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クラス分け

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 体を起こしながら布団を放り投げて、見つめた時計は8時15分を示していた。授業の開始は8時半。重いまぶたがすぐに軽くなったサクタは、ベッドから下りて大急ぎで朝の外出までのルーティーンを始めた。

 顔を洗って、冷蔵庫の中の麦茶で水分補給――朝ご飯を食べている時間はないので、歯磨きもしなくていいだろうと麦茶は口の中でかき混ぜながら飲んだ。トイレは削ることはできないので、ドアを開けたまました。

 そして、服が収納してある引き戸を開けるとスーツに手を伸ばした――

 あれ?届かない。それになんだこの服、小さい…………そうだった、俺子供に。

 小さな手足じゃ上のほうにかけてあるスーツをとることができなかった。それにもう、朝着るのはスーツじゃないことも思い出す。何より、収納にいつの間にか子供サイズの新品の服やズボンがが何着か入っていることに驚いた。

 服が配られることもパンフレットに書いてあったことだが寝起きの頭では昨日始まったばかりの非現実な出来事に理解が追いつかない。サクタは数秒頭を落ち着ける為に静止してしまったが時計を見て再び動き出す――もう行かないと。

 会社に持って行っていた必要最小限の小さな布製のペンケースだけを持って外に出る。賃貸マンションの自室から出て見えた景色は昨日と全く違って、外に出てもまだ室内。ありきたりで落ち着いているが、各部屋のドアだけは近代的な廊下を駆け抜けた。

 ここ数年の内に建てられて、小学校だと言われると目を丸くして見てしまうおしゃれな小学校。そんな建物は機能としては必要のないアーチ構造の飾りや三角形やひし形の窓で着飾っていて、屋上には中世のお城みたいな旗が立っていた。

 これから自分の学び舎になる建物をじっくりと眺めたいが、その時間がない。走りながら、中庭のベンチや太陽に照らされた芝生の匂いを眺めた。夜には満天の星空、朝には雲一つない春の日の太陽、作られた空間とは思えない世界がここにはある。

 校舎内に入って教室が並ぶ廊下が見えた時に、失念していたことが思い出される――入る教室が分からない。指定の教室とはどこだろうか。どこかで聞かされていただろうか。

 迷いながらもゆっくり歩いて前に進むと、最初の教室の手前に大きな紙が張り出されていた。上部に「クラス分け」と書かれたその紙にはA~Jの10に分けられた各クラスの名簿が掲示されていた。

 目を素早く動かしていく態勢に入ると、その甲斐はなかったが、幸運なことに「春日 桜太」の名前はすぐに見つかった。A組の名前の欄に出席番号順に並べられていたのであっという間だった。

 俺は――A組か。

 A組の場所は、三階だった。一階ずつざっと教室のドアの上にある看板を見て行って「A組」と書かれたものを見つけた。急いだので少し息切れしている。ドアに付いた半透明のガラスの前で3回、整える為の呼吸をしてからドアを開ける。

 子どもたちが教室という場所で授業が始まるまでの時間を各々、机の周りに集まって話したり本を読んだりして過ごしている――その純粋で輝く光景は、時間が止まってじっと見ていれば涙がでてきそうだった。

「おい、サクター」

「あれ、ヒロキ?」

「なんだよ。その反応はクラス分け見てないのか」

 教室内に踏み込むとすぐにヒロキが手を挙げながら駆け寄ってきた。

「見たけど、急いでたから」

「たしかに、遅かったな。寝坊か?たぶんお前以外はもう皆揃ってたぞ」

「ああ。昨日夜遅かったからな。でも、間に合って良かったあ」

 胸に手を当てて大きく息を吐きながら言った。黒板の上にある丸時計は8時27分か28分くらいになっている。

「ジュンも一緒のクラスだぜ」

「マジで」

 ヒロキが親指で自分の後方を指差す。その方向では黒板に向かって左端の一番前の席についているジュンがサクタに手を挙げていた。

「ラッキーだよな。つーかたぶん寮の部屋の並びがクラスで固まってるみたい」

「そうなんだ。安心したよ。クラスに話せる人がいて」

 ジュンの席の周りを囲んで雑談をする形になる。

「あ、落ち着く前に自分の席確認してきといたら。後ろに張り出されてるよ」

 ジュンが眼鏡を触りながらサクタに言った。

「あれか。ありがとう」

 机と机の間をクラスメイトを避けながら歩くのも久しぶりだった。自分の席を確認するとジュンと同じ列、窓際の後ろから二番目がそうだった。

「さっきの話の続きだけど、どうするんだろうなリンゴ先生。分身でもすんのかな」

「何の話?」

「クラス十個に分かれてるけど、リンゴ先生はどうやって授業すんのかなって話」

「たしかにそうだな」

「僕は映像でやるんじゃないかと思ってるんだけど」

 そういうのパンフレットには載ってなかったとサクタは思ったが、授業のことに関してはほとんど書いてなかった。

「リンゴ先生なら分身できても驚かないよな」

 サクタがそう言ったときに答えが教室の中に入ってきた。

「よーし。席につけ」

 教卓へ向かいながら、子供のほうを見ずに言った男はスーツ姿の大人の男だった。
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