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第9話 気付き
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チェス様にご挨拶をして別邸に戻って一息ついていると、ドアがノックされました。
ここに来るのは、私の世話をしている影かチェス様ぐらいなのですが、
「シャルロッテ嬢」
ヴェッセル様の声が聞こえ、私は飛び上がる勢いでドアを開けました。
私が嫁いでから別邸に立ち入らなかった彼が、今日だけで二度も訪問している事実が信じられません。
部屋にお通ししようとしましたが、彼は首を横に振り、代わりに私に花束を差し出しました。
花束は大きなものではありませんでしたが、使われている花を見て、私は目を丸くしてしまいました。
先ほどの市で見つけ、購入を断った花だったからです。
「受け取って貰いたい。いつもチェスの相手をしてくださっている礼です」
「そ、そんなっ! 御礼を頂くようなことはしておりません!」
お断りいたしましたが、無理矢理花束を握らされてしまいました。
御礼をお伝えしつつも、私は困惑しっぱなしでした。
私が好きな花なのは偶然でしょうか?
それに私の方こそ、チェス様が来てくださっているから毎日が楽しくて――
ハッとしました。
チェス様の存在が私の中で、大きなものになっていることに気付いたからです。
不意に気付いてしまった本当の気持ちに戸惑っていると、ヴェッセル様が静かに口を開きました。
「あなたはチェスが嫌いではないのですか? 面倒だとは思わないのですか? 粗暴で口も悪い。自己中心的な考えを相手に押しつける弟が……」
まさかヴェッセル様がチェス様に対し、そのような発言をされるとは思っていませんでした。
何故でしょうか。
私の心がカッと熱くなり、相手が侯爵家御当主ということも忘れ、声を荒げてしまいました。
「そんなことはありません! ご自身の力が相手を傷つけないように、わざと厳しい態度をとられているだけです! あの方は責任感が強く、そして……とてもお優しい方ですよ」
私の傷を治す、魔術の優しさを思い出しました。
美味しそうにクッキーを食べる満足そうな表情を思い出しました。
私の手を包む、力強い彼の手と温もりを思い出しました。
身代わりとして嫁ぎ、いつバレるか分からない恐怖の中、チェス様の存在は私の救いになっていたのです。
だから、兄君であっても彼を悪く言うことが許せなかった。
語気を荒げた非礼を詫びると、ヴェッセル様はいつもと同じ微笑みを浮かべながらお許しくださいました。
そして私の頭に手を乗せると、まるで子どもをあやすように、私の髪を撫でながら仰いました。
「……ありがとう」
いつもと同じ微笑み。
いつもと同じ穏やかな口調。
人形のように変わらない――
ですが何故かこのときだけは、ヴェッセル様の言葉に人間らしい感情が宿っているように思えたのです。
ここに来るのは、私の世話をしている影かチェス様ぐらいなのですが、
「シャルロッテ嬢」
ヴェッセル様の声が聞こえ、私は飛び上がる勢いでドアを開けました。
私が嫁いでから別邸に立ち入らなかった彼が、今日だけで二度も訪問している事実が信じられません。
部屋にお通ししようとしましたが、彼は首を横に振り、代わりに私に花束を差し出しました。
花束は大きなものではありませんでしたが、使われている花を見て、私は目を丸くしてしまいました。
先ほどの市で見つけ、購入を断った花だったからです。
「受け取って貰いたい。いつもチェスの相手をしてくださっている礼です」
「そ、そんなっ! 御礼を頂くようなことはしておりません!」
お断りいたしましたが、無理矢理花束を握らされてしまいました。
御礼をお伝えしつつも、私は困惑しっぱなしでした。
私が好きな花なのは偶然でしょうか?
それに私の方こそ、チェス様が来てくださっているから毎日が楽しくて――
ハッとしました。
チェス様の存在が私の中で、大きなものになっていることに気付いたからです。
不意に気付いてしまった本当の気持ちに戸惑っていると、ヴェッセル様が静かに口を開きました。
「あなたはチェスが嫌いではないのですか? 面倒だとは思わないのですか? 粗暴で口も悪い。自己中心的な考えを相手に押しつける弟が……」
まさかヴェッセル様がチェス様に対し、そのような発言をされるとは思っていませんでした。
何故でしょうか。
私の心がカッと熱くなり、相手が侯爵家御当主ということも忘れ、声を荒げてしまいました。
「そんなことはありません! ご自身の力が相手を傷つけないように、わざと厳しい態度をとられているだけです! あの方は責任感が強く、そして……とてもお優しい方ですよ」
私の傷を治す、魔術の優しさを思い出しました。
美味しそうにクッキーを食べる満足そうな表情を思い出しました。
私の手を包む、力強い彼の手と温もりを思い出しました。
身代わりとして嫁ぎ、いつバレるか分からない恐怖の中、チェス様の存在は私の救いになっていたのです。
だから、兄君であっても彼を悪く言うことが許せなかった。
語気を荒げた非礼を詫びると、ヴェッセル様はいつもと同じ微笑みを浮かべながらお許しくださいました。
そして私の頭に手を乗せると、まるで子どもをあやすように、私の髪を撫でながら仰いました。
「……ありがとう」
いつもと同じ微笑み。
いつもと同じ穏やかな口調。
人形のように変わらない――
ですが何故かこのときだけは、ヴェッセル様の言葉に人間らしい感情が宿っているように思えたのです。
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