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4 二度目の人生の始まりは
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「大変です! アルバートお坊ちゃまが!!」
わたくしと両親でテラスでお茶を飲んでいると、執事のジョンソンが血相を変えて飛んできた。
「そんなに慌ててどうしたのだ?」
「だ、旦那様! アルバートお坊っちゃまが暴漢に襲われて大怪我をっ……!」
「なんだとっ!?」
お父様が仰天して勢いよく立ち上がる。
「アルバートが……!」
お母様がふらりと倒れた。
「嘘よ……まさか……」
わたくしは頭が真っ白になって憮然としてその場に立ち尽くした。
どういうこと?
何故、お兄様がまた暴漢に襲われているのかしら?
アルバートお兄様はわたくしが12歳のときに何者かが雇った暴漢に襲撃されて大怪我を負った。幸いにして命に別状はなかったものの、完治するまで半年もの期間を費やしたわ。
結局、お兄様を襲った犯人は解らず仕舞いで事件は迷宮入りになってしまった。
ただ、国王に対立する王弟派の仕業だろうと言われていた。
ここグレトラント王国には大きく分けて国王派と王弟派の二大派閥がある。
国王派は現国王を頂点とする今の組織を支持し、王弟派は先々代の国王の王弟こそ本来の正統なる後継者で、現王家は傍流でしかない、と考えている一派だ。
先々代の王家は後継者争いで揉めていた。
当時の国王と王妃の間に子供ができず、急遽側妃を娶ることとなったのが原因だった。
第一子は、国王と女騎士との間に生まれた子だった。
この女騎士は平民の出身ながら実力で副団長まで上り詰めた女傑だった。
彼女は剣の腕はもちろんのこと知略にも長けて、また教養もあり、更に見目麗しく貴族の間でも評判の人物だった。彼女は王妃からの信頼も厚く、その息子を王妃も実の子のように可愛がっていた。
そして第二子は、正妃との間に子供ができないのを隣国がこれ幸いとばかりに押し付けてきた王女との間にできた子供だった。
当時は貿易の関係から王家も隣国に強く出られずに渋々受け入れた王女だった。
彼女は高飛車で横暴で、頭は悪いが狡賢く、唯一の取り柄は顔の美しさだけだった。なので王宮の使用人たちからも忌避されていた。
その傲慢な王女の子供だからか王子も碌でもない人格で、幼いころから国王も手を焼いていた。
月日は流れ、どちらを立太子させるかの決断を迫られたとき、王妃の推薦もあり国王は迷わず女騎士との息子に決めて、隣国の王女との子は王位継承権を返上させて、王族ではなく公爵として扱うことにした。
これにはなによりも血を重んじる一部の貴族から猛反発があったが、二人の王子の人格と能力を考慮した結果だと当時の国王は頑として譲らなかった。
それが現在にも尾を引いて国王派と王弟派に二分されているのである。
王弟派は国王一族を下賤の血が入った偽の元首とし、当時の王弟の血を継ぐドゥ・ルイス公爵家こそ王位に相応しいと主張し続けていた。
わたくしの家は国王派の筆頭公爵家で、王弟派から逆恨みのような歪んだ憎悪を向けられていた。それが今回のアルバートお兄様の殺人未遂に至ったのである。
これに焦った王家とお父様がわたくしとエドワード第一王子の婚約話を進めたのよね……。
わたくしのお母様は他国の王女だったし、ヨーク公爵家もグレトラント国の建国に関わっている由緒正しき家門ですもの。王弟派を黙らせるには恰好の血よね。
その忌々しい婚約成立のきっかけとなった事件が今回の襲撃なわけで……わたくしはこの事件を一度経験している。
つまり……わたくしは過去に戻っているということなの?
この世界は神様がわたくしへのご褒美に夢見させてくれた虚構の世界ではなかったの?
「アルバートのところへ……!」
お父様がふらふらと席を立った。真っ青な顔で冷や汗をかいている。無理もないわ。お兄様はヨーク公爵家の嫡男ですものね。
わたくしははっと我に返った。
もし過去に戻っているのなら、お兄様を襲った賊を早く捕まえなければならないわ。でなければ事件はまたしても迷宮入りになってしまって、わたくしと第一王子の婚約が成立してしまう。そうなったらもう後戻りができない。
わたくしはお父様の腕をぎゅっと掴んで叫んだ。
「お父様! 至急王都の検問を手配してください! 犯人はまだ近くにいるはずですわっ!!」
当時はアルバートお兄様の怪我の状態ばかりに気を取られて犯人の討伐が遅れてしまったのよね。
王都の城壁の検問なんて高位貴族にしか命令できないから、あのときは手続きが後手に回ってしまってお父様はとても悔やんでいたわ。
「そ、そうだな……! ジョンソン、直ちに王宮へ連絡を!」
「かしこまりました、旦那様!」と、ジョンソンは大急ぎで部屋を出て行った。
わたくしはほっと胸を撫で下ろす。
たしか前回は対応が間に合わずに犯人たちは検問をくぐり抜けていたのよね。これで捕まえることができて王弟派の黒幕までたどり着ければ慌てて婚約を結ぶこともないはずよね。とりあえず出だしは上々だわ。
「ロッティー、行こうか」
「はい、お父様」
わたくしはお父様に手を引かれてお兄様の寝室へと向かった。
本当に過去に舞い戻ってきたのか確認をしなければならないわね。
きっと既に答えは出ているのでしょうけど……気持ちの整理をつけるためにも行かなければいけないわ。
アルバートお兄様は寝かされたベッドの上でぜいぜいと肩で息をしていた。
発熱しているらしく顔は真っ赤で、腕や胴体のいたるところにぐるぐると包帯が巻かれていてなんとも痛々しかった。雪のように白かった包帯がところどころ赤く滲み、それが今もじわじわと広がっていて事件の凄惨さが見て取れた。
「ああぁ……アルバート……」
お父様はがっくりと膝から崩れ落ちた。
「お父様……」と、わたくしはお父様の背中を優しく撫でる。
「私がしっかり警備を付けなかったばかりに……」
「お父様のせいではありませんわ。これは不幸な事故なのです」
わたくしの口から自然と言葉が涌き出てくると、僅かな猜疑心も確信へと変化していくのだった。
あぁ、この台詞、覚えているわ。このあと取り乱したお母様が入ってくるのよね。
「アルバートっ!!」
どんと勢いよく扉が開いて、まだ髪とドレスが乱れたままのお母様がベッドに突進するように向かってくる。すぐに気絶をするはずだから、また支えてあげないといけないわ。
お母様はぽろぽろと涙を流しながら、
「あぁっ! わたくしのアルバート! こんな姿になって……!」
またまた盛大に気を失った。
「テリーザ!!」
「お母様!」
「奥様!」
わたくしたちは慌ててお母様を抱き上げる。お母様の顔色はとても悪く、微かに震えていた。
……この光景も変わらないわね。少しの沈黙のあと、次に口を開くのはお父様。
「テリーザは今日は寝室で休ませるように。状況によってはアルバートの容態が安定するまで会わせないほうがいいな」
ほらね。
使用人たちがお母様を寝室まで連れて行く。
これで一安心だけど、明日からお母様がお兄様に会わせなさいってうるさいのよね。それでお父様の目を盗んで会わせると必ず気絶をするっていう迷惑なお母様なのよ。まぁ母親だもの、きっと一番息子のことが心配だわ。
わたくしは当時はとても心配していたけど、半年後には怪我なんてなかったかのようにピンピンしているお兄様を知っているから今回は平気だわ。ちょっと薄情かしら?
……でも、これではっきりしたわ。
ここは過去の世界で、わたくしは本当に時間を遡ったということ。
ここは神様の作った死後の楽園などではないということ。
となると、わたくしがやることは一つだわ。
エドワード第一王子と婚約を結ばないこと。これだけよ。
もうあんな辛くて惨めな思いはしたくないわ。今回は立ち振舞いもしっかり考えて行動して、王子とその取り巻きたち……そしてモーガン男爵令嬢には一切関わらない。
それがわたくしの唯一の生き残る道よ。
わたくしと両親でテラスでお茶を飲んでいると、執事のジョンソンが血相を変えて飛んできた。
「そんなに慌ててどうしたのだ?」
「だ、旦那様! アルバートお坊っちゃまが暴漢に襲われて大怪我をっ……!」
「なんだとっ!?」
お父様が仰天して勢いよく立ち上がる。
「アルバートが……!」
お母様がふらりと倒れた。
「嘘よ……まさか……」
わたくしは頭が真っ白になって憮然としてその場に立ち尽くした。
どういうこと?
何故、お兄様がまた暴漢に襲われているのかしら?
アルバートお兄様はわたくしが12歳のときに何者かが雇った暴漢に襲撃されて大怪我を負った。幸いにして命に別状はなかったものの、完治するまで半年もの期間を費やしたわ。
結局、お兄様を襲った犯人は解らず仕舞いで事件は迷宮入りになってしまった。
ただ、国王に対立する王弟派の仕業だろうと言われていた。
ここグレトラント王国には大きく分けて国王派と王弟派の二大派閥がある。
国王派は現国王を頂点とする今の組織を支持し、王弟派は先々代の国王の王弟こそ本来の正統なる後継者で、現王家は傍流でしかない、と考えている一派だ。
先々代の王家は後継者争いで揉めていた。
当時の国王と王妃の間に子供ができず、急遽側妃を娶ることとなったのが原因だった。
第一子は、国王と女騎士との間に生まれた子だった。
この女騎士は平民の出身ながら実力で副団長まで上り詰めた女傑だった。
彼女は剣の腕はもちろんのこと知略にも長けて、また教養もあり、更に見目麗しく貴族の間でも評判の人物だった。彼女は王妃からの信頼も厚く、その息子を王妃も実の子のように可愛がっていた。
そして第二子は、正妃との間に子供ができないのを隣国がこれ幸いとばかりに押し付けてきた王女との間にできた子供だった。
当時は貿易の関係から王家も隣国に強く出られずに渋々受け入れた王女だった。
彼女は高飛車で横暴で、頭は悪いが狡賢く、唯一の取り柄は顔の美しさだけだった。なので王宮の使用人たちからも忌避されていた。
その傲慢な王女の子供だからか王子も碌でもない人格で、幼いころから国王も手を焼いていた。
月日は流れ、どちらを立太子させるかの決断を迫られたとき、王妃の推薦もあり国王は迷わず女騎士との息子に決めて、隣国の王女との子は王位継承権を返上させて、王族ではなく公爵として扱うことにした。
これにはなによりも血を重んじる一部の貴族から猛反発があったが、二人の王子の人格と能力を考慮した結果だと当時の国王は頑として譲らなかった。
それが現在にも尾を引いて国王派と王弟派に二分されているのである。
王弟派は国王一族を下賤の血が入った偽の元首とし、当時の王弟の血を継ぐドゥ・ルイス公爵家こそ王位に相応しいと主張し続けていた。
わたくしの家は国王派の筆頭公爵家で、王弟派から逆恨みのような歪んだ憎悪を向けられていた。それが今回のアルバートお兄様の殺人未遂に至ったのである。
これに焦った王家とお父様がわたくしとエドワード第一王子の婚約話を進めたのよね……。
わたくしのお母様は他国の王女だったし、ヨーク公爵家もグレトラント国の建国に関わっている由緒正しき家門ですもの。王弟派を黙らせるには恰好の血よね。
その忌々しい婚約成立のきっかけとなった事件が今回の襲撃なわけで……わたくしはこの事件を一度経験している。
つまり……わたくしは過去に戻っているということなの?
この世界は神様がわたくしへのご褒美に夢見させてくれた虚構の世界ではなかったの?
「アルバートのところへ……!」
お父様がふらふらと席を立った。真っ青な顔で冷や汗をかいている。無理もないわ。お兄様はヨーク公爵家の嫡男ですものね。
わたくしははっと我に返った。
もし過去に戻っているのなら、お兄様を襲った賊を早く捕まえなければならないわ。でなければ事件はまたしても迷宮入りになってしまって、わたくしと第一王子の婚約が成立してしまう。そうなったらもう後戻りができない。
わたくしはお父様の腕をぎゅっと掴んで叫んだ。
「お父様! 至急王都の検問を手配してください! 犯人はまだ近くにいるはずですわっ!!」
当時はアルバートお兄様の怪我の状態ばかりに気を取られて犯人の討伐が遅れてしまったのよね。
王都の城壁の検問なんて高位貴族にしか命令できないから、あのときは手続きが後手に回ってしまってお父様はとても悔やんでいたわ。
「そ、そうだな……! ジョンソン、直ちに王宮へ連絡を!」
「かしこまりました、旦那様!」と、ジョンソンは大急ぎで部屋を出て行った。
わたくしはほっと胸を撫で下ろす。
たしか前回は対応が間に合わずに犯人たちは検問をくぐり抜けていたのよね。これで捕まえることができて王弟派の黒幕までたどり着ければ慌てて婚約を結ぶこともないはずよね。とりあえず出だしは上々だわ。
「ロッティー、行こうか」
「はい、お父様」
わたくしはお父様に手を引かれてお兄様の寝室へと向かった。
本当に過去に舞い戻ってきたのか確認をしなければならないわね。
きっと既に答えは出ているのでしょうけど……気持ちの整理をつけるためにも行かなければいけないわ。
アルバートお兄様は寝かされたベッドの上でぜいぜいと肩で息をしていた。
発熱しているらしく顔は真っ赤で、腕や胴体のいたるところにぐるぐると包帯が巻かれていてなんとも痛々しかった。雪のように白かった包帯がところどころ赤く滲み、それが今もじわじわと広がっていて事件の凄惨さが見て取れた。
「ああぁ……アルバート……」
お父様はがっくりと膝から崩れ落ちた。
「お父様……」と、わたくしはお父様の背中を優しく撫でる。
「私がしっかり警備を付けなかったばかりに……」
「お父様のせいではありませんわ。これは不幸な事故なのです」
わたくしの口から自然と言葉が涌き出てくると、僅かな猜疑心も確信へと変化していくのだった。
あぁ、この台詞、覚えているわ。このあと取り乱したお母様が入ってくるのよね。
「アルバートっ!!」
どんと勢いよく扉が開いて、まだ髪とドレスが乱れたままのお母様がベッドに突進するように向かってくる。すぐに気絶をするはずだから、また支えてあげないといけないわ。
お母様はぽろぽろと涙を流しながら、
「あぁっ! わたくしのアルバート! こんな姿になって……!」
またまた盛大に気を失った。
「テリーザ!!」
「お母様!」
「奥様!」
わたくしたちは慌ててお母様を抱き上げる。お母様の顔色はとても悪く、微かに震えていた。
……この光景も変わらないわね。少しの沈黙のあと、次に口を開くのはお父様。
「テリーザは今日は寝室で休ませるように。状況によってはアルバートの容態が安定するまで会わせないほうがいいな」
ほらね。
使用人たちがお母様を寝室まで連れて行く。
これで一安心だけど、明日からお母様がお兄様に会わせなさいってうるさいのよね。それでお父様の目を盗んで会わせると必ず気絶をするっていう迷惑なお母様なのよ。まぁ母親だもの、きっと一番息子のことが心配だわ。
わたくしは当時はとても心配していたけど、半年後には怪我なんてなかったかのようにピンピンしているお兄様を知っているから今回は平気だわ。ちょっと薄情かしら?
……でも、これではっきりしたわ。
ここは過去の世界で、わたくしは本当に時間を遡ったということ。
ここは神様の作った死後の楽園などではないということ。
となると、わたくしがやることは一つだわ。
エドワード第一王子と婚約を結ばないこと。これだけよ。
もうあんな辛くて惨めな思いはしたくないわ。今回は立ち振舞いもしっかり考えて行動して、王子とその取り巻きたち……そしてモーガン男爵令嬢には一切関わらない。
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