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word43 「折原さん なぜ」③

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「――ねえねえ、開けていい」

「う、うん――いいよ」

 折原が急にかしましし始めたので、僕も急いで背負っていたギターケースを下ろした。

 すると、折原は奪い取るようにギターケースを受け取り、今度はそっとそれを机の上に下ろした。

「わあああ……綺麗……触っていい?」

「うん」

 そこから、折原のギター講釈が始まった――。

「――で、これがジャクソンギターの特徴なんだけど、このヘッドの部分!ここが尖がってるの。あ、コンコルドヘッドって言うんだけどね。ジャクソンギターは全体的に攻撃的なデザインというか……これはそうでもないんだけど……いやでも落ち着いていながら、ちょっとロックな部分がちらついてるのがたまんないね」

「へー……」

「これはたぶんソロイストかな……もしかしたらディンキーだけど……いや、ネックのところがスルーネックだから絶対ソロイスト!でしょ!?」

「あーたぶん、そう」

「ほらね」

 最初から思わず眉をひそめてしまいそうな言葉攻めを食らっていた僕は、ここでも1つ1つ言葉の意味を聞くのはやめた。

 その話口調は先ほどの折原や、普段僕が少ない情報から作り上げている折原のイメージとも違った。明らかなギターオタクによる、オタク特有の早口、どちらかと言えば落ち着いた子のイメージだったのだけど、子供みたいにはしゃいでいる。

 だけど、そのギャップがまた……かわいい。

「このギター高かったでしょ。いくらくらいした?」

「えっと、約10万円かな」

「10万円!?自分で買ったの?」

「うん、まあ」

「もしかして学校に内緒でバイトとかしてる?」

「いや……その、競馬でね。パカラパカラっと」

 言おうか戸惑ったが、競馬という言葉を口にすると同時に開き直って、馬の足音のように指で机を叩いた。

「競馬?それはそれで問題じゃない?」

「親がやってるのに俺も混ぜってもらって、それが何と連続的中。初めは5000円だったのに、気づけば30万円」

「え、やば。何その話。私もやろっかな、競馬」

「いや、ダメだから。って俺が言うのもなんだけど」

「はははっ。買ったのはどこ?」

「駅前の……」

「あ、あそこでしょ!ギター専門店!」

「駅前だけでよく分かったね。そんな駅前でもない場所なのに」

「私もよく行くんだ。週1回はいくかも。店長さんとも仲良くなっちゃったし」

「ってことはやっぱ折原さんも……あれくらいのギター好きなんだ」

 僕はそこでまた分かり切ったことを聞いた。

「うん」

 すると、折原は今日1番大きく頷いて見せた――。

 折原はかなりのギターオタクだった。僕がそうじゃないので正確には分からないけど、聞いてる感じでは男でフィギュアやカードを集めているような連中と似た雰囲気がある。

 歌もあれだけ上手いし、軽音部。考えてみれば意外な趣味ではないけれど、そのテンションに初めは驚かされた。

 しかし、さすが趣味の話である。戸惑いながらもこの話題に付き合ったおかげで折原とかなりの時間を一緒に過ごすことができた。

 この黒いギターを選んで本当に良かった。

「へー、ギター集めたりとかしてんの?」

「高校生って身分上、全然大したものじゃないけどね。ギターって高いし」

「そっかあ」

「でも知識はその辺の楽器屋にも負けないくらいあるよ」

「じゃあ、ギターのメーカーどれくらい言える?」

「えっと……ジャクソンでしょ、フェンダーでしょ……ギブソン、グレッチ……たぶん20くらいは言えると思うんだけど」

 目を輝かせて指を折っていく折原を見ていると、僕は幸せというものを確かに感じた。これも初めてのことだった。今までの嬉しかった時に抱いていたものとはレベルが違う。この体の中心から花が咲き乱れていくような感覚が幸せなのだ。

 それはもうオーバーフローしていて、部屋に入り込む前にあった緊張とか不安もすっかり飲み込んでしまった。

「ねえ、ギター弾いてみようよ」

 帰ると言っていたはずの折原はその後も音楽室にいてくれて、僕にギターの弾き方についてアドバイスしてくれたり、僕のギターを弾かせてほしいと言ってきた。僕にとっても大のお気に入りであるけれど、相手が折原なら断る理由は無かった。

 音楽室に入ってから1時間経っても、軽音楽部の部員は誰一人として現れなかった。折原はそれについて驚いていなかったし、たぶんそんなものなのだ。まさか2人きりになるなんて思っていなかったが、結果的に最高だった。

「――いやあ、ほんとめちゃくちゃ上手かったね」

「え、嬉しい。小学生の時からやってるからね」

「俺が参考にしてる動画の人とかと比べても遜色ないもん」

「まあ私はギター専門だしね。それ以外の楽器は全然で、部でもギターしかやってない」

「え?そうなの?」

「うん、歌うのもあんまり好きじゃないから――」

「え!?」

 その言葉を聞いた時、僕は反射のまま驚いた分を全て声にしてしまった。

 2人しかいないし、もう帰ろうかと荷物をまとめている時だった。音楽室の防音壁を楽器の音と同じく貫けるほどの声が響いた。
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