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「……はは、バレていたか」
 
 殿下の口調が軽くなった。
 声は殿下と一緒だが、纏う雰囲気が一変する。

 整えられた私と同じ、金色の髪をかきあげると、諦めたようにふうっと大きく息を吐いた。

「ずっと隠しておきたかったんだけど、さすが聡明なアンティローゼだ」
「それですよ。『聡明なアンティローゼ』は、エリオット様しか呼ばれませんから」
「ああ、そうだったっけ。エリオットであった時期が長かったからな、ついボロが出てしまったな」
「全てご説明願いますか? あなたは一体……」

 殿下――いや、闇の声の主は、どかっと勢いよく椅子に座りなおすと足を組んだ。

「俺は、《全ての愛を君に》の《読者》の一人だ。ある日事故に遭って死に、エリオット・ディル・ダ・トロイメラルに転生したんだ」
「転生? つまりエリオット様の前世、ということでしょうか?」
「ああそうだ。ルシアの魔法にかかったことがきっかけで前世の記憶が蘇ったんだ」

 彼は苦笑いをしながら言葉を続けた。

「いやぁ、驚いたよ。だけど生前この物語が大好きだったから、エリオットとして生きてもいいかと思ってた。しかし、この世界は俺の知っている物語と同じではなかったんだ」
「そう……なのですか?」
「少なくとも、君が嫉妬に狂ってルシアをいびりたおす、なんて話ではなかったな」

 だから何かがおかしいと思った、と彼は語った。
 大好きな物語が改編されている。それが許せず、正しい結末にしたかったのだと。

「しかし俺自身、ルシアに魔法をかけられて何もできないし、歯がゆかったよ。俺の好きなキャラであるアンティローゼが《悪役令嬢》として断罪されるのを目の前で見続けるのは。それが執念になったからかな? 何度目かの物語が終わったとき、次の物語が始まるまで待機していた君の魂に話しかけることができるようになったんだ」

「そして私にこの世界の真実を、生き残る術を教えてくださったのですね? でも、ルシアに魔法をかけられたことをご存じだったのなら、教えてくださっても良かったのでは?」

「教えても良かったけど、解呪方法まで分からなかったし。皆の信頼がない状態で伝えたところで、君の言い分が皆に信じてもらえるとは思えなくてね」

 彼は肩をすくめた。

「それに君がどれだけ《読者》に《悪役令嬢》ではないと伝えても、ルシアを実際虐めていたら伝わらない。だからアンティローゼが本当の《悪役令嬢》でないことを行動で言動で示し、《読者》の共感を得るしか、君の本来の役割を取り戻す方法はなかったんだ」

「本当の役割? 私は《悪役令嬢》なのでは?」

「まさか。《全ての愛を君に》の本当の主人公は、アンティローゼ・レファ・エリオンフィール、君なんだよ。この世界は、君とエリオットが出会い、結ばれ、幸せになるために作られた物語だ」
 
 彼は小さく笑いながら首を横に振ると、美しい黒い瞳で真っすぐ私を貫いた。

「君はあの時、自分の力で奪われていた物語の主人公役を取り戻したんだよ」
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