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40 侯爵令嬢のお茶会⑤
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「どうしましょう! あたしのネックレスがないわ!」
出し抜けに聞こえてきた言葉に、周囲の注目は一気に集まった。私も物騒な発言に驚いて声の主を見る。
「どうしたの?」と、その令嬢の隣にいた令嬢が声をかける。
「テーブルに置いてあったあたしのネックレスがなくなっているの」と、令嬢が答えると途端に回りがざわつき始めた。不穏な空気が驟雨のように一気に広がる。私はぞくりと悪寒が走った。
「わたくし、見ましたわ!」
そのとき、別の令嬢が大声を上げた。そして、まるで舞台女優のような美しい姿勢で、扇をビシリと私に向けて指す。
「そこの平民が盗んでいるところを見ましてよ!」
令嬢たちに動揺が走った。皆、驚きの声や非難の声を囁きながら、私のことを蔑むような目で見る。
「ちょ、ちょっと待って! 私は盗んでいないわ!」と、私は必死で反論する。盗みなんて、冗談じゃない。
「あら? では、証拠はあるの?」
「証拠……? そんなものないけど、やっていない!」
「証拠はあるわ!」今度はまた別の令嬢が声を上げる。「この平民がポケットにネックレスを隠しているところを見たわ」
すると、たちまち令嬢たちが私の側へ寄ってきてポケットに手を伸ばした。
「やめて!」と抵抗するが、令嬢たちは数人がかりで私を羽交い締めにして身動きが取れなかった。
そして、ポケットの中を弄られて、
「ほら、ここにあるじゃない!」
なぜかそこから見覚えのないネックレスが出てきた。
「やっぱり!」
「平民が盗んだのね」
「手癖の悪い女、他にも余罪があるはずだわ」
「これだから平民って嫌よね」
「早く兵士に突き出しましょう」
「盗人が王太子殿下に近付くなんて恐ろしい」
「休日は娼婦をやっているって噂を聞いたわ。やっぱり、そういう女なのよ」
令嬢たちは口々に私を罵った。
私は不意打ちの出来事に面食らって目をチカチカさせた。
やられた。
さっき誰かに押されて転んだときに後ろに人の気配がしていたのだ。おそらく、そのときにポケットに入れられたのだろう。なんて卑劣な……!
「侯爵家の食器を壊して、おまけに盗みだなんて……どうするつもりなのかしら、この平民は」
「私はやっていないわ」と、私は彼女たちをきっと睨み付けた。
「やっていないって実際にネックレスを持ってたじゃない」
「泥棒」
「まぁ、怖い」
「っつ……」
私は二の句が継げなかった。全身が打ち震える。身体の内部からたぎるように熱くなった。
どう抗弁したところで平民に勝ち目はない。兵士も裁判官も立場の強い貴族の味方だ。平民の話なんて誰も聞いてくれない。
悔しさのあまり涙が出そうになる。でも、ここで泣いたら彼女たちの思う壺だわ。だから、我慢するしかない。平民は泣いたって許されないのだ。
でも、私は盗みなんてやっていない。アレクサンドル家の人間として、そんなこと絶対にしないわ。
私の心にはまだ誇りが残っている。それは誰にも汚されることのない聖域だ。
私は右手を心臓に当てた。その上に左手を添える。アレクサンドル民族に伝わる宣誓の姿勢だ。
「私は決して盗みなんてやっていないわ。偉大なる神と、祖国の大地と、父ニコライに誓って――」
「リナっ!!」
そのとき、セルゲイが大声を出して私の言葉を遮った。周囲は水を打ったように静まり返る。
「こんな茶番に我が民族の宣誓をしなくていい」
「で、でも――」
「皇帝陛下の名前を出すな」と、彼は私の耳元で囁いた。
「あっ……」
私ははっと我に返る。泥棒扱いされて頭にかっと血が上って、考えなしに行動してしまった。
アレクサンドル人男性でニコライという名前は珍しくはないが、私の場合は絶対に皇女だと悟られてはならない。だから、少しでも疑われるような言動をしてはいけないのだ。
「気持ちは分かるが、少し頭を冷やせ」
「ごめんなさい……」
セルゲイは振り返って令嬢たちをぐるりと見渡してから、
「そこの君、なぜネックレスを外したんだ? ドレスに合わせて付けたアクササリーをわざわざ外す理由は?」
「そっ、それは……」と、令嬢は口ごもる。
「か、彼女はたまに金属に肌が過敏に反応することがあるの。今日もちょっと悪くなって……ねぇ?」
「え、えぇ……」
「へぇ。確かにそういうことはあるな」セルゲイは冷笑を浮かべる。「で、なぜ侯爵令嬢の茶会に付けてくるような高価なネックレスを無造作に机の上に放置するんだ? 君の付添人に預けるか、いなければ侯爵家の者に頼めば良かっただろう。フォード家を信用していないということか? 侯爵令嬢を?」
令嬢たちはばつが悪そうに黙り込んだ。
「そうよ。それにリナはあなたたちから食器類を押し付けられてずっと手が塞がっていたわ。その前はわたしたちと一緒にいたし、物を盗む暇なんてなかったんじゃない?」と、いつの間にかこっちに来ていたアメリア様が加勢してくれた。
「でっ……でも、実際にその平民のポケットの中にネックレスが入っていたわ!」
「あなた、リナが転んだときに後ろにいたわね? 一体なにをしていたのかしら?」
「…………」
私は目頭が熱くなった。セルゲイもアメリア様も私の身の潔白を主張してくれている。自分を信じてくれる人がいることが、こんなに嬉しいことなんて……。
「まぁっ、なんの騒ぎ?」
そのとき、フローレンス侯爵令嬢と……フレデリック様がこちらに向かって来た。
出し抜けに聞こえてきた言葉に、周囲の注目は一気に集まった。私も物騒な発言に驚いて声の主を見る。
「どうしたの?」と、その令嬢の隣にいた令嬢が声をかける。
「テーブルに置いてあったあたしのネックレスがなくなっているの」と、令嬢が答えると途端に回りがざわつき始めた。不穏な空気が驟雨のように一気に広がる。私はぞくりと悪寒が走った。
「わたくし、見ましたわ!」
そのとき、別の令嬢が大声を上げた。そして、まるで舞台女優のような美しい姿勢で、扇をビシリと私に向けて指す。
「そこの平民が盗んでいるところを見ましてよ!」
令嬢たちに動揺が走った。皆、驚きの声や非難の声を囁きながら、私のことを蔑むような目で見る。
「ちょ、ちょっと待って! 私は盗んでいないわ!」と、私は必死で反論する。盗みなんて、冗談じゃない。
「あら? では、証拠はあるの?」
「証拠……? そんなものないけど、やっていない!」
「証拠はあるわ!」今度はまた別の令嬢が声を上げる。「この平民がポケットにネックレスを隠しているところを見たわ」
すると、たちまち令嬢たちが私の側へ寄ってきてポケットに手を伸ばした。
「やめて!」と抵抗するが、令嬢たちは数人がかりで私を羽交い締めにして身動きが取れなかった。
そして、ポケットの中を弄られて、
「ほら、ここにあるじゃない!」
なぜかそこから見覚えのないネックレスが出てきた。
「やっぱり!」
「平民が盗んだのね」
「手癖の悪い女、他にも余罪があるはずだわ」
「これだから平民って嫌よね」
「早く兵士に突き出しましょう」
「盗人が王太子殿下に近付くなんて恐ろしい」
「休日は娼婦をやっているって噂を聞いたわ。やっぱり、そういう女なのよ」
令嬢たちは口々に私を罵った。
私は不意打ちの出来事に面食らって目をチカチカさせた。
やられた。
さっき誰かに押されて転んだときに後ろに人の気配がしていたのだ。おそらく、そのときにポケットに入れられたのだろう。なんて卑劣な……!
「侯爵家の食器を壊して、おまけに盗みだなんて……どうするつもりなのかしら、この平民は」
「私はやっていないわ」と、私は彼女たちをきっと睨み付けた。
「やっていないって実際にネックレスを持ってたじゃない」
「泥棒」
「まぁ、怖い」
「っつ……」
私は二の句が継げなかった。全身が打ち震える。身体の内部からたぎるように熱くなった。
どう抗弁したところで平民に勝ち目はない。兵士も裁判官も立場の強い貴族の味方だ。平民の話なんて誰も聞いてくれない。
悔しさのあまり涙が出そうになる。でも、ここで泣いたら彼女たちの思う壺だわ。だから、我慢するしかない。平民は泣いたって許されないのだ。
でも、私は盗みなんてやっていない。アレクサンドル家の人間として、そんなこと絶対にしないわ。
私の心にはまだ誇りが残っている。それは誰にも汚されることのない聖域だ。
私は右手を心臓に当てた。その上に左手を添える。アレクサンドル民族に伝わる宣誓の姿勢だ。
「私は決して盗みなんてやっていないわ。偉大なる神と、祖国の大地と、父ニコライに誓って――」
「リナっ!!」
そのとき、セルゲイが大声を出して私の言葉を遮った。周囲は水を打ったように静まり返る。
「こんな茶番に我が民族の宣誓をしなくていい」
「で、でも――」
「皇帝陛下の名前を出すな」と、彼は私の耳元で囁いた。
「あっ……」
私ははっと我に返る。泥棒扱いされて頭にかっと血が上って、考えなしに行動してしまった。
アレクサンドル人男性でニコライという名前は珍しくはないが、私の場合は絶対に皇女だと悟られてはならない。だから、少しでも疑われるような言動をしてはいけないのだ。
「気持ちは分かるが、少し頭を冷やせ」
「ごめんなさい……」
セルゲイは振り返って令嬢たちをぐるりと見渡してから、
「そこの君、なぜネックレスを外したんだ? ドレスに合わせて付けたアクササリーをわざわざ外す理由は?」
「そっ、それは……」と、令嬢は口ごもる。
「か、彼女はたまに金属に肌が過敏に反応することがあるの。今日もちょっと悪くなって……ねぇ?」
「え、えぇ……」
「へぇ。確かにそういうことはあるな」セルゲイは冷笑を浮かべる。「で、なぜ侯爵令嬢の茶会に付けてくるような高価なネックレスを無造作に机の上に放置するんだ? 君の付添人に預けるか、いなければ侯爵家の者に頼めば良かっただろう。フォード家を信用していないということか? 侯爵令嬢を?」
令嬢たちはばつが悪そうに黙り込んだ。
「そうよ。それにリナはあなたたちから食器類を押し付けられてずっと手が塞がっていたわ。その前はわたしたちと一緒にいたし、物を盗む暇なんてなかったんじゃない?」と、いつの間にかこっちに来ていたアメリア様が加勢してくれた。
「でっ……でも、実際にその平民のポケットの中にネックレスが入っていたわ!」
「あなた、リナが転んだときに後ろにいたわね? 一体なにをしていたのかしら?」
「…………」
私は目頭が熱くなった。セルゲイもアメリア様も私の身の潔白を主張してくれている。自分を信じてくれる人がいることが、こんなに嬉しいことなんて……。
「まぁっ、なんの騒ぎ?」
そのとき、フローレンス侯爵令嬢と……フレデリック様がこちらに向かって来た。
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