立派な魔王になる方法

めぐめぐ

文字の大きさ
上 下
184 / 220
その後の話:君が花開く場所

第9話 場所

しおりを挟む

「なあ、フェクト?」

 アクノリッジがアートリアの村に来てから、一週間が経っていた。

 フェクトは、今日もアクノリッジが修理に没頭していた為、食べ損ねた昼食を晩ご飯として温め直している。不機嫌そうだが、彼女が本気で怒っているわけでは無いことを、この一週間共に過ごしたアクノリッジには分かっていた。

 赤毛の魔族は、温め直した料理を彼の前に置くと、向かい合うように前の席に座った。行儀悪くテーブルに肘をつくと、言葉の続きを促した。

「で、何よ?」

「あのさ……、お前プロトコルに来ねえ?」

「……はっ?」

 突然の申し出に、フェクトは間の抜けた声を返してしまった。アクノリッジの言葉の意図が分からず、瞬きを繰り返している。

 そんな彼女に構わず、アクノリッジは言葉を続けた。

「俺が帰る時、一緒にプロトコルに来ればいい。あ、プロトコルでの生活は心配しなくていいぞ? 俺んちで面倒みるし」

「なっ、何言ってんのよ、突然!! プロトコルに行って、私に何の得があるっていうのよ!」

「プロトコルには、魔法を使える人間はいない」

 彼の言葉に、フェクトは息を飲んだ。この一言が何を意味するのか、彼女には痛いほど分かっていた。
 その理由が、目の前の青年から語られる。

「お前、魔法が使えない事に対して、めちゃくちゃ劣等感を感じてんだろ? プロトコルに来たら、そんな悩みなくなるんじゃないかって思ってな」

 フェクトの心が苦しくなる。
 何故なら、彼女もその事を考えた事があったからだった。

 魔法のないプロトコルに行けば……、魔法が使えない自分でも普通に生きられるのでは無いか?

 その時は、すぐに絵空事だと打ち消したのだが。

 心を見透かされていたかのように感じ、無意識のうちにフェクトは胸元をぎゅっと掴んだ。

 自分の言葉が、フェクトに伝わっていると感じたアクノリッジは、さらに自分の思いを強く言葉に込める。

「魔法が使えない俺から見たら、お前の能力は本当にすげえと思う。だから……、魔法が使えないって事だけで自分を卑下するぐらいなら、一層のこと、プロトコルに来いよ」

 目の前の料理に手を付けず、アクノリッジは真剣な表情でフェクトに言った。

「……住んでいる場所のせいで、素晴らしい能力が存分に発揮できないなんて、ほんともったいねえよ」

「勝手な事ばっかり!! あんたに……、私の何が分かるっていうのよ!!」

 テーブルを打つ大きな音が部屋に響き渡った。フェクトだ。
 食器が動き、中のスープが零れるが、それを注意する者は誰もない。

 アクノリッジは、怒りに燃えるフェクトから視線を逸らすと、ぽつりと言葉を漏らした。

「……弟に似てるんだよ、あんた」

「弟……? あんた、弟がいるの?」

「ああ、まあ腹違いってやつだけどな」

 小さく笑いながら、フェクトの言葉に答える。彼女の怒りが少し落ちついたのを感じたアクノリッジは、弟—シンクの事を話し出した。

 シンクが父親の愛人の子であり、家に引き取られて酷い扱いをアクノリッジの母から受けていた事。
 母からの酷い扱いから、アクノリッジが弟を守っていた事。

 そしてそんな兄に対し、弟は常に負い目を感じていた事。

「弟は、自分の生まれと、それによって俺に迷惑をかけている事を、ずっと恥じていた。家に必要なのは兄である俺の力だって言って、何かと自分を卑下してた。俺から言わせれば、あいつの能力の方が何倍も優れているし、必要とされているはずなのにな……。その気持ちが、あいつの素晴らしい能力を潰していたんだ」 

「……今、その弟はどうしてるの?」

「ああ、家を出た」

「えっ?」

 予想しなかった答えに、再びフェクトは驚きの声を返した。
 彼女の反応に、小さく笑うと、アクノリッジは言葉を続けた。

「まあ、色々事情があってな。でも……、あいつ家を出て新しい場所で働いているんだが、本当に生き生きしててな。家の仕事をしていた時よりも、ものすげえ結果を出しているんだぜ?」

 弟の功績を誇るように、アクノリッジは笑った。そして笑みを消すと、今度は真剣な表情をフェクトに向けた。

「弟は、場所を変える事で、本来持っていた素晴らしい能力を花開かせたんだ。だからフェクト、お前もプロトコルに来れば、魔法が使えないなんていう劣等感から解放されて、今持ってる能力を存分に発揮できると思う」

 フェクトは何も言えなかった。

 アクノリッジに、どれだけ凄い能力があると言われても、正直それを素直に信じることは出来なかった。ずっと抱いてきたものを、そう簡単に変えることはできない。

 しかし……、

“魔法が使えない人間たちの世界に行けば……、私も素晴らしい仕事が出来るのかな……”

 そして、自分が意識してない本当の能力というものを、解放出来るのだろうか?

 不安と希望が入り交じり、フェクトの心はモヤモヤするものであふれかえった。彼女の心境を察したのか、アクノリッジの軽い調子で、話を締めくくった。

「……まあ、俺がプロトコルに帰るまでにはまだ時間があるからな。そういう手段もある、という事を知ってくれたらいいさ」

 真剣な表情を止め、出会った時と同じように綺麗な笑顔が、フェクトに向けられていた。彼女は俯き、小さく頷くと、

「……さっさと食べなさいよ。もう私は、休むから」

 そう言って、アクノリッジを残して部屋を立ち去った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界定食屋 八百万の日替わり定食日記 ー素人料理はじめましたー 幻想食材シリーズ

夜刀神一輝
ファンタジー
異世界定食屋 八百万 -素人料理はじめましたー   八意斗真、田舎から便利な都会に出る人が多い中、都会の生活に疲れ、田舎の定食屋をほぼただ同然で借りて生活する。     田舎の中でも端っこにある、この店、来るのは定期的に食材を注文する配達員が来ること以外人はほとんど来ない、そのはずだった。     でかい厨房で自分のご飯を作っていると、店の外に人影が?こんな田舎に人影?まさか物の怪か?と思い開けてみると、そこには人が、しかもけもみみ、コスプレじゃなく本物っぽい!?     どういう原理か知らないが、異世界の何処かの国?の端っこに俺の店は繋がっているみたいだ。     だからどうしたと、俺は引きこもり、生活をしているのだが、料理を作ると、その匂いに釣られて人が一人二人とちらほら、しょうがないから、そいつらの分も作ってやっていると、いつの間にか、料理の店と勘違いされる事に、料理人でもないので大した料理は作れないのだが・・・。     そんな主人公が時には、異世界の食材を使い、めんどくさい時はインスタント食品までが飛び交う、そんな素人料理屋、八百万、異世界人に急かされ、渋々開店!?

楽しくなった日常で〈私はのんびり出来たらそれでいい!〉

ミューシャル
ファンタジー
退屈な日常が一変、車に轢かれたと思ったらゲームの世界に。 生産や、料理、戦い、いろいろ楽しいことをのんびりしたい女の子の話。 ………の予定。 見切り発車故にどこに向かっているのかよく分からなくなります。 気まぐれ更新。(忘れてる訳じゃないんです) 気が向いた時に書きます。 語彙不足です。 たまに訳わかんないこと言い出すかもです。 こんなんでも許せる人向けです。 R15は保険です。 語彙力崩壊中です お手柔らかにお願いします。

人が怖いお姫様と守護騎士

夏野 紅琳
ファンタジー
幼少期にその美しい美貌から誘拐されかけたことがきっかけで対人恐怖症気味な主人公が、優しい幼なじみに甘やかされながらファンタジーな、学園ライフを何とか送る話。 まだまだ不慣れなことも多いので優しくみまもってくれるとありがたいです。

異世界フードトラック〜勇者パーティを追放された無力だけど料理スキルだけある俺。微S少女たちと魔導車両(マホトラ)で旅をします〜

小林滝栗
ファンタジー
機械と魔導が拮抗し、人間と魔族が争う異世界ガストロノミア。 魔業革命を経て、第一食糧大戦の傷痕覚めやらぬまま、食糧危機と疫病で人々は苦しんでいた。 ガストロ帝国は食糧戦国時代の覇権を狙い、拡張を続けている。 そんな中、シェフのマドリーは勇者パーティから追放されてしまった。 “戦闘能力皆無だけど料理センスだけある”彼は、不思議な縁に導かれ、美少女たちとフードトラックの旅を始めることになる。 生き延びるため、そして、自分を追放した勇者パーティを見返し、ギルド賞金王になるため! ハードな設定の中で、明るい主人公たちがユーモラスに旅を続ける、「設定厨」のための美食ファンタジー! 「なろう系」ではあまりみない、機械の世界、そう「FF6」的世界観を取り入れました。 美味しく楽しくテンポ良く読んでもらえれば幸いです。

お飾り妻は離縁されたい。「君を愛する事はできない」とおっしゃった筈の旦那様。なぜか聖女と呼んで溺愛してきます!!

友坂 悠
ファンタジー
この先はファンタジー色が強くなりすぎて恋愛ジャンルではどうかとの思いもあって完結させていましたが、ジャンルを移し連載再開することにしました。 よろしくお願いします。 「君を愛する事はできない」 新婚初夜に旦那様から聞かされたのはこんな台詞でした。 貴族同士の婚姻です。愛情も何もありませんでしたけれどそれでも結婚し妻となったからにはそれなりに責務を果たすつもりでした。 元々貧乏男爵家の次女のシルフィーナに、良縁など望むべくもないことはよく理解しているつもりで。 それでもまさかの侯爵家、それも騎士団総長を務めるサイラス様の伴侶として望んで頂けたと知った時には父も母も手放しで喜んで。 決定的だったのが、スタンフォード侯爵家から提示された結納金の金額でした。 それもあって本人の希望であるとかそういったものは全く考慮されることなく、年齢が倍以上も違うことにも目を瞑り、それこそ両親と同年代のサイラス様のもとに嫁ぐこととなったのです。  何かを期待をしていた訳では無いのです。 幸せとか、そんなものは二の次であったはずだったのです。 貴族女性の人生など、嫁ぎ先の為に使う物だと割り切っていたはずでした。 だから。縁談の話があったのも、ひとえに彼女のその魔力量を買われたのだと、 魔力的に優秀な子を望まれているとばかり。 それなのに。 「三年でいい。今から話す条件を守ってくれさえすれば、あとは君の好きにすればいい」 とこんなことを言われるとは思ってもいなくて。 まさか世継ぎを残す義務さえも課せられないとは、思ってもいなくって。 「それって要するに、ただのお飾り妻ってことですか!?」 「何故わたくしに白羽の矢が立ったのですか!? どうして!?」 事情もわからずただただやるせない気持ちになるシルフィーナでした。 それでも、侯爵夫人としての務めは果たそうと、頑張ろうと思うのでしたが……。 ※本編完結済デス。番外編を開始しました。 ※第二部開始しました。

異世界では人間以外が日本語でした

みーか
ファンタジー
 前世の記憶はあるけど、全く役に立たない少年シオンが日本語の話せる獣人達に助けられながら、頑張って生きていく物語。

この称号、削除しますよ!?いいですね!!

布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。  ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。  注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません! *不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。 *R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。

追放鍛治師の成り上がり〜ゴミスキル『研磨』で人もスキルも性能アップ〜家に戻れ?無能な実家に興味はありません

秋田ノ介
ファンタジー
【研磨は剣だけですか? いいえ、人にもできます】  鍛冶師一族に生まれたライルだったが、『研磨』スキルを得てしまった。  そのせいで、鍛治師としての能力を否定され全てを失い、追放された。  だが、彼は諦めなかった。鍛冶師になる夢を。  『研磨』スキルは言葉通りのものだ。しかし、研磨された武具は一流品へと生まれ変わらせてしまう力があった。  そして、スキルの隠された力も現れることに……。  紆余曲折を経て、ライルは王国主催の鍛冶師コンテストに参加することを決意する。  そのために鍛冶師としての能力を高めなければならない。  そして、彼がしたことは……。  さらに、ライルを追放した鍛治一族にも悲劇が巻き起こる。  他サイトにも掲載中

処理中です...