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第4章 ケース3:みなみな私のもの

第31話 儘と

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「……え」

「悪夢始まっちゃったみたいだし行こうか。今日の仕事はきっと怖くないはず」

「……うん」

 凛太は春山が悪夢を怖いのに何でこのバイトを続けているのかを不思議に思ったが、その時聞こうとはしなかった。

 春山は背も低く、元からホラーが得意だとは思っていなかったが、実際このバイトを怖いと言った。凛太の勝手な春山像はホラー映画なんて見たら声を出して怖がりそうだ。

 そんな小さな彼女は臆することなく悪夢治療室へ歩く。

 とまと睡眠治療クリニックは1階にバイト準備室、院長室と各種医療器具や薬品の倉庫があって、2階3階が診察や治療をするフロアだった。悪夢治療室も2階にある。

「おはよう。春山さんに……そして草部君」

「おはようございます」

 今日も馬場院長はご機嫌そうだった。見たところいつもよりもご機嫌そうな度合いは高いかもしれない。今日は約束の日だねとでも言わんばかりにじっと凛太をにやっと見ていた。

「草部君調子はどうだい?」

「まあまあです。今日の患者さんは1人だけなんですよね」

「そうだね。1人だからすぐ終わるよ。早く終わったらコンビニでアイスでも奢ってあげようか。春山さんも。最近暑いから。今も外出たら夜とは思えない熱気がする」

 馬場は白衣の腕をまくって機械をいじっていた。予定では会えばまずやめることをちゃんと言おうと思っていたのだけど、凛太は世間話に付き合った。

「今度休みを作って飲み会とかもやりたいね。夏を乗り切るには休憩も必要だ。バイトの子も看護師さんも一緒にね。草部君はお酒はどうなの。よく飲む?」

「僕はそんなに飲まないですね。飲むときはけっこう飲むんですけど」

「弱い訳ではないんだ?」

「はい……回数は少ないんですけど飲むのは好きです」

「へー。春山さんは苦手だったよね」

「はい。私はあんまり……でも奢ってもらえるなら行きますよ」

「ははは。もちろん僕が奢るよ」

  声を出す前に頭の中で言葉を慎重に選んでしまう。そのせいで口と喉を上手く動かせずイントネーションが変になってしまった。

 凛太の中でバイトをやめるか続けるかの2大勢力がせめぎ合っていた。やめるが圧倒的に優勢だったはずなのに続けるが一転攻勢で勢いを増している。

 バイトの飲み会で春山の隣に座れでもしたら最高じゃないか。好きな子と偶然つながりができるなんて大学生が皆望むシチュエーションだ。

 これから仕事モードに入らないといけないのにそれどころではない。入る夢が怖くなさそうというのもつい考え事にばかり集中してしまう原因だった。

「じゃあまた今度飲み会のスケジュール立てるから君たちも適当に予定開けといてね。今は食べたいアイスでも考えときな」

 腕をまくった先から見える筋肉質で日焼けした手で馬場は機械を閉める。このままでは馬場の思い通りになってしまいそうだがそれを拒んでいない自分もいる。

 隣の機械では春山も寝転がっていて、目を閉じていた。その顔を見るとより考えが揺らぐ……。

 じゃあいっそ勢いに任せて……これから見る夢で……これから見る夢の感じで……自分のこれからを精査しよう。

 凛太はそう決めて、冷たい金属の中でガラス越しに春山の寝顔を見ながらゆっくり目を閉じた。

「おやすみなさーい」


 ……入った夢の中ではこの前と同じように患者らしき人物がすぐ目の前にいた。気持ちの悪い生物が夢の中に出てくるという女の患者。

 まるで待っていたかのように凛太と春山を見ると口角を上げて笑った。
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