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第十話

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「……終わったのか?」
「……はい」

 ボルグのベッドの横に立っていたアメリアは、隣にやってきたウィルの言葉に頷いた。手を伸ばし、目を見開いたままのボルグの瞼を閉じる。

 アメリアは、死んでなどいなかった。
 ボルグがウィルから聞いた話は、嘘だったのだ。いや、彼の妻であったアメリアが死んだ、という意味では正しい。

 何故なら、ボルグに愛を抱いていたアメリアは、

 娼館に売られると決まったあの日、
 最後に抱いて欲しいと願い、拒絶されたあの日に、

 死んだのだから――

 絶望したアメリアは、夜中、川に身を投げて死のうとしていた。それを救ったのが、たまたま通りかかったウィルだった。

 冷酷だと言われているウィルだが、実は困っている人間を放っておけない優しい性格をしていた。そんな彼が、死のうとしている女性を、見殺しになど出来るわけが無かった。

 ましてや、旦那の借金の肩代わりのため、娼館に売られるなどという話を聞いてしまっては……

 今、屋敷には使用人がほとんどおらず、困っていた。何故なら、彼の機嫌を損なえば切り捨てられる、という勝手な噂が流れており、中々人が来なかったからだ。

 だから彼女に、同じ売られるなら、自分の屋敷で使用人として働かないかと声をかけたのだ。
 ボルグの借金を、自分が肩代わりしようと。アメリアが望むのなら、気持ちが落ち付いた頃、またボルグの元に戻ってもいいと。

 大金ではあったが、倹約家のウィルには、一括で支払えるほどのたくわえがあった。どうせまた金は溜まる。それなら、長く屋敷で働いてくれる使用人が、一人でも増えてくれる方がありがたかった。

 こうしてアメリアは、ウィルに買われ、彼の屋敷で働くことになった。

 彼女は、非常に良く働いた。
 真面目で仕事も丁寧。ボルグが言っていたような、無能な女性だとは思えなかった。数少ない使用人たちも、彼女の仕事ぶりを褒めていた。

 だが、その瞳はいつもどこか空虚だった。
 
(きっと彼女の心は、あの時死んだのだ)
 
 死んだように生きるアメリアが不憫だった。
 そんな彼女を自分が幸せに出来たら――そう思った。

 始めは、ただの親切心から手を差し伸べたが、深く傷ついた彼女を癒やし、今度は妻として、自分の支えとなって欲しいと願うようになっていた。
 しかし、想いは伝えられずにいた。

 そんなある日、ボルグが突然屋敷にやってきた。

 だがアメリアは、会おうとはしなかった。ウィルに、自分は死んだことにして欲しいと言われ、言われた通りに伝えた。

「貴方の妻であったアメリアは……死んだのだ」

 彼女の、光のない瞳を思い出しながら。

 ボルグは肩を落として帰って行った後、ウィルはアメリアに想いを伝えた。

 過去を忘れ、自分と一緒に新たな人生を生きて欲しいと――
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