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第2話 言い伝え①
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アレクトラ侯爵家の若き当主オーバルは、社交界デビューをした当初から貴族令嬢たちの憧れの的だった。
もちろんソフィアも例外では無かった。
たまたま父親の仕事に同伴した際、遠目からではあるが初めてオーバルを見たとき、視線を逸らすことができなかったほどだ。
一目惚れだった。
思わず駆け寄りたくなる衝動に駆られたが、相手が侯爵家の人間だと思い出し、グッと堪えたのを覚えている。
しかし残念ながら、ソフィアの恋が叶う可能性はゼロ。
何故なら彼女の家であるグラウディー家は、子爵家ではあるが衰退の一途を辿っていて、発展を続けるアレクトラ侯爵家と格差があったからだ。
それに当時、女癖が悪いと評判な令息との婚約が、祖父の言いつけによって決まりかけていた。相手の父親は祖父が懇意にしている貴族で、ソフィアを息子の嫁にすればグラウディー家に援助をする約束をしていたため、祖父はこの縁談をまとめようと躍起になっていた。
当初は両親とともに抵抗していたが、社交場に出かけようとすると祖父の妨害を受け、二十歳になっても結婚相手を見つけられずにいた。
これ以上年齢を重ねてしまえば、結婚すら危うくなる。娘の将来を心配した両親は、祖父の申し出を了承し、ソフィアも諦めた。
そんなとき、今度開催される夜会にオーバルが出席すると風の噂が届く。
せめて最後に彼を一目見たい。
何とか夜会の参加を祖父から許可して貰うと、ソフィアは妹と、お目付役の母とともに夜会に挑んだのだった。
しかし、夜会でオーバルを見つけることはできなかった。かといって近くにいる人間に、話題の侯爵様が来るかを尋ねる勇気も気力もない。
母親は妹と一緒に、結婚相手の物色に夢中だ。
妹にはきちんとした相手と結婚して欲しいと願いながら、ソフィアは一人、庭園に出た。
夜の庭園は静かだった。ポツポツと明かりがついているため視界に問題はない。
人の目から逃げ出せて、ホッと息を吐き出したそのときだった。
「あ、あのっ、占いや魔術はお好きですか⁉」
「えっ?」
大きな声がした隣を見ると、小柄な女性がソフィアを見ていた。年齢的には、妹と同じだろうか。
艶やかな金髪を上の方でまとめ、煌びやかな髪飾りを着けている。だがそんな飾りよりも印象的なのは、丸く大きな紫色の瞳。少し頬が丸みを帯びているため、美しさよりも愛らしさが出ているが、かなりの美貌の持ち主だ。
それに比べて自分はどうだ。
今は髪をアップしているが、解くとくるっと曲がってしまう長い赤毛に、少し垂れた茶色い瞳。首元が開いたドレスを着ると、浮き上がった鎖骨に驚かれてしまう程のひょろっとした体は、母のおさがりドレスで包まれている。
どう見ても、自分が並び立って良い相手ではない。
そんなことを頭の隅で考えながら、尋ねる。
「魔術や、占い……ですか?」
「ええ。私、実は魔術を学んでいて興味があるんです!」
異性でも同性同士であっても、初対面の相手に振るにはニッチすぎる話題だ。
魔術の知識はないが、占いはソフィアも嫌いではない。
目の前の女性から悪意を感じられないと判断すると、にっこりと笑い返した。
「そうなのですね。魔術は分かりませんが、占いなら好きですよ?」
「本当ですか⁉ やっと仲間に出会えたー‼」
(仲間……)
少し会話を交わしただけで、初対面から仲間に格上げされ、ソフィアは戸惑った。しかし目の前の女性は、拳を突き上げながら言葉を続ける。
「あ、自己紹介が遅れてごめんなさい。私のことはメーナと呼んでください」
「ならば私はソフィアと。それで、メーナさんはどうして魔術や占いがお好きなのですか?」
「実は私の家、魔術師の家系なのです。残っていた魔術の資料に興味本位で手を出したら、すっかりはまってしまって……」
「魔術師の家系ですか! それは凄いですね!」
「でも、魔術はすっかり衰退し、資料しか残っていないんですけどね。だから私、かつて我が祖先が編み出した魔術を蘇らせたくて、日々研究を続けているんです!」
メーナは拳を固めながら、熱く語った。
魔術師とは大昔に存在した、不可思議な力を使う存在のことだ。
かつては政治の深い部分にもかかわり、全盛期には爵位を賜った魔術師もいたほどだ。メーナの先祖もその一人なのだろう。
もちろんソフィアも例外では無かった。
たまたま父親の仕事に同伴した際、遠目からではあるが初めてオーバルを見たとき、視線を逸らすことができなかったほどだ。
一目惚れだった。
思わず駆け寄りたくなる衝動に駆られたが、相手が侯爵家の人間だと思い出し、グッと堪えたのを覚えている。
しかし残念ながら、ソフィアの恋が叶う可能性はゼロ。
何故なら彼女の家であるグラウディー家は、子爵家ではあるが衰退の一途を辿っていて、発展を続けるアレクトラ侯爵家と格差があったからだ。
それに当時、女癖が悪いと評判な令息との婚約が、祖父の言いつけによって決まりかけていた。相手の父親は祖父が懇意にしている貴族で、ソフィアを息子の嫁にすればグラウディー家に援助をする約束をしていたため、祖父はこの縁談をまとめようと躍起になっていた。
当初は両親とともに抵抗していたが、社交場に出かけようとすると祖父の妨害を受け、二十歳になっても結婚相手を見つけられずにいた。
これ以上年齢を重ねてしまえば、結婚すら危うくなる。娘の将来を心配した両親は、祖父の申し出を了承し、ソフィアも諦めた。
そんなとき、今度開催される夜会にオーバルが出席すると風の噂が届く。
せめて最後に彼を一目見たい。
何とか夜会の参加を祖父から許可して貰うと、ソフィアは妹と、お目付役の母とともに夜会に挑んだのだった。
しかし、夜会でオーバルを見つけることはできなかった。かといって近くにいる人間に、話題の侯爵様が来るかを尋ねる勇気も気力もない。
母親は妹と一緒に、結婚相手の物色に夢中だ。
妹にはきちんとした相手と結婚して欲しいと願いながら、ソフィアは一人、庭園に出た。
夜の庭園は静かだった。ポツポツと明かりがついているため視界に問題はない。
人の目から逃げ出せて、ホッと息を吐き出したそのときだった。
「あ、あのっ、占いや魔術はお好きですか⁉」
「えっ?」
大きな声がした隣を見ると、小柄な女性がソフィアを見ていた。年齢的には、妹と同じだろうか。
艶やかな金髪を上の方でまとめ、煌びやかな髪飾りを着けている。だがそんな飾りよりも印象的なのは、丸く大きな紫色の瞳。少し頬が丸みを帯びているため、美しさよりも愛らしさが出ているが、かなりの美貌の持ち主だ。
それに比べて自分はどうだ。
今は髪をアップしているが、解くとくるっと曲がってしまう長い赤毛に、少し垂れた茶色い瞳。首元が開いたドレスを着ると、浮き上がった鎖骨に驚かれてしまう程のひょろっとした体は、母のおさがりドレスで包まれている。
どう見ても、自分が並び立って良い相手ではない。
そんなことを頭の隅で考えながら、尋ねる。
「魔術や、占い……ですか?」
「ええ。私、実は魔術を学んでいて興味があるんです!」
異性でも同性同士であっても、初対面の相手に振るにはニッチすぎる話題だ。
魔術の知識はないが、占いはソフィアも嫌いではない。
目の前の女性から悪意を感じられないと判断すると、にっこりと笑い返した。
「そうなのですね。魔術は分かりませんが、占いなら好きですよ?」
「本当ですか⁉ やっと仲間に出会えたー‼」
(仲間……)
少し会話を交わしただけで、初対面から仲間に格上げされ、ソフィアは戸惑った。しかし目の前の女性は、拳を突き上げながら言葉を続ける。
「あ、自己紹介が遅れてごめんなさい。私のことはメーナと呼んでください」
「ならば私はソフィアと。それで、メーナさんはどうして魔術や占いがお好きなのですか?」
「実は私の家、魔術師の家系なのです。残っていた魔術の資料に興味本位で手を出したら、すっかりはまってしまって……」
「魔術師の家系ですか! それは凄いですね!」
「でも、魔術はすっかり衰退し、資料しか残っていないんですけどね。だから私、かつて我が祖先が編み出した魔術を蘇らせたくて、日々研究を続けているんです!」
メーナは拳を固めながら、熱く語った。
魔術師とは大昔に存在した、不可思議な力を使う存在のことだ。
かつては政治の深い部分にもかかわり、全盛期には爵位を賜った魔術師もいたほどだ。メーナの先祖もその一人なのだろう。
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