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34 調査
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「ロッティー、最近こそこそなにか動いているようだね。一体なにをするつもりなんだい?」
「な、なんのことでしょう……?」
アルバートお兄様とわたくしの二人きりの晩餐の席で、お兄様は出し抜けに、ここ数日のわたくしの行動を尋ねてきた。
わたくしはミリーに頼んでモーガン男爵令嬢一派の調査を始めたところだった。今はお父様とお母様は視察のために領地へ戻っていて、わたくし自身も比較的自由に動けるので調査のために実際に足を運んでいる。秘密裏に行動をしていたつもりだけど、お兄様には筒抜けだったようね……。
「目が泳いでいるけど?」
「……」
「ディーから聞いたよ。学園でモーガン男爵令嬢に執拗に絡まれているんだって?」
「はい……」
お兄様は少し黙ったあと軽くため息をついて、
「モーガン男爵家は最近いい噂は聞かないなぁ」
「そうなのですか?」
「男爵は愛娘が未来の王太子妃だと信じて疑わないらしい」
「そうですわね。彼女は学園でも第一王子と仲睦まじいご様子ですわ」
二人は前回の人生の頃と変わらずに愛し合っているようで、学園では人目をはばかることなくスキンシップをしている。更に幾人の生徒が彼らが校内でキスをしているところを見たそうだ。ま、まぁ……わたくしも、ハリー殿下と……キス、したけど、ね…………。
「ロッティー、顔が赤くない?」
「いっ、いえ、なんでもありませんわ!」
「そう? ところで、エドワード殿下は男爵令嬢にかなり入れ込んでいるらしいね。毎日のように王宮から男爵家に贈り物が届いていて、融資などもモーガン家を優遇させているようだよ」
「まぁ」
「だから男爵はかなり図に乗っているようだ。今ではあたかも自身が王族になったかのような振る舞いだそうだ」
「そこは親子で変わりませんのね」と、わたくしは苦笑いをした。モーガン男爵令嬢も学園で我こそが王太子妃だと言わんばかりに横柄な態度を取っていた。それを第一王子が咎めないので最近はどんどん拍車を掛けていた。
「――で、男爵家にとっては公式な婚約者候補のヨーク公爵令嬢が邪魔なわけだ」
「そのようですね」
「ロッティーが男爵令嬢を警戒するのも分かるけど、ヨーク家はただでさえ王弟派から睨まれているんだ。それにモーガン男爵家は黒い交際の噂もある。危険だからあまり深入りしないように」
「大丈夫ですわ。第二王子殿下が味方ですもの」
「それだよ……」お兄様は今度は深いため息をついた。「二人の恋仲も噂になっている」
「あ、あら」
「まだ領地にいる父上の耳に入っていないけど、王都に戻ったら雷が落ちるぞ」
「か、覚悟はできていますから……」
「ヘンリー殿下も困ったものだ。まぁ第一王子と正式に婚約していないから礼儀上は問題はないのかもしれないが、あまり軽率な行動はしたら駄目だよ。ロッティー自身の評判が下がるんだからね?」
「わ、分かっていますわ」
お兄様は今度は打って変わってニッコリと微笑んでみせて、
「……ここだけの話だが、父上は第二王子との婚約の方向に舵を取るようだよ」
「本当ですかっ!?」
わたくしは驚きのあまり思わず勢いよく立ち上がった。フォークがカラリと音を立ててお皿から落ちる。お兄様は呆れた顔でこちらを見たが、わたくしは興奮してそれどころではなかった。
聞き間違いではないわよね? 本当に? だったらこんなに嬉しいことはないわ! 夢のよう!
「まだ確定はしていないけどね」
「あ……そうなのですか……」と、わたくしは今度は一転してしょんぼりと肩を落とした。
「国王陛下は先々代で争いの火種になった『血』を憂慮しているらしくてね。王妃殿下が提唱する他国の姫を仮に王太子妃に迎えるとなると、王弟派が今度はグレトラント民族の血が入っていないと難癖を付けることだろう。だから、過去にバイロン侯爵家から嫁いだモデナ王国の姫を第一王子の婚約者にしようと話が出ているんだ」
「モデナ王国ですと、ダイアナ様の曽御祖母様ですね」
ダイアナ様の家は由緒ある家門で、過去にもグレトラント王家からのお輿入れや国内外の有力貴族との婚姻も結んでいた。
そして先々代の令嬢はモデナ王国の王族へと嫁いだのだが、丁度グレトラント王家の跡継ぎ騒動があってバイロン家の令嬢を国王の側室にと話が出た頃に慌てるように他国と婚約を結んだそうだ。
たしかに誰だって厄介な問題に首を突っ込みたくないわよね……。ましてや由緒正しきバイロン家の令嬢が側室なんて嫌がる方も多いでしょう。
それ以来バイロン家は王家とは少し距離を置いているらしい。なので前回の人生ではダイアナ様ではなく、わたくしが第一王子の婚約者にと白羽の矢が立ったのよね。
「そうだね。仮に婚約が決まるとなるとバイロン家も今後は王家と繋がりが深くなるだろう」
「……お兄様はなぜしかめっ面をなさっていますの?」
お兄様は苦虫を噛み潰したような表情でワインを飲んでいた。
「そりゃあ……そうだろう」
「はい?」
「バイロン家が王室との交流が活発になると社交の機会も増えるだろう。僕はディーをあまり人目に晒したくないんだ」
「そ、そうですか……」
にわかに胸焼けがしてきたわ。これはいつものお惚気ね。
「ほら、あんなに可憐な彼女を他の男たちが放っておくわけがないだろう? だからディーを社交の場から遠ざけたいんだ。……いや、あんなに美しいのだから有象無象の紳士たちに見せびらかすのも悪くないな。だが、しかし……」
「はいはい。ところで、屋敷にあるお兄様の薬草畑を見学しても宜しいでしょうか?」
「えっ? あぁ、いつでも好きに見なさい。硝子ケースの中に入っているものは危険だから絶対に触れないように」
「ありがとうございます」
「薬草と言えばこの前ディーが――」
「はいはい」
翌日、早速わたくしはお兄様の薬草畑へと向かった。薬草畑は屋敷の裏庭にあって、隣に建ててある温室はお兄様の研究室も兼ねていた。
前回の人生ではお兄様は非合法の毒薬を密造しているという嫌疑を掛けられて捕らえられたらしいのよね。先日、ハリー殿下からその毒薬の詳細を書き出したメモを頂いたから確認しておかなくてはいけないわ。お兄様のことだから好奇心で毒薬の原料になる毒草を育てていることも有り得るので目を光らせておかなきゃ。
「あら、これは……?」
温室にある鍵の掛かった硝子ケースの中に先日お兄様が持っていた気味の悪い植物が入っていた。更にそれを加工したようなものが数個置かれている。
これがお兄様のおっしゃっていた危険なものね。でもハリー殿下の下さったメモには載っていないようだけど、これも非合法の毒薬の原料なのかしら?
「ん……?」
微かに甘ったるい匂いが鼻に付いた。発生源を辿ると一つの硝子ケースの中だった。
わたくしは忽ち青ざめた。まさか毒薬に加工している最中なのかしら? それにしては花の蜜のような蠱惑的な香りだわ。なんだか、頭がぼんやりとするような……。
わたくしはなんだか怖くなって逃げるようにその場を離れた。
怪しいわ……。
「これはお兄様に詳細を訊かなきゃいけないわね」
この植物はたしか新種だったはずだ。きっとこれから図鑑に載るもので図書館で調べても分からないと思うから、あとでお兄様になんなのか詳しく訊いてみましょう。
「な、なんのことでしょう……?」
アルバートお兄様とわたくしの二人きりの晩餐の席で、お兄様は出し抜けに、ここ数日のわたくしの行動を尋ねてきた。
わたくしはミリーに頼んでモーガン男爵令嬢一派の調査を始めたところだった。今はお父様とお母様は視察のために領地へ戻っていて、わたくし自身も比較的自由に動けるので調査のために実際に足を運んでいる。秘密裏に行動をしていたつもりだけど、お兄様には筒抜けだったようね……。
「目が泳いでいるけど?」
「……」
「ディーから聞いたよ。学園でモーガン男爵令嬢に執拗に絡まれているんだって?」
「はい……」
お兄様は少し黙ったあと軽くため息をついて、
「モーガン男爵家は最近いい噂は聞かないなぁ」
「そうなのですか?」
「男爵は愛娘が未来の王太子妃だと信じて疑わないらしい」
「そうですわね。彼女は学園でも第一王子と仲睦まじいご様子ですわ」
二人は前回の人生の頃と変わらずに愛し合っているようで、学園では人目をはばかることなくスキンシップをしている。更に幾人の生徒が彼らが校内でキスをしているところを見たそうだ。ま、まぁ……わたくしも、ハリー殿下と……キス、したけど、ね…………。
「ロッティー、顔が赤くない?」
「いっ、いえ、なんでもありませんわ!」
「そう? ところで、エドワード殿下は男爵令嬢にかなり入れ込んでいるらしいね。毎日のように王宮から男爵家に贈り物が届いていて、融資などもモーガン家を優遇させているようだよ」
「まぁ」
「だから男爵はかなり図に乗っているようだ。今ではあたかも自身が王族になったかのような振る舞いだそうだ」
「そこは親子で変わりませんのね」と、わたくしは苦笑いをした。モーガン男爵令嬢も学園で我こそが王太子妃だと言わんばかりに横柄な態度を取っていた。それを第一王子が咎めないので最近はどんどん拍車を掛けていた。
「――で、男爵家にとっては公式な婚約者候補のヨーク公爵令嬢が邪魔なわけだ」
「そのようですね」
「ロッティーが男爵令嬢を警戒するのも分かるけど、ヨーク家はただでさえ王弟派から睨まれているんだ。それにモーガン男爵家は黒い交際の噂もある。危険だからあまり深入りしないように」
「大丈夫ですわ。第二王子殿下が味方ですもの」
「それだよ……」お兄様は今度は深いため息をついた。「二人の恋仲も噂になっている」
「あ、あら」
「まだ領地にいる父上の耳に入っていないけど、王都に戻ったら雷が落ちるぞ」
「か、覚悟はできていますから……」
「ヘンリー殿下も困ったものだ。まぁ第一王子と正式に婚約していないから礼儀上は問題はないのかもしれないが、あまり軽率な行動はしたら駄目だよ。ロッティー自身の評判が下がるんだからね?」
「わ、分かっていますわ」
お兄様は今度は打って変わってニッコリと微笑んでみせて、
「……ここだけの話だが、父上は第二王子との婚約の方向に舵を取るようだよ」
「本当ですかっ!?」
わたくしは驚きのあまり思わず勢いよく立ち上がった。フォークがカラリと音を立ててお皿から落ちる。お兄様は呆れた顔でこちらを見たが、わたくしは興奮してそれどころではなかった。
聞き間違いではないわよね? 本当に? だったらこんなに嬉しいことはないわ! 夢のよう!
「まだ確定はしていないけどね」
「あ……そうなのですか……」と、わたくしは今度は一転してしょんぼりと肩を落とした。
「国王陛下は先々代で争いの火種になった『血』を憂慮しているらしくてね。王妃殿下が提唱する他国の姫を仮に王太子妃に迎えるとなると、王弟派が今度はグレトラント民族の血が入っていないと難癖を付けることだろう。だから、過去にバイロン侯爵家から嫁いだモデナ王国の姫を第一王子の婚約者にしようと話が出ているんだ」
「モデナ王国ですと、ダイアナ様の曽御祖母様ですね」
ダイアナ様の家は由緒ある家門で、過去にもグレトラント王家からのお輿入れや国内外の有力貴族との婚姻も結んでいた。
そして先々代の令嬢はモデナ王国の王族へと嫁いだのだが、丁度グレトラント王家の跡継ぎ騒動があってバイロン家の令嬢を国王の側室にと話が出た頃に慌てるように他国と婚約を結んだそうだ。
たしかに誰だって厄介な問題に首を突っ込みたくないわよね……。ましてや由緒正しきバイロン家の令嬢が側室なんて嫌がる方も多いでしょう。
それ以来バイロン家は王家とは少し距離を置いているらしい。なので前回の人生ではダイアナ様ではなく、わたくしが第一王子の婚約者にと白羽の矢が立ったのよね。
「そうだね。仮に婚約が決まるとなるとバイロン家も今後は王家と繋がりが深くなるだろう」
「……お兄様はなぜしかめっ面をなさっていますの?」
お兄様は苦虫を噛み潰したような表情でワインを飲んでいた。
「そりゃあ……そうだろう」
「はい?」
「バイロン家が王室との交流が活発になると社交の機会も増えるだろう。僕はディーをあまり人目に晒したくないんだ」
「そ、そうですか……」
にわかに胸焼けがしてきたわ。これはいつものお惚気ね。
「ほら、あんなに可憐な彼女を他の男たちが放っておくわけがないだろう? だからディーを社交の場から遠ざけたいんだ。……いや、あんなに美しいのだから有象無象の紳士たちに見せびらかすのも悪くないな。だが、しかし……」
「はいはい。ところで、屋敷にあるお兄様の薬草畑を見学しても宜しいでしょうか?」
「えっ? あぁ、いつでも好きに見なさい。硝子ケースの中に入っているものは危険だから絶対に触れないように」
「ありがとうございます」
「薬草と言えばこの前ディーが――」
「はいはい」
翌日、早速わたくしはお兄様の薬草畑へと向かった。薬草畑は屋敷の裏庭にあって、隣に建ててある温室はお兄様の研究室も兼ねていた。
前回の人生ではお兄様は非合法の毒薬を密造しているという嫌疑を掛けられて捕らえられたらしいのよね。先日、ハリー殿下からその毒薬の詳細を書き出したメモを頂いたから確認しておかなくてはいけないわ。お兄様のことだから好奇心で毒薬の原料になる毒草を育てていることも有り得るので目を光らせておかなきゃ。
「あら、これは……?」
温室にある鍵の掛かった硝子ケースの中に先日お兄様が持っていた気味の悪い植物が入っていた。更にそれを加工したようなものが数個置かれている。
これがお兄様のおっしゃっていた危険なものね。でもハリー殿下の下さったメモには載っていないようだけど、これも非合法の毒薬の原料なのかしら?
「ん……?」
微かに甘ったるい匂いが鼻に付いた。発生源を辿ると一つの硝子ケースの中だった。
わたくしは忽ち青ざめた。まさか毒薬に加工している最中なのかしら? それにしては花の蜜のような蠱惑的な香りだわ。なんだか、頭がぼんやりとするような……。
わたくしはなんだか怖くなって逃げるようにその場を離れた。
怪しいわ……。
「これはお兄様に詳細を訊かなきゃいけないわね」
この植物はたしか新種だったはずだ。きっとこれから図鑑に載るもので図書館で調べても分からないと思うから、あとでお兄様になんなのか詳しく訊いてみましょう。
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