6 / 16
第3話 催眠術①
しおりを挟む
予定していた仕事が一段落し、少し休憩を取ろうとした午後の時間、
「ソフィアー! 遊びに来たわよ‼」
天気の良い日だというのにもかかわらず、黒いローブに身を包んだ女性――義妹となったメーナがやってきた。
いつもは敷地内の別邸に住み、魔術の研究に明け暮れているため、ソフィアたちが住まう本邸で顔を合わせることはない。というのも、本邸に来て両親に出くわすと、早く結婚相手を探せとお小言を言われるのが面倒くさく、近寄らないようにしているのだという。
義両親が出かけてしばらく戻らないのを良いことに、本邸に遊びに来たのだろう。
メーナとソフィアの仲は、初めて出会った時と変わらない。義妹になるが、友人の方がしっくりくる関係だ。
「いらっしゃい、メーナ」
快くメーナを迎えるとソフィアの自室に招き入れ、メーナがもってきた菓子や、用意させた茶を口にしながら、たわいもない会話を楽しんだ。
何度メーナとお茶をしても、彼女の口からはいつも新しい魔術の情報が飛び出してくる。
それは彼女が常に新しい情報を学んでいるという、魔術に対する真剣な姿勢の表れであり、ソフィアは密かに尊敬していた。
とはいえ皆がその熱意を、結婚相手探しに注いでくれと思っているのが、悲しい話なのだが。
ひとしきり魔術の話をすると、メーナはお茶で口の中を潤し、ソフィアに別の話題を振った。
「そういえば、お兄と結婚してそろそろ一年が経つわね。どう? お兄とは」
「私の不手際でオーバル様の足を引っ張らないように、毎日必死よ」
「いや、そういうことじゃないんだけど……何ていうか……義務で夫婦やってますって感じよね、二人とも」
「そ、そんなことないわ」
そう否定はしたが、メーナが何を言いたいのかは分かっている。
ソフィアにとっては嬉しい結婚だった。
一目惚れした相手と夫婦になれたし仲の良い義妹も出来た。
ただオーバルにとっては、良いことではなかっただけで――
気付けば、スカートの上に置いていた手が視界に映っていた。どうやら無意識のうちに下を向いていたようだ。
慌てて顔を上げると、メーナがこちらを見つめていた。ソフィアと目が合うと腕を組み、眉間に皺を寄せた。
「ま、お兄が上手くやってないことは、よーーく分かったわ!」
「そ、そんなことない! オーバル様は良くしてくださっているわ! 実家にいたときよりも、良い暮らしをさせてくださっているし! 私ね、嫁いできた時、あまりの食事量の多さに驚いちゃったのよ?」
「ふふっ、あんなお兄を庇ってくれてありがと、ソフィア」
本心を伝えたつもりだったが、メーナの少し残念そうな表情を見て、それ以上の言葉を飲み込んだ。いくら言葉を重ねても、今の彼女には逆効果だろう。
(仲良く……か……必要だからではなく、オーバル様が心の底から求めてくれたなら……)
その時、自分はどんな気持ちになるだろうか。
だが疑問は虚しさへと変わった。
ソフィアは僅かに肩を落とし、すっかり冷めてしまったお茶に口を付けると、メーナが何かを思い出したようにポンッと手を打った。
「そうそう、一番大切なことを忘れてたわ! 今日はソフィアに一つ、お願いがあってきたの」
「お願い? 新しい占いを試したいの?」
「今日は占いじゃなくて、私、最近魔術研究の一環で、催眠術の勉強をしてて、試しにかけさせて貰いたいの」
「え? 催眠術? でもそういうのはいつもオーバル様にお願いしてるんじゃ……」
「お兄は魔術の実験台になって貰ってるから、催眠術が効きにくいんじゃないかと思って……こんなことを頼めるのはソフィアしかいないの! お願い‼ 時間はとらせないから!」
メーナが両手を合わせ、頭を下げた。
ここまで強く頼まれたら、断ることは出来ない。
メーナは研究熱心だが魔術を成功させたことはまだ一度もない。催眠術も勉強中とのことなので危険はないだろう。
「ソフィアー! 遊びに来たわよ‼」
天気の良い日だというのにもかかわらず、黒いローブに身を包んだ女性――義妹となったメーナがやってきた。
いつもは敷地内の別邸に住み、魔術の研究に明け暮れているため、ソフィアたちが住まう本邸で顔を合わせることはない。というのも、本邸に来て両親に出くわすと、早く結婚相手を探せとお小言を言われるのが面倒くさく、近寄らないようにしているのだという。
義両親が出かけてしばらく戻らないのを良いことに、本邸に遊びに来たのだろう。
メーナとソフィアの仲は、初めて出会った時と変わらない。義妹になるが、友人の方がしっくりくる関係だ。
「いらっしゃい、メーナ」
快くメーナを迎えるとソフィアの自室に招き入れ、メーナがもってきた菓子や、用意させた茶を口にしながら、たわいもない会話を楽しんだ。
何度メーナとお茶をしても、彼女の口からはいつも新しい魔術の情報が飛び出してくる。
それは彼女が常に新しい情報を学んでいるという、魔術に対する真剣な姿勢の表れであり、ソフィアは密かに尊敬していた。
とはいえ皆がその熱意を、結婚相手探しに注いでくれと思っているのが、悲しい話なのだが。
ひとしきり魔術の話をすると、メーナはお茶で口の中を潤し、ソフィアに別の話題を振った。
「そういえば、お兄と結婚してそろそろ一年が経つわね。どう? お兄とは」
「私の不手際でオーバル様の足を引っ張らないように、毎日必死よ」
「いや、そういうことじゃないんだけど……何ていうか……義務で夫婦やってますって感じよね、二人とも」
「そ、そんなことないわ」
そう否定はしたが、メーナが何を言いたいのかは分かっている。
ソフィアにとっては嬉しい結婚だった。
一目惚れした相手と夫婦になれたし仲の良い義妹も出来た。
ただオーバルにとっては、良いことではなかっただけで――
気付けば、スカートの上に置いていた手が視界に映っていた。どうやら無意識のうちに下を向いていたようだ。
慌てて顔を上げると、メーナがこちらを見つめていた。ソフィアと目が合うと腕を組み、眉間に皺を寄せた。
「ま、お兄が上手くやってないことは、よーーく分かったわ!」
「そ、そんなことない! オーバル様は良くしてくださっているわ! 実家にいたときよりも、良い暮らしをさせてくださっているし! 私ね、嫁いできた時、あまりの食事量の多さに驚いちゃったのよ?」
「ふふっ、あんなお兄を庇ってくれてありがと、ソフィア」
本心を伝えたつもりだったが、メーナの少し残念そうな表情を見て、それ以上の言葉を飲み込んだ。いくら言葉を重ねても、今の彼女には逆効果だろう。
(仲良く……か……必要だからではなく、オーバル様が心の底から求めてくれたなら……)
その時、自分はどんな気持ちになるだろうか。
だが疑問は虚しさへと変わった。
ソフィアは僅かに肩を落とし、すっかり冷めてしまったお茶に口を付けると、メーナが何かを思い出したようにポンッと手を打った。
「そうそう、一番大切なことを忘れてたわ! 今日はソフィアに一つ、お願いがあってきたの」
「お願い? 新しい占いを試したいの?」
「今日は占いじゃなくて、私、最近魔術研究の一環で、催眠術の勉強をしてて、試しにかけさせて貰いたいの」
「え? 催眠術? でもそういうのはいつもオーバル様にお願いしてるんじゃ……」
「お兄は魔術の実験台になって貰ってるから、催眠術が効きにくいんじゃないかと思って……こんなことを頼めるのはソフィアしかいないの! お願い‼ 時間はとらせないから!」
メーナが両手を合わせ、頭を下げた。
ここまで強く頼まれたら、断ることは出来ない。
メーナは研究熱心だが魔術を成功させたことはまだ一度もない。催眠術も勉強中とのことなので危険はないだろう。
60
お気に入りに追加
311
あなたにおすすめの小説
みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています
中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。
病弱令嬢ですが愛されなくとも生き抜きます〜そう思ってたのに甘い日々?〜
白川
恋愛
病弱に生まれてきたことで数多くのことを諦めてきたアイリスは、無慈悲と噂される騎士イザークの元に政略結婚で嫁ぐこととなる。
たとえ私のことを愛してくださらなくても、この世に生まれたのだから生き抜くのよ────。
そう意気込んで嫁いだが、果たして本当のイザークは…?
傷ついた不器用な二人がすれ違いながらも恋をして、溺愛されるまでのお話。
*少しでも気に入ってくださった方、登録やいいね等してくださるととっても嬉しいです♪*
婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)
彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
無理やり婚約したはずの王子さまに、なぜかめちゃくちゃ溺愛されています!
夕立悠理
恋愛
──はやく、この手の中に堕ちてきてくれたらいいのに。
第二王子のノルツに一目惚れをした公爵令嬢のリンカは、父親に頼み込み、無理矢理婚約を結ばせる。
その数年後。
リンカは、ノルツが自分の悪口を言っているのを聞いてしまう。
そこで初めて自分の傲慢さに気づいたリンカは、ノルツと婚約解消を試みる。けれど、なぜかリンカを嫌っているはずのノルツは急に溺愛してきて──!?
※小説家になろう様にも投稿しています
変装して本を読んでいたら、婚約者さまにナンパされました。髪を染めただけなのに気がつかない浮気男からは、がっつり慰謝料をせしめてやりますわ!
石河 翠
恋愛
完璧な婚約者となかなか仲良くなれないパメラ。機嫌が悪い、怒っていると誤解されがちだが、それもすべて慣れない淑女教育のせい。
ストレス解消のために下町に出かけた彼女は、そこでなぜかいないはずの婚約者に出会い、あまつさえナンパされてしまう。まさか、相手が自分の婚約者だと気づいていない?
それならばと、パメラは定期的に婚約者と下町でデートをしてやろうと企む。相手の浮気による有責で婚約を破棄し、がっぽり違約金をもらって独身生活を謳歌するために。
パメラの婚約者はパメラのことを疑うどころか、会うたびに愛をささやいてきて……。
堅苦しいことは苦手な元気いっぱいのヒロインと、ヒロインのことが大好きなちょっと腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(作品ID261939)をお借りしています。
恋して舞い上がっていましたが、熱烈な告白は偽りのようです~ポンコツ前向き聖女と俺様不機嫌騎士団長のすれ違い~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
聖女として隣国の問題解決を命じられノースウッド大国に訪れたキャロラインだったが、他の聖女たちのやらかしの後で、挽回すべく妖精や精霊との交渉で国に貢献していた。
そんなキャロラインの傍にいたのが、護衛兼世話係のリクハルドだった。
最悪の出会いから、一緒に過ごして恋に落ちたのだが──。
「あと少しで聖女殿も落とせる。全部、当初の計画通りだよ」
黒の騎士団長と正体を明かし、リクハルドからプロポーズを受けて舞い上がっていた聖女キャロラインは、偶然国王との会話を耳にしてしまう。
それぞれの立場、幼馴染の再会と状況の変化などで──すれ違う。様々な悪意と思惑が交錯する中で、キャロラインは幼馴染の手を取るのか、あるいはリクハルドと関係が修復するのか?
婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~
春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。
6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。
14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します!
前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。
【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる