16 / 17
第16話 ウェイター視点
しおりを挟む
泣き疲れて眠った貴女の体を、部屋のベッドに体を横たえた。
涙で濡れた顏に、家族の肖像画の中で幸せそうに微笑む少女の面影が重なり、切なくなった。
世界の不幸を知らずただ与えられる無償の愛に溢れていた少女が、夫という名の男に尊厳を踏みにじられ、辛く苦しい日々を送り、笑顔を失ってしまったかと思うと、激しい怒りで心が震えた。
しかしそれも終わりだ。
ようやく貴女を救い出すことが出来たのだから。
そして、
「やっと私の元に来てくれましたね……フェリーチェ」
*
この絵を手に入れる前の私は、ボロボロだった。
常に商売は戦い。
周りは敵。少しでも隙を見せれば蹴り落される。
常に気が張り、心が休まることなどない。
ゆっくり眠ることも出来ず、食事を吐くことなど日常茶飯事だった。
そんな中、気晴らしに入ったオークション会場であの絵を見つけた。
父親、母親、そして一人の幼い少女。
幸せそうに微笑む家族が、そこに描かれていた。
たったそれだけなのに、幸せに満ちる空気感ですら余すことなく表現されていた。
恐らく描いたアントニオは、彼らをとても愛していたのだろう。
誰かに頼まれたわけでなく、自らが望んで彼らを描いたのだと伝わってくるような、幸せと愛に溢れた絵だった。
最高額をつけこの絵を手に入れ、初めて間近で見た時、涙が溢れて止まらなくなった。
この絵に描かれた無償の愛に、私も包まれるような錯覚を覚えた。
その日から、ゆっくり眠れるようになった。
私は救われたのだ、この絵に。
心も商会の経営も安定したころ、肖像画に描かれた家族が気になり調査をしたのが、全ての始まり。
絵の少女が、そしてこの絵の持ち主が、最近急成長を遂げたトーマ商会の管理者であることを知った。
そして彼女の評判、仕事ぶりを聞いた時、商売敵として純粋に興味を持った。
彼女は、良い物や優秀な人材を選ぶ適切な目を持っている。
今まで私の予想だったが、あの茶葉の商談の際、断られても仕方ないくらいボロボロだった私の本質を、所作一つで見破ったことで確信した。
彼女が商会管理者になってから、山ほどいた粗悪な業者と従業員が辞めた。
あの男は彼女のせいだと言ってたが、あながち間違ってはいない。
いい物、優秀な人材を取り入れることで、トーマ商会全体の空気が変わり、自然と粗悪な業者や怠惰な従業員がいなくなったのだ。
そうやって、良いものだけが彼女の周りに残った。
自らの利益だけでなく、周囲も豊かにしたい。その為に行動したことが、自身の利益に返ってくる。
商人が目指す理想的な循環を、彼女は無意識で行っていた。
それはもう、天から贈られた才能だと言ってもいい。
彼女を調べれば調べるほど深みにはまり、気づけば夢中になっていた。
しかし相手は伯爵夫人、人妻だ。
だが結婚して5年、未だ子宝に恵まれていないことが気になり、ローランド伯爵について調べて初めて、彼女が伯爵夫人らしからぬ酷すぎる仕打ちを受けていることを知った。
怒りが湧いた。
彼女の価値が分からぬ者に、任せていられないと思った。
自分を救ってくれた少女の笑顔を奪ったあの男が憎かった。
私はあの絵に救われた。
なら今度は私が彼女を救おう。
しかし同時にこう思ったのも否定しない。
――これは彼女を手に入れるチャンスではないかと。
「あなたは……商才はあるのに、男を見る目は少し鈍いようだ。私は、あなたが思うような善き人間ではありませんよ」
馬車の中で、貴女は表情一つ変えず外を見つめていた。
今すぐにでも貴女を抱きしめ、この想いを伝えたいとこちらが思っていることにカケラも気づかず、今もこうして無防備な姿を晒している。
涙の痕が乾いた頰に、そっと指を滑らせる。
「私は、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れたいのです。そして……大切なものは決して誰にも触れさせない。そんな欲深い人間なのです」
もう全てが動き出している。
失墜したあの男を、社会的に抹消する計画が。
今回の一件は、広く伝えられている。
彼女に味方する者たちは皆、あの男が経営するトーマ商会に決して手を差し伸べない。
貴族たちには、彼らに影響力を持つ伯父から多少の圧力を加えて頂いている。
伯父から怒りを買ってまでして、あの男に手を貸す愚かな貴族はいない。
彼女には伝えなかったが、ローランド伯領の者たちには近々この地が荒れると伝えており、早速民たちが逃げ出していると聞いている。
アイリーンとか言う愛人は、早速逃げ出したと聞いている。
隣国へ渡る際、見通しの悪い森や山を越える必要があるが、くれぐれも闇夜や物陰には気を付けて欲しいものだ。
あの男に残るのは、悪質な者たちばかり。
そんな奴らと手を組んだ先にある結末は――
涙で濡れた顏に、家族の肖像画の中で幸せそうに微笑む少女の面影が重なり、切なくなった。
世界の不幸を知らずただ与えられる無償の愛に溢れていた少女が、夫という名の男に尊厳を踏みにじられ、辛く苦しい日々を送り、笑顔を失ってしまったかと思うと、激しい怒りで心が震えた。
しかしそれも終わりだ。
ようやく貴女を救い出すことが出来たのだから。
そして、
「やっと私の元に来てくれましたね……フェリーチェ」
*
この絵を手に入れる前の私は、ボロボロだった。
常に商売は戦い。
周りは敵。少しでも隙を見せれば蹴り落される。
常に気が張り、心が休まることなどない。
ゆっくり眠ることも出来ず、食事を吐くことなど日常茶飯事だった。
そんな中、気晴らしに入ったオークション会場であの絵を見つけた。
父親、母親、そして一人の幼い少女。
幸せそうに微笑む家族が、そこに描かれていた。
たったそれだけなのに、幸せに満ちる空気感ですら余すことなく表現されていた。
恐らく描いたアントニオは、彼らをとても愛していたのだろう。
誰かに頼まれたわけでなく、自らが望んで彼らを描いたのだと伝わってくるような、幸せと愛に溢れた絵だった。
最高額をつけこの絵を手に入れ、初めて間近で見た時、涙が溢れて止まらなくなった。
この絵に描かれた無償の愛に、私も包まれるような錯覚を覚えた。
その日から、ゆっくり眠れるようになった。
私は救われたのだ、この絵に。
心も商会の経営も安定したころ、肖像画に描かれた家族が気になり調査をしたのが、全ての始まり。
絵の少女が、そしてこの絵の持ち主が、最近急成長を遂げたトーマ商会の管理者であることを知った。
そして彼女の評判、仕事ぶりを聞いた時、商売敵として純粋に興味を持った。
彼女は、良い物や優秀な人材を選ぶ適切な目を持っている。
今まで私の予想だったが、あの茶葉の商談の際、断られても仕方ないくらいボロボロだった私の本質を、所作一つで見破ったことで確信した。
彼女が商会管理者になってから、山ほどいた粗悪な業者と従業員が辞めた。
あの男は彼女のせいだと言ってたが、あながち間違ってはいない。
いい物、優秀な人材を取り入れることで、トーマ商会全体の空気が変わり、自然と粗悪な業者や怠惰な従業員がいなくなったのだ。
そうやって、良いものだけが彼女の周りに残った。
自らの利益だけでなく、周囲も豊かにしたい。その為に行動したことが、自身の利益に返ってくる。
商人が目指す理想的な循環を、彼女は無意識で行っていた。
それはもう、天から贈られた才能だと言ってもいい。
彼女を調べれば調べるほど深みにはまり、気づけば夢中になっていた。
しかし相手は伯爵夫人、人妻だ。
だが結婚して5年、未だ子宝に恵まれていないことが気になり、ローランド伯爵について調べて初めて、彼女が伯爵夫人らしからぬ酷すぎる仕打ちを受けていることを知った。
怒りが湧いた。
彼女の価値が分からぬ者に、任せていられないと思った。
自分を救ってくれた少女の笑顔を奪ったあの男が憎かった。
私はあの絵に救われた。
なら今度は私が彼女を救おう。
しかし同時にこう思ったのも否定しない。
――これは彼女を手に入れるチャンスではないかと。
「あなたは……商才はあるのに、男を見る目は少し鈍いようだ。私は、あなたが思うような善き人間ではありませんよ」
馬車の中で、貴女は表情一つ変えず外を見つめていた。
今すぐにでも貴女を抱きしめ、この想いを伝えたいとこちらが思っていることにカケラも気づかず、今もこうして無防備な姿を晒している。
涙の痕が乾いた頰に、そっと指を滑らせる。
「私は、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れたいのです。そして……大切なものは決して誰にも触れさせない。そんな欲深い人間なのです」
もう全てが動き出している。
失墜したあの男を、社会的に抹消する計画が。
今回の一件は、広く伝えられている。
彼女に味方する者たちは皆、あの男が経営するトーマ商会に決して手を差し伸べない。
貴族たちには、彼らに影響力を持つ伯父から多少の圧力を加えて頂いている。
伯父から怒りを買ってまでして、あの男に手を貸す愚かな貴族はいない。
彼女には伝えなかったが、ローランド伯領の者たちには近々この地が荒れると伝えており、早速民たちが逃げ出していると聞いている。
アイリーンとか言う愛人は、早速逃げ出したと聞いている。
隣国へ渡る際、見通しの悪い森や山を越える必要があるが、くれぐれも闇夜や物陰には気を付けて欲しいものだ。
あの男に残るのは、悪質な者たちばかり。
そんな奴らと手を組んだ先にある結末は――
16
お気に入りに追加
886
あなたにおすすめの小説
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
立派な魔王になる方法
めぐめぐ
ファンタジー
「初めまして、魔王ジェネラルです。魔界へようこそ!」
「何で私、歓迎されなきゃいけないの!?」
エルザ王国の王女―—ミディローズ。
“世界に失われつつある秩序を取り戻す“という四大精霊の予言と祝福を得、美しく成長したミディには、ある野望があった。
“私の夫は、魔王を倒した勇者様しかいない!!”
魔王に攫われた王女が勇者に救い出される恋愛小説に毒され、そんなことを夢見る日々。しかし平和の一言に尽きるこの時代、人間界を侵略する魔王も、それを倒す勇者もいない。
“向こうが動かないのなら、私から行けばいいのよ!”
突拍子もない事を考え、ミディは自らを攫わせる為に魔界に乗り込む。
そこに現れたのは、『魔王』を名乗る黒髪の少年だった。
平和ボケした魔王(少年)に対し、ミディが取った行動とは――—
「そうだわ! 私があなたを、立派な魔王に鍛え上げればいいのよ!!」
※こちらでの公開を再開しました(;´∀`)
※大体1000字~3000字ぐらいなので、サクッと読めます。
※カクヨムにも転載しております。
【その後のお話しの一行あらすじ】
暴走と妄想の狭間で
……女中頭ユニとミディの心温まらない交流の話(腐寄り)
花とお菓子と不審者と
……ジェネラル似の不審者がミディを口説いてくる話。
君が花開く場所
……魔界に来たアクノリッジが、出会った魔族の女性の自信を取り戻そうとする話。
繋がる影
……誕生日を迎え落ち込むミディの話。
未来の話をしよう
……本編21年後、エルザ王国王子レシオが、父親であるエルザ王からミディ王女救出を命じられ城を追い出される話。
(R18)結婚初夜
……作品を分けています。私のWEBコンテンツからどうぞ。
気になる内容がありましたら是非♪
【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。
クソ雑魚新人ウエイターを調教しよう
十鳥ゆげ
BL
カフェ「ピアニッシモ」の新人アルバイト・大津少年は、どんくさく、これまで様々なミスをしてきた。
一度はアイスコーヒーを常連さんの頭からぶちまけたこともある。
今ようやく言えるようになったのは「いらっしゃいませー、お好きな席にどうぞー」のみ。
そんな中、常連の柳さん、他ならぬ、大津が頭からアイスコーヒーをぶちまけた常連客がやってくる。
以前大津と柳さんは映画談義で盛り上がったので、二人でオールで映画鑑賞をしようと誘われる。
マスターの許可も取り、「合意の誘拐」として柳さんの部屋について行く大津くんであったが……?
中イキできないって悲観してたら触手が現れた
AIM
恋愛
ムラムラして辛い! 中イキしたい! と思ってついに大人のおもちゃを買った。なのに、何度試してもうまくいかない。恋人いない歴=年齢なのが原因? もしかして死ぬまで中イキできない? なんて悲観していたら、突然触手が現れて、夜な夜な淫らな動きで身体を弄ってくる。そして、ついに念願の中イキができて余韻に浸っていたら、見知らぬ世界に転移させられていた。「これからはずーっと気持ちいいことしてあげる♥」え、あなた誰ですか?
粘着質な触手魔人が、快楽に弱々なチョロインを遠隔開発して転移させて溺愛するお話。アホっぽいエロと重たい愛で構成されています。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる