなく我が手中だ。
残すは、現王家を殲滅させるのみ――……。
◇◇◇
昨日は最高の夜だった。久し振りに愛し合ったあたしたち……。
あたしは、王宮の地下牢という地獄のような場所から決死の思いで抜け出して、ドゥ・ルイス公爵邸へと向かった。
困ったことがあれば、アーサー様に頼めばいい。
彼は、逆行前からのあたしの愛する白馬に乗った王子様なのだから。
変わらずに優しい彼は、傷付いたあたしを匿ってくれた。
何日も沐浴が出来ずに、捨て犬みたいに薄汚れてしまったあたしを、お姫様みたいに綺麗にしてくれて……そして前みたいに情熱的に抱いてくれたわ。
こんな幸せな時間がずっと続けばいいのにって思うけど、あの女――シャーロット・ヨークのせいで、あたしたちが平穏な生活を取り戻せるにはまだ時間が掛かりそうだ。
だから、早く何とかしなければいけないの。
可哀想なアーサー様は、今は国王派から目をつけられているから自由に動けないらしい。
今この瞬間も王家から監視されていて、自分の邸宅にいるのに牢屋に入っているみたいに息苦しいって嘆いていたわ。
彼は、あたしに一つお願いをしてきた。
それは、第一王子エドワード・グレトラントの暗殺……。
この重要な仕事は、あたしにしか出来ない事なんですって。彼は王家から警戒されているので、今の段階で第一王子に近付けるのはあたしだけだから。
彼は、ついに王位奪還のために動き始めるみたいだわ。
だから、一番の障害である第一王子を最初に始末しないといけない、って言っていたの。
こちらとしても、世間知らずの馬鹿な王子のくせに、このあたしを嵌めて牢屋にぶち込んだあの男が許せなかった。巻き戻る前は、まんまとあたしに騙されたくせに……!
それもこれも、全部あの女――シャーロット・ヨークの仕業なんだわ!
兄である公爵令息が薬で捕まったって言っていたし、兄妹で悪だくみをしているのよ!
なんて卑劣なのかしら!
あれから、アーサー様から暗殺用の道具を沢山いただいた。
でも、それだけじゃ足りないかもしれないから、こっそり地下倉庫から別の道具も借りて来たわ。念のため、毒薬に対抗できるようにしておかなきゃね。
あたしは……第一王子だけじゃ満足できない。
時間が巻き戻る前から、いつもあたしを馬鹿にしてきたあの女――シャーロット・ヨークもまとめて始末してやるわ……!
そして、今回もあたしが王妃になるの。
もちろん、あたしの隣には――……。
私の前に小汚い雌犬が飛び出した時は、覚えず目を見張った。
汚れた身体で、泣きながら私の脚元に縋り付くこの娘――ロージー・モーガンは、王宮の地下牢からの脱獄を見事に成功させたようで、命からがら私の元へ辿り着いたらしい。
「どうかっ……どうかお助けくださいっ! アーサー様ぁっ!!」
「…………」
今ここで、眼前の娘を切り捨てるのは簡単だった。
王家へ謀反を起こそうと画策していた男爵家の令嬢を殺めることなど、なんの問題もない。高貴な身分の者が、下位の者の命を奪う行為など取るに足りないことなのだから。
むしろ、現王家や国王派からも感謝されることだろう。この娘は、第一王子の醜聞に変容する可能性を秘めているからだ。
日に日に過激になっていく王弟派への締め付けを防ぐためにも、王家に見せ掛けの忠誠心を示してやるのも良いかもしれない。
だが、この女はまだ使い道があった。
卑しい血の生まれから這い上がって、王子の偽りの恋人になれるくらいの潜在能力を秘めている。その豪胆さは、私の計画にも大いに役立つだろう。
これは、まだ使える。せいぜい最後まで私の駒として派手に踊って欲しいものだ。
「っ……!」
私はおもむろに跪いて、目の前の薄汚れた娘を丁寧にそっと抱き締めた。
「あっ……アーサー様…………」
娘の胸の鼓動が聞こえた。卑しい血を運んでいる心臓の音だと思うと寒気がした。
お目出度いことに、この女は私の抱擁に喜びで身体を熱くさせているようだった。それを冷めきった身体で情熱的に受け止める。
「君には辛い思いをさせてしまったな……。済まなかった」
「そんなっ! あたしは大丈夫です! だって、アーサー様がいつでも守ってくださるから……」と、娘は声を震わせて言う。
「いや、今回は完全に私の誤算だった。まさか第一王子があのような想定外の行動を起こすとは……」
「きっと、あの女のせいです!」 娘は矢庭に気色ばむ。「あの女が第一王子に入れ知恵をしたんだわ! 隠れているときに噂で聞いたけど、あの女の兄が毒薬の所持で捕まったんでしょう? 絶対、あの女があたしよりも強力な毒薬で王子を洗脳したんだと思います!」
「……」
視野狭窄な身勝手な言い分に呆れて物も言えないが、否定の言葉などおくびにも出さない。
私は娘の世迷い言を肯定するように、そっと頭を撫でてやる。まんまと第一王子に騙されていたのに、馬鹿な女だ。
この娘は、常に自身の都合の良いように記憶を改竄するのだ。燦々と輝く瞳には、閉ざされた己の理想の世界しか映っていない。
だが、それは不都合な現実から目を逸らしているということなので、私としても丁度よい。容易に操作できるからだ。
「疲れただろう? まずは屋敷で休もうか。積もる話はそれからだ」
私は男爵令嬢の手を取って、密かに屋敷に招き入れる。そして執事に湯浴みと食事の準備を指示する。
この娘は嬉しそうに私の慈悲を享受していた。まるで妃気分だ。いずれ私に始末されるのを知らずに、愚かな娘だと同情心を覚えたほどだ。
そして夜が来て、私はこの卑しい娘を抱いてやる。
最後に良い思いをさせてやろうという私からの本物の慈悲だ。
当然、毒薬を使ってこの娘が確実に私に従属するように、念入りに準備を怠らない。
多くの男の上を跨ったこの娘を抱くことに、有り体に言えば嫌悪感を隠せないが、己の欲望を吐き捨てる物だと思えば支障はなかった。
全てが終わって娘の意識が朦朧としかけたところで、私はとろけるような甘い言葉を掛けて、娘の心も満たしてやる。
そして、最後の司令を言い放つ。
「……君に、頼みがあるんだ」
もうすぐ、世代を超えた我がドゥ・ルイス家の悲願も達成する。逆行前はついぞ叶わなかったシャーロット嬢もまもなく我が手中だ。
残すは、現王家を殲滅させるのみ――……。
◇◇◇
昨日は最高の夜だった。久し振りに愛し合ったあたしたち……。
あたしは、王宮の地下牢という地獄のような場所から決死の思いで抜け出して、ドゥ・ルイス公爵邸へと向かった。
困ったことがあれば、アーサー様に頼めばいい。
彼は、逆行前からのあたしの愛する白馬に乗った王子様なのだから。
変わらずに優しい彼は、傷付いたあたしを匿ってくれた。
何日も沐浴が出来ずに、捨て犬みたいに薄汚れてしまったあたしを、お姫様みたいに綺麗にしてくれて……そして前みたいに情熱的に抱いてくれたわ。
こんな幸せな時間がずっと続けばいいのにって思うけど、あの女――シャーロット・ヨークのせいで、あたしたちが平穏な生活を取り戻せるにはまだ時間が掛かりそうだ。
だから、早く何とかしなければいけないの。
可哀想なアーサー様は、今は国王派から目をつけられているから自由に動けないらしい。
今この瞬間も王家から監視されていて、自分の邸宅にいるのに牢屋に入っているみたいに息苦しいって嘆いていたわ。
彼は、あたしに一つお願いをしてきた。
それは、第一王子エドワード・グレトラントの暗殺……。
この重要な仕事は、あたしにしか出来ない事なんですって。彼は王家から警戒されているので、今の段階で第一王子に近付けるのはあたしだけだから。
彼は、ついに王位奪還のために動き始めるみたいだわ。
だから、一番の障害である第一王子を最初に始末しないといけない、って言っていたの。
こちらとしても、世間知らずの馬鹿な王子のくせに、このあたしを嵌めて牢屋にぶち込んだあの男が許せなかった。巻き戻る前は、まんまとあたしに騙されたくせに……!
それもこれも、全部あの女――シャーロット・ヨークの仕業なんだわ!
兄である公爵令息が薬で捕まったって言っていたし、兄妹で悪だくみをしているのよ!
なんて卑劣なのかしら!
あれから、アーサー様から暗殺用の道具を沢山いただいた。
でも、それだけじゃ足りないかもしれないから、こっそり地下倉庫から別の道具も借りて来たわ。念のため、毒薬に対抗できるようにしておかなきゃね。
あたしは……第一王子だけじゃ満足できない。
時間が巻き戻る前から、いつもあたしを馬鹿にしてきたあの女――シャーロット・ヨークもまとめて始末してやるわ……!
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もちろん、あたしの隣には――……。
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