67 / 85
67 第二王子の悔恨②
しおりを挟む
兄上は初対面のときからシャーロット嬢のことが大嫌いだったようで、国王である父上が決めた婚約者なのに酷く冷遇していた。
プレゼントなんて一度たりとも贈ったことがないし……見かねた兄上の侍従が王子名義で贈っていたらしいが……定期的に開かれるお茶会もいつも早々に打ち切って、会話らしいことも全くしなかったようだ。
そのせいかシャーロット嬢からは徐々に笑顔が消えていって、怒ったような悲しいような複雑な表情をしていることが多くなった。
兄上とのお茶会のあとは気分転換にといつも僕が彼女を王宮の庭園の散歩に誘っていたのだが、そのときも仏頂面が増えて口数も少なくなっていった。
しばらくして、ヨーク公爵令嬢は我儘で癇癪持ちだという噂がじわじわと広がった。
実際に彼女は兄上から邪険にされている苛立ちからか、周囲に対してそのような態度を取ることが多くなっていったようだった。
その姿は、彼女が本来持っていた天真爛漫さがごっそりと抜け落ちたようで、彼女の苦悩する心の叫び声が聞こえてくるようで……それは傍から見ていても辛いものがあった。
止めを刺したのは王立学園への入学だ。
兄上はそこでロージー・モーガン男爵令嬢と運命的な出会いとやらを果たして、まもなく男爵令嬢に懸想するようになった。そして二人は、身分差を乗り越えてめでたく結ばれた。
それがシャーロット嬢の耳にも入って、彼女のささくれ立った心は枯れた砂漠のようにますます荒廃していくのだった。
僕はなんとか彼女の傷だらけの荒れ果てた心を落ち着かせようと試みたが……既にその頃の彼女は兄上以外にはなにも見えないほどに夢中になっていて、単に婚約者の弟なだけの僕の出番は少しもなかったのだった。
悔しかった。
自分の愛する人が目の前でこんなに苦しんでいるのに、僕はなにも出来ずにただ近くで見つめるだけで、彼女を救ってあげられない。
幸せにしたいのにそれが絶対的に不可能なもどかしさに、胸が張り裂けそうだった。
しかし……奇跡的にシャーロット嬢が救われるには、兄上と愛し合わなければならない。それは僕ではなく兄上を選んで、彼女も兄上から選ばれるということだ。
その無情な事実も心臓をえぐり取られるように辛く伸し掛かった。
彼女はどんどん壊れていって……僕にはどうすることも出来なかったのだった。
無力だった。
だが、僕は諦めたくなかった。
なんとかして彼女の傷だらけの心を救ってやりたい――いや、本音を言うと…………、
これは…………チャンスだと思ったのだ。
シャーロット嬢を手に入れる好機。彼女を僕だけのものにするチャンスだ。
あの頃の自分は……愚かにも……兄上と男爵令嬢の恋愛を利用して…………彼女を王太子の婚約者の座から引きずり下ろせないかと……そう考えていたのだ。
まずは、密かにシャーロット嬢を兄上から少しずつ引き離すことから始めた。
もともと兄上は彼女のことを毛嫌いしていたので、日常生活では既にほとんど関わりを持っていなかったのだが、さすがに婚約者同士なので二人で夜会などの行事へ参加しなければならないことも多い。
シャーロット嬢曰く、そのときは二人には婚約者らしい会話はなく、間にあるのは怒気と悋気の渦巻く沈黙……。
会場に着いてからは最低限の挨拶回りが終わったらすぐに別れて、兄上は側近たちや王族権限で特別に入場を許可した男爵令嬢と一緒に過ごしていた。
対するシャーロット嬢は終始ぽつねんと壁の花で過ごすか、僕がいれば可能な限り一緒にいるし……なにを考えているのか知らないが、ドゥ・ルイス公爵令息が気まぐれに彼女に声を掛けるくらいだった。
その頃はシャーロット嬢と兄上の関係はもう修復のできないところまで来ていたので、僕は彼女のエスコートを積極的に買って出た。
社交界でも二人の関係の悪化と、王太子が男爵令嬢にすっかり骨抜きにされていることは知れ渡っていたので、僕のエスコートはすんなりと受け入れられたのだった。可哀想な公爵令嬢にお優しい第二王子が同情している、って。
ヨーク公爵令嬢には憐憫や侮蔑の視線が常に注がれていて、彼女は社交界でも息苦しさを感じていた。
だからか、余計に婚約者の愛情を取り戻そうとする……まぁ最初から愛されてはいなかったのだが……のに躍起になっていた。
その泥沼で跳ねているような行為が、ますます兄上の勘気に触れて……彼女は悪循環から抜け出せなくなっていた。
兄上は僕のシャーロット嬢への気持ちに気付いているようで、そのうち直接的に協力を仰がれることが多くなった。
そのとき僕は、まさか卒業パーティーであのような断罪計画が実行されるなんて思いも寄らなかったので、喜んで手伝いを請け負ったんだ。
まずは兄上と男爵令嬢との密会の手配から……。
そして……公爵令嬢をもっと追い詰めるように…………。
プレゼントなんて一度たりとも贈ったことがないし……見かねた兄上の侍従が王子名義で贈っていたらしいが……定期的に開かれるお茶会もいつも早々に打ち切って、会話らしいことも全くしなかったようだ。
そのせいかシャーロット嬢からは徐々に笑顔が消えていって、怒ったような悲しいような複雑な表情をしていることが多くなった。
兄上とのお茶会のあとは気分転換にといつも僕が彼女を王宮の庭園の散歩に誘っていたのだが、そのときも仏頂面が増えて口数も少なくなっていった。
しばらくして、ヨーク公爵令嬢は我儘で癇癪持ちだという噂がじわじわと広がった。
実際に彼女は兄上から邪険にされている苛立ちからか、周囲に対してそのような態度を取ることが多くなっていったようだった。
その姿は、彼女が本来持っていた天真爛漫さがごっそりと抜け落ちたようで、彼女の苦悩する心の叫び声が聞こえてくるようで……それは傍から見ていても辛いものがあった。
止めを刺したのは王立学園への入学だ。
兄上はそこでロージー・モーガン男爵令嬢と運命的な出会いとやらを果たして、まもなく男爵令嬢に懸想するようになった。そして二人は、身分差を乗り越えてめでたく結ばれた。
それがシャーロット嬢の耳にも入って、彼女のささくれ立った心は枯れた砂漠のようにますます荒廃していくのだった。
僕はなんとか彼女の傷だらけの荒れ果てた心を落ち着かせようと試みたが……既にその頃の彼女は兄上以外にはなにも見えないほどに夢中になっていて、単に婚約者の弟なだけの僕の出番は少しもなかったのだった。
悔しかった。
自分の愛する人が目の前でこんなに苦しんでいるのに、僕はなにも出来ずにただ近くで見つめるだけで、彼女を救ってあげられない。
幸せにしたいのにそれが絶対的に不可能なもどかしさに、胸が張り裂けそうだった。
しかし……奇跡的にシャーロット嬢が救われるには、兄上と愛し合わなければならない。それは僕ではなく兄上を選んで、彼女も兄上から選ばれるということだ。
その無情な事実も心臓をえぐり取られるように辛く伸し掛かった。
彼女はどんどん壊れていって……僕にはどうすることも出来なかったのだった。
無力だった。
だが、僕は諦めたくなかった。
なんとかして彼女の傷だらけの心を救ってやりたい――いや、本音を言うと…………、
これは…………チャンスだと思ったのだ。
シャーロット嬢を手に入れる好機。彼女を僕だけのものにするチャンスだ。
あの頃の自分は……愚かにも……兄上と男爵令嬢の恋愛を利用して…………彼女を王太子の婚約者の座から引きずり下ろせないかと……そう考えていたのだ。
まずは、密かにシャーロット嬢を兄上から少しずつ引き離すことから始めた。
もともと兄上は彼女のことを毛嫌いしていたので、日常生活では既にほとんど関わりを持っていなかったのだが、さすがに婚約者同士なので二人で夜会などの行事へ参加しなければならないことも多い。
シャーロット嬢曰く、そのときは二人には婚約者らしい会話はなく、間にあるのは怒気と悋気の渦巻く沈黙……。
会場に着いてからは最低限の挨拶回りが終わったらすぐに別れて、兄上は側近たちや王族権限で特別に入場を許可した男爵令嬢と一緒に過ごしていた。
対するシャーロット嬢は終始ぽつねんと壁の花で過ごすか、僕がいれば可能な限り一緒にいるし……なにを考えているのか知らないが、ドゥ・ルイス公爵令息が気まぐれに彼女に声を掛けるくらいだった。
その頃はシャーロット嬢と兄上の関係はもう修復のできないところまで来ていたので、僕は彼女のエスコートを積極的に買って出た。
社交界でも二人の関係の悪化と、王太子が男爵令嬢にすっかり骨抜きにされていることは知れ渡っていたので、僕のエスコートはすんなりと受け入れられたのだった。可哀想な公爵令嬢にお優しい第二王子が同情している、って。
ヨーク公爵令嬢には憐憫や侮蔑の視線が常に注がれていて、彼女は社交界でも息苦しさを感じていた。
だからか、余計に婚約者の愛情を取り戻そうとする……まぁ最初から愛されてはいなかったのだが……のに躍起になっていた。
その泥沼で跳ねているような行為が、ますます兄上の勘気に触れて……彼女は悪循環から抜け出せなくなっていた。
兄上は僕のシャーロット嬢への気持ちに気付いているようで、そのうち直接的に協力を仰がれることが多くなった。
そのとき僕は、まさか卒業パーティーであのような断罪計画が実行されるなんて思いも寄らなかったので、喜んで手伝いを請け負ったんだ。
まずは兄上と男爵令嬢との密会の手配から……。
そして……公爵令嬢をもっと追い詰めるように…………。
1
お気に入りに追加
2,991
あなたにおすすめの小説
永遠の隣で ~皇帝と妃の物語~
ゆる
恋愛
「15歳差の婚約者、魔女と揶揄される妃、そして帝国を支える皇帝の物語」
アルセリオス皇帝とその婚約者レフィリア――彼らの出会いは、運命のいたずらだった。
生まれたばかりの皇太子アルと婚約を強いられた公爵令嬢レフィリア。幼い彼の乳母として、時には母として、彼女は彼を支え続ける。しかし、魔法の力で若さを保つレフィリアは、宮廷内外で「魔女」と噂され、婚約破棄の陰謀に巻き込まれる。
それでもアルは成長し、15歳の若き皇帝として即位。彼は堂々と宣言する。
「魔女だろうと何だろうと、彼女は俺の妃だ!」
皇帝として、夫として、アルはレフィリアを守り抜き、共に帝国の未来を築いていく。
子どもたちの誕生、新たな改革、そして帝国の安定と繁栄――二人が歩む道のりは困難に満ちているが、その先には揺るぎない絆と希望があった。
恋愛・政治・陰謀が交錯する、壮大な愛と絆の物語!
運命に翻弄されながらも未来を切り開く二人の姿に、きっと胸を打たれるはずです。
---
下げ渡された婚約者
相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。
しかしある日、第一王子である兄が言った。
「ルイーザとの婚約を破棄する」
愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。
「あのルイーザが受け入れたのか?」
「代わりの婿を用意するならという条件付きで」
「代わり?」
「お前だ、アルフレッド!」
おさがりの婚約者なんて聞いてない!
しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。
アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。
「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」
「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな
朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。
!逆転チートな婚約破棄劇場!
!王宮、そして誰も居なくなった!
!国が滅んだ?私のせい?しらんがな!
18話で完結
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる