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23 最後の収穫祭②
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「んん…………」
あれからどれくらいの時間がたったのだろうか。
気が付くと、わたくしは見知らぬ小屋の中に横たわっていた。
薄暗いランプの下でも分かるくらいの粗末な木材で突貫作業で作ったような安普請で、隙間風がぶるりと首に伝わった。机と椅子しか置いていない殺風景な部屋だった。
わたくしは手足を布で縛られていたが、子供だからと油断したのだろう、少し時間をかければどちらも外れそうだった。
公爵家の教育の一貫で、もしものときのために自分の身を守る方法を教えている。貴族はなにかと狙われやすいからだ。わたくしは教わった方法で緊縛状態から抜け出そうと、いそいそと身体を動かした。見つからないように……静かに……確実に……。
「おお、起きたか。お嬢様」
ガチャリと扉の開く音とともにズカズカと三人の男が中に入って来た。さっきの路地裏で見た顔だ。
わたくしはきっと彼らを睨み付ける。
「これはどういうこと? 早くわたくしを開放しなさい」
「おおっと。強気なお嬢様だ」
「怖いねぇ」
「怒った顔も可愛いなぁ、おい。上玉だ」
三人はニヤニヤと嫌らしい笑顔をわたくしに向ける。
「あなたたち、ヨーク公爵家を敵にしてどうなるか分かっていますわよね?」
「こいつぁ驚いた! お嬢様はあのヨーク家のご令嬢だったのか!」
男たちは揃って目を丸くした。どうやら本当に知らないようだ。
「……わたくしのことを知らなくて攫ったの?」
「俺たちはある方に頼まれてお嬢様を誘拐しただけだ。身分までは聞いちゃいねぇ」
「その方はどなた?」
「それは言えねぇな。大事な依頼主だからな」と、男はせせら笑った。
「…………」
彼らは「あの方」と言った。おそらく貴族だろう。ならば身代金目的の可能性は限りなく低そうだ。第一、わたくしがヨーク公爵令嬢だって知らなかったのだし。
となると残るは――……、
「わ、わたくしを、ど、どうこう、す、するつもり……?」
にわかに恐怖心が襲ってきた。わたくしは声を震わせながら彼らにおそるおそる訊いた。
「あっはっは! そりゃねぇから! 安心しな!」リーダー格の男が豪快に笑って、そして急に真顔になった。「あの方からの命令は俺たちが騒ぎを起こしてお嬢様が傷物になったって貴族間で公然の事実として認知させることだ。噂が広まればそれでいいのよ」
「そ、そう……」
わたくしはほっとしたのもつかの間、穏やかではない未来が待ち受けていることに頭がクラクラした。
貴族の令嬢の身に危機が及んだことが世間に知られると非常に良くない。それがたとえ未遂であってもだ。まるでピアノの旋律のように噂が広まって、傷物令嬢という不名誉な評価になる。そうなったら縁談が遠のくのは必至、最悪修道院送りになってしまう。
わたくしは身震いした。そんな人生は嫌だ。せっかく生き直しているのだから、今度こそ幸せを掴みたい。
「……なぁ、兄貴。どうせ傷物になったって噂を流すんだろ? ……だったら本当に傷物にしてもいいんじゃねぇか?」
そのおぞましい言葉にわたくしは凍り付いた。
「馬鹿! あの方から絶対に手を出すなって言われているだろうが!」
「でも、どうせ傷物として世間に知られるんだろう? じゃあ真実はどっちだって構わねぇじゃねぇか」
手下の男の一人がじりじりとわたくしに近付いた。異臭の放つ薄汚れた不潔な服を着ていて欠けた歯の隙間から涎を垂らしていた。
「いや……来ないでっ……!」
わたくしはがたがたと震えながら触れられまいと身をよじる。男は歪んだ笑顔を浮かべた。
「怯える姿も可愛いねぇ……本当に上玉だな」
「この少女性愛者が。まったく、どうしようもねぇな」
「おい、本番はなしだぞ。命令違反はあの方に殺される」
「えぇ~~~。ちょっとくらいいいだろう、兄貴ぃ~?」
男の腕がわたくしに伸びた。
このままでは、やられる。なんとかしなければ……!
「ちょ、ちょっと待ってくださらない? わたくしのも心の準備というものがありますの……」
わたくしはお父様に甘えるときのようににっこりと笑顔を向けながら彼に優しく話し掛けた。
「おっ、お嬢ちゃんも俺とやる気になったか」と、少女性愛者の男ははぁはぁと息を荒げた。
「えぇ……」
わたくしは更に笑顔を作って男の視線を自身の顔面に向ける。まるで催眠術を掛けるように無言でじっと男を見つめた。そして背面で緊縛していた布をするりと解いて、
「このっ!!」
懐に忍ばせていたガラスペンの尖った尻軸を思いっ切り男の瞳に突き刺した。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
男は獣のような悲鳴を上げてのたうち回った。ダンスに合わせてぽたぽたと血が飛び散る。
「このガキ!」
もう一人の男がわたくしに勢いよく飛び掛かってきた。わたくしは後ろに半歩下がって相手がよろりとバランスを崩したところで、さっき買った薬草の一つを男の口に思いっ切り突っ込んだ。
「がああぁっ!?」
男は苦しそうにケホケホと咳き込みながらその場にうずくまる。この薬草は乾燥させて煎じて飲めば喉に効く薬になるが、生のまま口にすると即効性の痺れ薬になるのだ。アルバートお兄様から教わったのよ。
わたくしは男たちが慌てふためいている隙に、彼らの間をびゅんと通り抜けて部屋を出た。
「あっ! 待てっ!!」
リーダー格の男が叫ぶが、わたくしは脇目も振らずに駆け抜ける。子供だからって彼らが油断して身体検査をしなかったのが仇になったわね。
外は見覚えのある景色だった。この辺りはアーサー様から治安の悪い場所だと伺っているから早く抜け出さなきゃ! まずは大通りへ――、
「待てと言っているだろう」
出し抜けに真後ろから男の声がしたと思うと、後ろ襟を乱暴に掴まれた。
「きゃああぁっ!!」
わたくしはそのまま背中から地面に叩き付けられた。ゴン、と鈍い音がして波紋のように背中全体に鈍い痛みが広がった。
「ガキが……舐めた真似しやがって……」
男の顔には怒りの表情が浮かんでいた。
逃げなければ。
そう思うものの、じんじんと背中が傷んで起き上がれない。
男はゆっくりと近付いて来る。
「本当に傷物にしてやろうか……」
わたくしは恐怖で身体がすくみ上がった。
もう駄目だわ……!
「そこまでだ」
そのとき、わたくしの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
あれからどれくらいの時間がたったのだろうか。
気が付くと、わたくしは見知らぬ小屋の中に横たわっていた。
薄暗いランプの下でも分かるくらいの粗末な木材で突貫作業で作ったような安普請で、隙間風がぶるりと首に伝わった。机と椅子しか置いていない殺風景な部屋だった。
わたくしは手足を布で縛られていたが、子供だからと油断したのだろう、少し時間をかければどちらも外れそうだった。
公爵家の教育の一貫で、もしものときのために自分の身を守る方法を教えている。貴族はなにかと狙われやすいからだ。わたくしは教わった方法で緊縛状態から抜け出そうと、いそいそと身体を動かした。見つからないように……静かに……確実に……。
「おお、起きたか。お嬢様」
ガチャリと扉の開く音とともにズカズカと三人の男が中に入って来た。さっきの路地裏で見た顔だ。
わたくしはきっと彼らを睨み付ける。
「これはどういうこと? 早くわたくしを開放しなさい」
「おおっと。強気なお嬢様だ」
「怖いねぇ」
「怒った顔も可愛いなぁ、おい。上玉だ」
三人はニヤニヤと嫌らしい笑顔をわたくしに向ける。
「あなたたち、ヨーク公爵家を敵にしてどうなるか分かっていますわよね?」
「こいつぁ驚いた! お嬢様はあのヨーク家のご令嬢だったのか!」
男たちは揃って目を丸くした。どうやら本当に知らないようだ。
「……わたくしのことを知らなくて攫ったの?」
「俺たちはある方に頼まれてお嬢様を誘拐しただけだ。身分までは聞いちゃいねぇ」
「その方はどなた?」
「それは言えねぇな。大事な依頼主だからな」と、男はせせら笑った。
「…………」
彼らは「あの方」と言った。おそらく貴族だろう。ならば身代金目的の可能性は限りなく低そうだ。第一、わたくしがヨーク公爵令嬢だって知らなかったのだし。
となると残るは――……、
「わ、わたくしを、ど、どうこう、す、するつもり……?」
にわかに恐怖心が襲ってきた。わたくしは声を震わせながら彼らにおそるおそる訊いた。
「あっはっは! そりゃねぇから! 安心しな!」リーダー格の男が豪快に笑って、そして急に真顔になった。「あの方からの命令は俺たちが騒ぎを起こしてお嬢様が傷物になったって貴族間で公然の事実として認知させることだ。噂が広まればそれでいいのよ」
「そ、そう……」
わたくしはほっとしたのもつかの間、穏やかではない未来が待ち受けていることに頭がクラクラした。
貴族の令嬢の身に危機が及んだことが世間に知られると非常に良くない。それがたとえ未遂であってもだ。まるでピアノの旋律のように噂が広まって、傷物令嬢という不名誉な評価になる。そうなったら縁談が遠のくのは必至、最悪修道院送りになってしまう。
わたくしは身震いした。そんな人生は嫌だ。せっかく生き直しているのだから、今度こそ幸せを掴みたい。
「……なぁ、兄貴。どうせ傷物になったって噂を流すんだろ? ……だったら本当に傷物にしてもいいんじゃねぇか?」
そのおぞましい言葉にわたくしは凍り付いた。
「馬鹿! あの方から絶対に手を出すなって言われているだろうが!」
「でも、どうせ傷物として世間に知られるんだろう? じゃあ真実はどっちだって構わねぇじゃねぇか」
手下の男の一人がじりじりとわたくしに近付いた。異臭の放つ薄汚れた不潔な服を着ていて欠けた歯の隙間から涎を垂らしていた。
「いや……来ないでっ……!」
わたくしはがたがたと震えながら触れられまいと身をよじる。男は歪んだ笑顔を浮かべた。
「怯える姿も可愛いねぇ……本当に上玉だな」
「この少女性愛者が。まったく、どうしようもねぇな」
「おい、本番はなしだぞ。命令違反はあの方に殺される」
「えぇ~~~。ちょっとくらいいいだろう、兄貴ぃ~?」
男の腕がわたくしに伸びた。
このままでは、やられる。なんとかしなければ……!
「ちょ、ちょっと待ってくださらない? わたくしのも心の準備というものがありますの……」
わたくしはお父様に甘えるときのようににっこりと笑顔を向けながら彼に優しく話し掛けた。
「おっ、お嬢ちゃんも俺とやる気になったか」と、少女性愛者の男ははぁはぁと息を荒げた。
「えぇ……」
わたくしは更に笑顔を作って男の視線を自身の顔面に向ける。まるで催眠術を掛けるように無言でじっと男を見つめた。そして背面で緊縛していた布をするりと解いて、
「このっ!!」
懐に忍ばせていたガラスペンの尖った尻軸を思いっ切り男の瞳に突き刺した。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
男は獣のような悲鳴を上げてのたうち回った。ダンスに合わせてぽたぽたと血が飛び散る。
「このガキ!」
もう一人の男がわたくしに勢いよく飛び掛かってきた。わたくしは後ろに半歩下がって相手がよろりとバランスを崩したところで、さっき買った薬草の一つを男の口に思いっ切り突っ込んだ。
「がああぁっ!?」
男は苦しそうにケホケホと咳き込みながらその場にうずくまる。この薬草は乾燥させて煎じて飲めば喉に効く薬になるが、生のまま口にすると即効性の痺れ薬になるのだ。アルバートお兄様から教わったのよ。
わたくしは男たちが慌てふためいている隙に、彼らの間をびゅんと通り抜けて部屋を出た。
「あっ! 待てっ!!」
リーダー格の男が叫ぶが、わたくしは脇目も振らずに駆け抜ける。子供だからって彼らが油断して身体検査をしなかったのが仇になったわね。
外は見覚えのある景色だった。この辺りはアーサー様から治安の悪い場所だと伺っているから早く抜け出さなきゃ! まずは大通りへ――、
「待てと言っているだろう」
出し抜けに真後ろから男の声がしたと思うと、後ろ襟を乱暴に掴まれた。
「きゃああぁっ!!」
わたくしはそのまま背中から地面に叩き付けられた。ゴン、と鈍い音がして波紋のように背中全体に鈍い痛みが広がった。
「ガキが……舐めた真似しやがって……」
男の顔には怒りの表情が浮かんでいた。
逃げなければ。
そう思うものの、じんじんと背中が傷んで起き上がれない。
男はゆっくりと近付いて来る。
「本当に傷物にしてやろうか……」
わたくしは恐怖で身体がすくみ上がった。
もう駄目だわ……!
「そこまでだ」
そのとき、わたくしの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
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