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62 朝の学園

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 わたくしは朝早く起きて、第一王子が迎えに来る前にヨーク家の馬車で学園へと向かった。
 
 第一王子と正式に婚約が決まってからというもの、彼に用事のないときは基本的にはヨーク家まで迎えに来てくれて一緒に登校をしている。
 わたくしは何度も拒否をしたのだけれど、彼は嫌がらせのようにほぼ毎日お屋敷まで来ていた。

 お父様からも「わざわざ殿下が迎えに来てくださったのだから、一緒に行きなさい」と、きつく言われているのでこれまでは渋々受け入れてきたけど、今日だけはどうしても第一王子の顔を見たくなかった。
 だから、わたくしはお父様やお兄様に黙って、朝食も取らずにこっそりと朝早く学園へと向かったのだ。

 早朝の学園は、まだ眠っているみたいに静寂な空間だった。
 新鮮な朝日が降り注いで、お喋りをしているような小鳥たちの囀り、生まれ変わったばかりの澄んだ空気……ここにいる生徒は今はわたくし一人だけ。鏡の国にでも迷い込んだみたいで、不思議な感覚だった。



「おはよう、シャーロット嬢。今朝は随分早いね」

「アーサー様! ご機嫌よう」わたくしは驚きのあまり目を見張ったが、すぐに我に返ってカーテシーをした。「昨日は送ってくださって、ありがとうございました」

「どういたしまして。もう体調は回復した?」

「えぇ、お陰さまで。あの……昨日は兄がアーサー様に失礼なことを言って申し訳ありませんでした」と、わたくしは頭を下げる。
 お兄様ったら、わざわざ送迎をしてくださったアーサー様に対して失礼極まりなかったわ。わたくしはまだ怒っているんですからね。

 アーサー様はからりとした笑顔を見せて、

「そう気を揉まないでくれ。きっと君の兄御前も可愛い妹が急な体調不良を起こして、気が気ではなかったのだろう」

「まぁ! お心遣い痛み入りますわ」

 ほっと胸を撫で下ろす。彼が寛容な方で良かったわ。本当に第一王子とは大違い。

「私は特に構わないのだが……あの後、君のほうは大丈夫だったのかい? 公爵令息はかなりご立腹に見えたが」

「……お兄様とは喧嘩をしてしまいました」

「えっ? それは……申し訳ないことをしたな」

 わたくしはブンブンと首を左右に振って、

「アーサー様のせいではありませんわ。悪いのは無礼を働いたお兄様なのです。ですので、お気になさらないでくださいまし」

「困ったな……」彼は苦笑いをする。「シャーロット嬢は意外に頑固なんだね」

「そうでしょうか……。あ、でもお兄様の前ではそうかもしれませんね。アーサー様も妹君と喧嘩をなさったりするのですか?」

「もう、しょっちゅうだよ。妹はすぐ怒るからね」

「きっと優しいお兄様に甘えているのですわ。まだお小さいですし、可愛いでしょう?」

「まぁ、ね。普段は生意気だけどやはり血の繋がった妹は可愛いかな。――きっとシャーロット嬢の兄君も私と同じ気持ちだと思うよ。だから、早く仲直りしてくれ」

「……善処しますわ」と、わたくしはくすりと笑った。

 なんだか、アーサー様のおっしゃることは素直に聞いてしまうわ。それに第一王子と違って話しやすいし……というか、彼と違って話が通じるのが素晴らしいわ。

 たしかに、お兄様はわたくしを心配したから怒ったのよね……。その気持ちを無下にしたことは謝ったほうがいいかしら? でも、アーサー様に対しての非礼は謝ってもらいますから!




「シャーロット嬢」

 そのとき、見たくもない大嫌いな人の声がわたくしたちの間に割って入った。

「今日はどうしたんだい? 先に登校するなんて、寂しいな」

 ……第一王子だ。彼の顔を目視すると途端に憎しみが湧いてきて、わたくしは顔をしかめる。

「ご機嫌よう、殿下。今朝は早く目覚めたので学園の図書館で予習をしようと先に行かせていただきましたわ」と、わたくしはツンとして答えた。他に誰もいないし、面倒だからカーテシーはしなかったわ。

 彼は困り顔で、

「そうか。誘ってくれたら俺も一緒に行ったのに」

「……このようなことで王家にわざわざ連絡をするのは恐れ多いことですので」

「俺たちは婚約者だろう? 遠慮しないでいいんだよ」

「っ…………!」

 にわかに、ふつふつと怒りが湧いてきた。カッと全身が熱を帯びる。

 彼はなにを言っているのかしら? 普段は「馬鹿女」だの「無能女」だの罵詈雑言を飛ばして来るくせに、こういうときだけ物分かりのいい婚約者面? 本当に、厚かましい……。

「シャーロット嬢は親しき中にも礼儀あり、って思っているんじゃないか? 彼女は公爵令嬢としてのマナーを弁えているんだよ」

 わたくしが無言で第一王子を睨み付けていると、アーサー様が助け舟を出してくれる。
 彼の言葉に安堵した。彼が間に入ってくれることで、この場の穏やかでない空気も少しは和らいだ気がした。

 でも、途端に第一王子の雰囲気が豹変して、氷のような冷たい視線をアーサー様に突き刺した。

「お前には関係ない」

「婚約者を困らせるのは王族としてどうなんだ? まぁ、現王族は平民の血が入っているからな。高貴なる矜持など持ち合わせていないか」

「部外者は引っ込んでろよ」

 周囲が一瞬で剣呑な空気に変化した。
 二人の鋭利な視線が交差して、バチバチと火花が散っているようだ。


 少しの険しい沈黙のあと、

「行くぞ、シャーロット」

 第一王子が出し抜けにわたくしの手を強く掴んで、引っ張って行く。

「いっ……痛いです! 離してください!」

「うるさい。黙ってろ」

「おい、レディーに対してその扱いはないだろう。その手を離せ」

「公爵令息如きが第一王子に指図をするな」

 第一王子の合図で護衛たちが剣を抜く。動けないアーサー様をよそに、彼は嫌がるわたくしを王族専用の応接室まで拉致をするように引きずって行ったのだった。

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