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77 公爵令息の独白③

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 世間知らずの第一王子は、運命の出会いを果たすと忽ちロージー・モーガンに夢中になった。

 私には、あの男のコンプレックスなど手に取るように分かった。
 幼少の頃より王弟派の貴族たちから卑しい血だと愚弄され続け、あの男の腹の中は己の汚れた血筋という劣等感で埋め尽くされている。

 あの娘には、そこを上手く刺激するように言っておいた。あの女自身も平民出身ということもあり、愚かな第一王子は直ぐに心を開いたようだ。

 そこには、シャーロット嬢の存在も影響していたらしい。
 彼女の貴族令嬢としての完璧な姿は、あの男にとってあまりに刺激的で、その歪みきった心は彼女の存在そのものを激しく憎んでいるようだった。

 やはり、あの男にはヨーク公爵令嬢という目が眩むほどの存在を受け入れるような器はなかったようだ。
 だが、それでいい。彼女に相応しい男は、この世に私しか存在しないのだから。


 第一王子と男爵令嬢の汚れた肉欲の交際は順調だった。
 あの男は、あの娘の肉体に取り憑かれたように夢中になった。調教した甲斐があったようだ。

 しばらくして、もう離れられないくらいに溺れていると判断したので、私の計画は次の段階に移すことにした。
 あの男の好きそうな「自由」だとか「平等」だとか耳当たりの良い言葉を並べて、国王派から離別させるのだ。

 案の定、あの男は直ぐに喰い付いた。
 冷静に思慮すれば、国家を運営していくのには綺麗事だけでは成り立たぬことは火を見るより明らかだ。
 だが、あの男は個人の稚拙な感情を優先させて、義務を放棄し、伝統を軽んじ、形のない理想郷だけを追い求めた。

 それからは、全てが私の計画通りに事が進んだ。



 だが、一つだけ誤算があった。

 シャーロット嬢は、婚約者からいくら邪険に扱わられても、いくら憎しみをぶつけられても……あの男だけをひたすら愛していたのだ。

 その様子は、傍から見ても酷く滑稽で……己より低い身分の貴族たちから表立って嘲笑されようとも、彼女はあの男だけを愛し続けていた。

 それは最早、愛と呼べるのか。はたまた執着というものなのだろうか。
 或いは、それも愛の形なのかもしれない。
 だが、混沌とした感情の境界線は複雑に絡み合って、もう彼女自身も何がなんだか分からないようだった。

 彼女の美しい瞳には、あの卑しい血の男しか見えていない。
 悔しいが、それだけは事実だ。

 正直、私は困惑した。
 あの男の何が彼女を惹き付けるのか。受け継げられた端正な顔以外に何一つ取り柄のない男の、何処が魅力的なのだろうか。

 それは、若い令嬢特有の恋に恋する状況を越えてしまって、呪いのように彼女を苦しめているように見えた。
 次第に孤立して追い詰められていく彼女を見るのは……辛かった。


 私はどうにかして、シャーロット嬢の恋心をあの男から離そうと試みた。

 しかし、異なる派閥の二人には接触の手段がほとんどない。
 やっと彼女と関わる機会が訪れたと思っても、それは僅かな時間しか与えられず、そのような短時間で彼女の凝固した心を溶かす術も持っていなかった。

 一思いにあの毒薬を用いて、彼女の気持ちを奪ってしまおうと考えた時もあった。

 だが、それでは意味がない。私は、偽りではない真実の愛を欲していたのだ。
 それに、彼女に対してだけは、不誠実な行動を取りたくなかった。

 悶々とした不穏な感情が、長い期間、私を蝕んでいく。彼女があの男を見る清らかな瞳が、恨めしくてたまらなくて、私の懊悩は増大していく一方だった。

 それでも、我慢だ。
 今は感情を押し殺して、ひたすら耐えるしかなかった。

 まもなく、私の計画は完了する。邪魔な現王家の人間を全て葬って、私がグレトラント国の王位を継ぐのだ。
 その暁には――王妃はシャーロット・ヨーク公爵令嬢だ。

 私は王位に就いたら、すぐにシャーロット嬢を妻に迎える予定だった。

 彼女は勿論のことヨーク家の名誉も回復させて、国一番の完璧な令嬢という本来の彼女の姿で王族へ加えるはずだった。
 あの男の裏切りのせいで、傷心の彼女は最初は心を閉ざすかもしれない。
 しかし、時間をかけてでも、彼女と真実の愛を育みたかったのだ。


 その為の一芝居だった。
 あたかも本物のように欺いたヨーク家の虚偽の情報をあの男に与え、あの娘を利用してすっかり信じ込ませた。

 あの男にはシャーロット嬢と婚約破棄をさせて、申し訳ないが一旦ヨーク家には社交界から退場してもらう。
 その後、現王家はヨーク家の罪を捏造し彼らを破滅に追い込んだと糾弾を行い、怒りに震える国王派も取り込んで一気に王位を奪還する予定だった。
 そして、国は血筋による正統な流れに戻っていくはずだった。


 だが――、

 私は、あの娘の性悪さを少々見誤っていたようだ。
 あの汚れた血の女――ロージー・モーガンは、私に無断で………………私の愛しいシャーロット嬢を処刑したのだ。

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