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第86話 追跡者
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ふぁ~~ あふっ…。
大きく息を吸い、短く吐き出す音がする。
隣を見ると、ミディが大きくあくびをしていた。
もちろん、女性としての嗜みとして、口元に手をやり、大口を晒すという羞恥は見せていない。
ミディとジェネラルは、センシティの事件後、逃げるようにこの町―ヌルにやってきた。
町に着き1泊し、とりあえず何かを食べようと市場をうろついているのである。
「ミディ、寝不足?」
隣を歩きながら、ジェネラルが問う。
いつもばっちり睡眠を取っているミディが、眠そうにしているなど珍しい事だ。
目を擦りながら、ミディが答える。
「寝不足ってわけじゃないんだけど…。ちょっと夢見が悪くて」
そう言い、再び欠伸をする王女。
確かに、変な夢を見て、逆に疲れると言う事はあるが…。
“ミディが疲れる程の夢って…、一体どんな…”
あの女の睡眠を妨げる夢なのだ。そんじゃそこらの悪夢ではないだろう。
彼の引きつった表情を見、考えが伝わったのか、そんな大したものじゃないけど、という前置きをし、ミディが口を開いた。
「私がジェネに会うために、魔界に行った時の夢なのよ」
「へっ…、へえぇ~……」
ミディが魔界に乗り込んできたときの衝撃を思い出し、ジェネラルは暗い声で相槌を打った。あの時の事は、昨日の事のように思い出せる。
こいつが乗り込んでこなければ、今も魔界で平穏無事に過ごしていた事だろう。
彼の心境を知らず、ミディの言葉が続く。
「でね、あの時のように扉を破壊すると、ジェネがいるんだけど、そのジェネの格好が……」
「……格好が?」
「女装だったのよ……」
確かに、悪夢だった。
彼女の発言に、ジェネラルは固まった。
もしここに効果音が入るなら、分厚い氷に罅が入ったような音がしたに違いない。
「それもね…、センシティの時みたいならいいのに、ぜんぜん似合ってなくて……私が始めからやり直すの。そんな夢……」
ミディは深くため息をついた。顔には憂いの表情が見える。
思い出すのが辛い様子で、額に手を当て、首を左右に振った。
「物凄くショックだったわ……似合ってなくて……」
「いや…、そんな夢を見られた僕の方が、ショックだよ…」
唇を震わせ、顔に苦痛を浮かべながら、ジェネラルが答える。
センシティでの女装の話は、自分の中では抹消したい過去である。
それを再び掘り返され、そして女装している自分にショックを受けたのではなく、似合っていない事にショックを受けられたのだ。
ジェネラルにとっては、ダブルでショックだろう。
聞かなければ良かった、と激しく後悔したが、後の祭りだ。
ミディに魔界から連れ出されてから、もう2つの季節が過ぎようとしていた。
ジェネラルが初めてやってきた町ベントではまだ雪が残っていたが、今ではその雪が恋しくなる程の暑さだ。
一応暦的には、これからまだ暑くなっていく時期なのだが、もうすでに露出の高い服を身に纏った人々が、たくさん歩いている。
ミディの言う『立派な魔王』になったとは思えない――というか、なったら終わりだろう――が、新たな世界を見て、色々と経験を積み、成長したとジェネラルは感じている。
“魔界に戻ったら、プロトコルとの交流を提案してみようかな”
少年は、今までの事を振り返りながら、本気でそう思っていた。
魔界とプロトコルが切り離されて、途絶えた交流。
何故、2つの繋がっていた世界が切り離されたかは分からないが、この機会に再び交流を持ってもいいかもしれない。
もちろん、そう簡単に行くとは思っていない。問題は山積みになるだろうが、それでも挑戦してもいい課題だと考えていた。
“とりあえず、アクノリッジさんとシンクさんと、魔界に案内したいなあ”
プロトコルの人間を連れてきてもいいが、逆に魔界へモジュール家の自動人形を持って帰ってもいいかも、なども考えてみる。
魔力なしで動く自動人形をエクスたちが見た時、どんな反応をするだろうか。
想像するだけで、わくわくする。
しかし、前を歩いていたミディの姿が見えなくなり、楽しい想像は中断せざるを得なくなった。
彼女の姿は、ジェネラルの後ろで、すぐに発見出来た。
ミディが立ち止まった事に気がつかず、追い抜かしてしまったらしい。
こんな人通りの多い場所で立ち止まるなど、何かいい商品でも見つけたのだろうか、と思いながら、ジェネラルが尋ねる。
「ミディ、どうしたの?」
ミディは、彼の問いに答えなかった。
ただ、厳しい表情で、目の前にあるものを見つめている。
そこにあるもの――短く切りそろえられた緑色の髪の青年を。
「やっと見つけましたよ、ミディローズ様」
口元に笑みを浮かべ、青年が言った。
目立たぬようマントを羽織っているが、隙間から見える服は、所々に複雑な刺繍が施されており、一目見て高級品だと分かる。腰には、金と銀の装飾が美しい短剣と、黒一色で統一された細身の剣をさしていた。
服装も然ることながら、細められた赤い瞳から放たれる鋭い視線は、彼が只者ではない事を、言葉なく語っていた。
そして、彼の言葉。
ミディは青年を睨みつけながら、喉の奥から搾り出すように、彼の名を呼んだ。
「メディア……」
彼女が青年へ向けた視線。
それは敵を目の前にした時の視線と、同じだった。
大きく息を吸い、短く吐き出す音がする。
隣を見ると、ミディが大きくあくびをしていた。
もちろん、女性としての嗜みとして、口元に手をやり、大口を晒すという羞恥は見せていない。
ミディとジェネラルは、センシティの事件後、逃げるようにこの町―ヌルにやってきた。
町に着き1泊し、とりあえず何かを食べようと市場をうろついているのである。
「ミディ、寝不足?」
隣を歩きながら、ジェネラルが問う。
いつもばっちり睡眠を取っているミディが、眠そうにしているなど珍しい事だ。
目を擦りながら、ミディが答える。
「寝不足ってわけじゃないんだけど…。ちょっと夢見が悪くて」
そう言い、再び欠伸をする王女。
確かに、変な夢を見て、逆に疲れると言う事はあるが…。
“ミディが疲れる程の夢って…、一体どんな…”
あの女の睡眠を妨げる夢なのだ。そんじゃそこらの悪夢ではないだろう。
彼の引きつった表情を見、考えが伝わったのか、そんな大したものじゃないけど、という前置きをし、ミディが口を開いた。
「私がジェネに会うために、魔界に行った時の夢なのよ」
「へっ…、へえぇ~……」
ミディが魔界に乗り込んできたときの衝撃を思い出し、ジェネラルは暗い声で相槌を打った。あの時の事は、昨日の事のように思い出せる。
こいつが乗り込んでこなければ、今も魔界で平穏無事に過ごしていた事だろう。
彼の心境を知らず、ミディの言葉が続く。
「でね、あの時のように扉を破壊すると、ジェネがいるんだけど、そのジェネの格好が……」
「……格好が?」
「女装だったのよ……」
確かに、悪夢だった。
彼女の発言に、ジェネラルは固まった。
もしここに効果音が入るなら、分厚い氷に罅が入ったような音がしたに違いない。
「それもね…、センシティの時みたいならいいのに、ぜんぜん似合ってなくて……私が始めからやり直すの。そんな夢……」
ミディは深くため息をついた。顔には憂いの表情が見える。
思い出すのが辛い様子で、額に手を当て、首を左右に振った。
「物凄くショックだったわ……似合ってなくて……」
「いや…、そんな夢を見られた僕の方が、ショックだよ…」
唇を震わせ、顔に苦痛を浮かべながら、ジェネラルが答える。
センシティでの女装の話は、自分の中では抹消したい過去である。
それを再び掘り返され、そして女装している自分にショックを受けたのではなく、似合っていない事にショックを受けられたのだ。
ジェネラルにとっては、ダブルでショックだろう。
聞かなければ良かった、と激しく後悔したが、後の祭りだ。
ミディに魔界から連れ出されてから、もう2つの季節が過ぎようとしていた。
ジェネラルが初めてやってきた町ベントではまだ雪が残っていたが、今ではその雪が恋しくなる程の暑さだ。
一応暦的には、これからまだ暑くなっていく時期なのだが、もうすでに露出の高い服を身に纏った人々が、たくさん歩いている。
ミディの言う『立派な魔王』になったとは思えない――というか、なったら終わりだろう――が、新たな世界を見て、色々と経験を積み、成長したとジェネラルは感じている。
“魔界に戻ったら、プロトコルとの交流を提案してみようかな”
少年は、今までの事を振り返りながら、本気でそう思っていた。
魔界とプロトコルが切り離されて、途絶えた交流。
何故、2つの繋がっていた世界が切り離されたかは分からないが、この機会に再び交流を持ってもいいかもしれない。
もちろん、そう簡単に行くとは思っていない。問題は山積みになるだろうが、それでも挑戦してもいい課題だと考えていた。
“とりあえず、アクノリッジさんとシンクさんと、魔界に案内したいなあ”
プロトコルの人間を連れてきてもいいが、逆に魔界へモジュール家の自動人形を持って帰ってもいいかも、なども考えてみる。
魔力なしで動く自動人形をエクスたちが見た時、どんな反応をするだろうか。
想像するだけで、わくわくする。
しかし、前を歩いていたミディの姿が見えなくなり、楽しい想像は中断せざるを得なくなった。
彼女の姿は、ジェネラルの後ろで、すぐに発見出来た。
ミディが立ち止まった事に気がつかず、追い抜かしてしまったらしい。
こんな人通りの多い場所で立ち止まるなど、何かいい商品でも見つけたのだろうか、と思いながら、ジェネラルが尋ねる。
「ミディ、どうしたの?」
ミディは、彼の問いに答えなかった。
ただ、厳しい表情で、目の前にあるものを見つめている。
そこにあるもの――短く切りそろえられた緑色の髪の青年を。
「やっと見つけましたよ、ミディローズ様」
口元に笑みを浮かべ、青年が言った。
目立たぬようマントを羽織っているが、隙間から見える服は、所々に複雑な刺繍が施されており、一目見て高級品だと分かる。腰には、金と銀の装飾が美しい短剣と、黒一色で統一された細身の剣をさしていた。
服装も然ることながら、細められた赤い瞳から放たれる鋭い視線は、彼が只者ではない事を、言葉なく語っていた。
そして、彼の言葉。
ミディは青年を睨みつけながら、喉の奥から搾り出すように、彼の名を呼んだ。
「メディア……」
彼女が青年へ向けた視線。
それは敵を目の前にした時の視線と、同じだった。
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