上 下
2 / 16

第2話 言い伝え①

しおりを挟む
 アレクトラ侯爵家の若き当主オーバルは、社交界デビューをした当初から貴族令嬢たちの憧れの的だった。

 もちろんソフィアも例外では無かった。
 たまたま父親の仕事に同伴した際、遠目からではあるが初めてオーバルを見たとき、視線を逸らすことができなかったほどだ。

 一目惚れだった。

 思わず駆け寄りたくなる衝動に駆られたが、相手が侯爵家の人間だと思い出し、グッと堪えたのを覚えている。

 しかし残念ながら、ソフィアの恋が叶う可能性はゼロ。
 何故なら彼女の家であるグラウディー家は、子爵家ではあるが衰退の一途を辿っていて、発展を続けるアレクトラ侯爵家と格差があったからだ。

 それに当時、女癖が悪いと評判な令息との婚約が、祖父の言いつけによって決まりかけていた。相手の父親は祖父が懇意にしている貴族で、ソフィアを息子の嫁にすればグラウディー家に援助をする約束をしていたため、祖父はこの縁談をまとめようと躍起になっていた。

 当初は両親とともに抵抗していたが、社交場に出かけようとすると祖父の妨害を受け、二十歳になっても結婚相手を見つけられずにいた。

 これ以上年齢を重ねてしまえば、結婚すら危うくなる。娘の将来を心配した両親は、祖父の申し出を了承し、ソフィアも諦めた。
 
 そんなとき、今度開催される夜会にオーバルが出席すると風の噂が届く。

 せめて最後に彼を一目見たい。

 何とか夜会の参加を祖父から許可して貰うと、ソフィアは妹と、お目付役の母とともに夜会に挑んだのだった。

 しかし、夜会でオーバルを見つけることはできなかった。かといって近くにいる人間に、話題の侯爵様が来るかを尋ねる勇気も気力もない。

 母親は妹と一緒に、結婚相手の物色に夢中だ。
 妹にはきちんとした相手と結婚して欲しいと願いながら、ソフィアは一人、庭園に出た。

 夜の庭園は静かだった。ポツポツと明かりがついているため視界に問題はない。
 人の目から逃げ出せて、ホッと息を吐き出したそのときだった。

「あ、あのっ、占いや魔術はお好きですか⁉」
「えっ?」 

 大きな声がした隣を見ると、小柄な女性がソフィアを見ていた。年齢的には、妹と同じだろうか。

 艶やかな金髪を上の方でまとめ、煌びやかな髪飾りを着けている。だがそんな飾りよりも印象的なのは、丸く大きな紫色の瞳。少し頬が丸みを帯びているため、美しさよりも愛らしさが出ているが、かなりの美貌の持ち主だ。

 それに比べて自分はどうだ。
 今は髪をアップしているが、解くとくるっと曲がってしまう長い赤毛に、少し垂れた茶色い瞳。首元が開いたドレスを着ると、浮き上がった鎖骨に驚かれてしまう程のひょろっとした体は、母のおさがりドレスで包まれている。

 どう見ても、自分が並び立って良い相手ではない。

 そんなことを頭の隅で考えながら、尋ねる。

「魔術や、占い……ですか?」
「ええ。私、実は魔術を学んでいて興味があるんです!」

 異性でも同性同士であっても、初対面の相手に振るにはニッチすぎる話題だ。

 魔術の知識はないが、占いはソフィアも嫌いではない。
 目の前の女性から悪意を感じられないと判断すると、にっこりと笑い返した。

「そうなのですね。魔術は分かりませんが、占いなら好きですよ?」
「本当ですか⁉ やっと仲間に出会えたー‼」
(仲間……)

 少し会話を交わしただけで、初対面から仲間に格上げされ、ソフィアは戸惑った。しかし目の前の女性は、拳を突き上げながら言葉を続ける。

「あ、自己紹介が遅れてごめんなさい。私のことはメーナと呼んでください」
「ならば私はソフィアと。それで、メーナさんはどうして魔術や占いがお好きなのですか?」
「実は私の家、魔術師の家系なのです。残っていた魔術の資料に興味本位で手を出したら、すっかりはまってしまって……」
「魔術師の家系ですか! それは凄いですね!」
「でも、魔術はすっかり衰退し、資料しか残っていないんですけどね。だから私、かつて我が祖先が編み出した魔術を蘇らせたくて、日々研究を続けているんです!」

 メーナは拳を固めながら、熱く語った。

 魔術師とは大昔に存在した、不可思議な力を使う存在のことだ。
 かつては政治の深い部分にもかかわり、全盛期には爵位を賜った魔術師もいたほどだ。メーナの先祖もその一人なのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

【完結 R18】ほかに相手がいるのに

もえこ
恋愛
こちらの作品及び続編は、恋愛小説大賞に応募中です。投票いただけると嬉しいです。 あらすじ 水無月葉月は現在、高校時代からの同級生と遠距離恋愛中。 そんな中、4月に就職した会社で、一回り近く年齢が上の大人な男性、杉崎修哉と出会う。 その彼も、年下の彼女と遠距離恋愛中… これは、既にお互いに交際相手のいる男女が、各々、自分の気持ち、欲望と対峙し、葛藤しながらも紡ぐ、恋と愛…そして性の物語。 男女それぞれの視点を描いています。 後半にかけて性的描写が圧倒的に増えていきますので、苦手な方はご注意ください。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

看守におもらし調教されるあたし…漏らしてイク女になりたくないっ!

歌留多レイラ
大衆娯楽
尿瓶におしっこするはずが、盛大にぶち撒けてしまい…。 治安の悪化から民間刑務所が設立された本国。 主人公の甘楽沙羅(かんら さら)は暴力事件がきっかけで逮捕され、刑務所で更生プログラムを受けることになる。 陰湿な看守による調教。 囚人同士の騙し合い。 なぜか優しくしてくる看守のトップ。 沙羅は閉ざされた民間刑務所から出られるのか? この物語はフィクションです。 R18要素を含みます。

処理中です...