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第2話
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「おかえりなさいませ、奥様」
「ただいま、ディア。私の留守中、何も問題なかったかしら?」
「もちろんです。私どもが、問題を起こすわけがございません」
私の秘書であるディアが、大きめの黒い瞳を輝かせながら胸を張って答えてくれました。
ディアは16歳ですが私よりもしっかりしてて、本当に助かっています。
それなのに雇い主である私が、しょぼくれていては従業員たちに示しがつきません。
仕事中は、気持ちを切り替えなければいけません。
「ディア、これ休憩時間の時に、皆で食べてくれないかしら?」
「奥様これは……先ほど屋敷に戻る際、旦那様と一緒に食べるとおっしゃっていたお菓子では……」
「……せっかく用意してくれたのに、ごめんなさい。ちょっと主人に渡す機会を逃してしまって……」
ディアは少しだけ眉を顰めましたが、すぐに笑顔を浮かべると一礼と共にお菓子の入った袋を受け取ってくれました。
トーマ商会に入ると、私の戻りに気づいた従業員たちが皆手を止め会釈をしてくれます。
ディアが近くの人にお菓子を渡し、皆で分けるように伝えると、
「奥様、ありがとうございます!」
と元気な声が響き渡りました。
トーマ商会で働く人たちは、皆明るく、とても優秀で素晴らしい人たちばかりです。
ここ五年間で、商会がこれほどまで大きくなったのは主人だけでなく彼らのお陰でもあります。
私が出した稚拙な案に、彼らが予想以上に応えてくれる、その結果が今のトーマ商会なのです。
部屋でディアと二人っきりになった瞬間、ディアの声色が変わりました。
「奥様、屋敷で何かありましたか?」
「ええ⁉ な、何もなかったわ‼」
「はぁ……皆を騙せても、このディアは騙せませんよ? 出かける際と今とで、目元と頰の化粧が変わっています。まるで涙で流れたから上から化粧をしてごまかしたような……」
ああ……鋭い観察眼をもつディアにはバレてしまうのですね。
主人の醜聞ですから本来なら心の中に留めておくべきことです。
しかし心に留めておけるほど、私は強くなかったのです。
「……ディア、私……」
私は、全てを打ち明けてしまいました。
自分よりも10歳も年下の彼女の前で、見っともなく泣きながら。
ディアはずっと黙って私の話を聞いてくれました。そして全てが語り終わるとハンカチを差し出し、こう言ったのです。
「奥様、離縁しましょう‼ そんなクソ男と夫婦関係を続けられても、奥様がお辛いだけです‼」
「そ、そんなこと出来ないわ‼」
もう爵位はレイジィ様に移っているため、離縁すれば、私はただの平民としてローランド家から追い出される立場。この国は、夫が爵位をもっている妻にとって、優しいとは言えないのです。
私だけならいいのですが、私と深い関わりのある屋敷の使用人たちや、トーマ商会の従業員たちも解雇される可能性があります。私の勝手で、彼らを路頭に迷わせるわけにはいきません。
それに、
「レイジィ様の言う通りなの……本当に私は、一人では何もできない世間知らずな女……なのですから……」
常日頃から、レイジィ様にそう言われてきました。
何も出来ないのだから、俺のいう事に従っていれば間違いないのだと。
だから今のトーマ商会があるのだと。
「トーマ商会がここまで大きくなったのは、レイジィ様のご判断、そしてディアを含む従業員や取引先のお店、原材料を育て加工してくれる、我が領民たちのお陰なのです。私自身がなしたことなど、何ひとつないのですよ」
「で、でも、旦那様はここ五年、奥様に商会を丸投げされているじゃないですか! 判断と言っても碌な提案をしてこないし、失敗ばか――」
「それは私が無茶だとお止めしなかったから……。ディア、私は本当に皆に感謝しているのです。こんな私に従い、働いてくれていることに……」
ディアは何か言いたそうでしたが、そのまま口を閉じてしまいました。
本当のことを言っただけなのに、何故こんなにディアは悲しそうなのでしょうか?
「だからこの話はこれでおしまい。聞いてくれてありがとう。あなたのお陰で、心が少し軽くなったわ」
私はディアを頭を撫でると、微笑みました。
ディアは小さく、恐縮です、と呟くと、瞳を閉じて私に頭を撫でられていました。
「ただいま、ディア。私の留守中、何も問題なかったかしら?」
「もちろんです。私どもが、問題を起こすわけがございません」
私の秘書であるディアが、大きめの黒い瞳を輝かせながら胸を張って答えてくれました。
ディアは16歳ですが私よりもしっかりしてて、本当に助かっています。
それなのに雇い主である私が、しょぼくれていては従業員たちに示しがつきません。
仕事中は、気持ちを切り替えなければいけません。
「ディア、これ休憩時間の時に、皆で食べてくれないかしら?」
「奥様これは……先ほど屋敷に戻る際、旦那様と一緒に食べるとおっしゃっていたお菓子では……」
「……せっかく用意してくれたのに、ごめんなさい。ちょっと主人に渡す機会を逃してしまって……」
ディアは少しだけ眉を顰めましたが、すぐに笑顔を浮かべると一礼と共にお菓子の入った袋を受け取ってくれました。
トーマ商会に入ると、私の戻りに気づいた従業員たちが皆手を止め会釈をしてくれます。
ディアが近くの人にお菓子を渡し、皆で分けるように伝えると、
「奥様、ありがとうございます!」
と元気な声が響き渡りました。
トーマ商会で働く人たちは、皆明るく、とても優秀で素晴らしい人たちばかりです。
ここ五年間で、商会がこれほどまで大きくなったのは主人だけでなく彼らのお陰でもあります。
私が出した稚拙な案に、彼らが予想以上に応えてくれる、その結果が今のトーマ商会なのです。
部屋でディアと二人っきりになった瞬間、ディアの声色が変わりました。
「奥様、屋敷で何かありましたか?」
「ええ⁉ な、何もなかったわ‼」
「はぁ……皆を騙せても、このディアは騙せませんよ? 出かける際と今とで、目元と頰の化粧が変わっています。まるで涙で流れたから上から化粧をしてごまかしたような……」
ああ……鋭い観察眼をもつディアにはバレてしまうのですね。
主人の醜聞ですから本来なら心の中に留めておくべきことです。
しかし心に留めておけるほど、私は強くなかったのです。
「……ディア、私……」
私は、全てを打ち明けてしまいました。
自分よりも10歳も年下の彼女の前で、見っともなく泣きながら。
ディアはずっと黙って私の話を聞いてくれました。そして全てが語り終わるとハンカチを差し出し、こう言ったのです。
「奥様、離縁しましょう‼ そんなクソ男と夫婦関係を続けられても、奥様がお辛いだけです‼」
「そ、そんなこと出来ないわ‼」
もう爵位はレイジィ様に移っているため、離縁すれば、私はただの平民としてローランド家から追い出される立場。この国は、夫が爵位をもっている妻にとって、優しいとは言えないのです。
私だけならいいのですが、私と深い関わりのある屋敷の使用人たちや、トーマ商会の従業員たちも解雇される可能性があります。私の勝手で、彼らを路頭に迷わせるわけにはいきません。
それに、
「レイジィ様の言う通りなの……本当に私は、一人では何もできない世間知らずな女……なのですから……」
常日頃から、レイジィ様にそう言われてきました。
何も出来ないのだから、俺のいう事に従っていれば間違いないのだと。
だから今のトーマ商会があるのだと。
「トーマ商会がここまで大きくなったのは、レイジィ様のご判断、そしてディアを含む従業員や取引先のお店、原材料を育て加工してくれる、我が領民たちのお陰なのです。私自身がなしたことなど、何ひとつないのですよ」
「で、でも、旦那様はここ五年、奥様に商会を丸投げされているじゃないですか! 判断と言っても碌な提案をしてこないし、失敗ばか――」
「それは私が無茶だとお止めしなかったから……。ディア、私は本当に皆に感謝しているのです。こんな私に従い、働いてくれていることに……」
ディアは何か言いたそうでしたが、そのまま口を閉じてしまいました。
本当のことを言っただけなのに、何故こんなにディアは悲しそうなのでしょうか?
「だからこの話はこれでおしまい。聞いてくれてありがとう。あなたのお陰で、心が少し軽くなったわ」
私はディアを頭を撫でると、微笑みました。
ディアは小さく、恐縮です、と呟くと、瞳を閉じて私に頭を撫でられていました。
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