上 下
99 / 117

word39 「記憶 消す」④

しおりを挟む
 記憶、見た物を覚える。人間が当たり前にしていることだけど、詳細な仕組みは未だ解明されていないと聞く。

 どうやって見た物や聞いた物がデータとなって、どのように脳内に蓄えられているかはっきりと分かっていないのだ。おそらくは全世界で研究されているにもかかわらず。

 そして、それならば記憶を消す方法はもっと謎。

 いくつか推測で理論は提唱されているけれど、その理論通りに機能して、人間に使える道具として実用的なものなんてない。研究に研究を重ねて、いつかは開発される可能性はあるだろうけど、それはきっとまだまだ先。

 宇宙のどこかの星では販売されているらしいとはいえ、その未知の道具を使うのに僕は抵抗があった。だって、もし使い方を間違えたら危険なものな気がするし、宇宙のどこかで作られたということは地球人用ではないということだ。

 黒いパソコンに道具の安全性を尋ねてみたところでは、「安全だ」と言われた。念の為、2回検索を使って聞いてみたが、使い方を間違えたところで死ぬことは無いし、脳に大きなダメージが入ることも無いと表示された。
 
 黒いパソコンが言うのならこれは本当なのだろうけど、それでも使うのが怖い。どうしても来るべきの為に、試しておこうということができなかった。軽く試そうにも、実験対象がいなかったのだ。理由なく家族に試すのも戸惑ってしまう。

 だから、使う理由が欲しかった。使うのは抵抗があるけど、向こうから僕の秘密を探ってきたのであれば仕方がない。そんな状況を待っていた――。

 僕は姉の疑いの表情からあまり目を離さずに、片手だけで机に付いている鍵付きの引き出しから、記憶を消す道具を取り出す。まるで登山用の酸素缶のような形状をしているその道具、硬い缶の上に円錐状のカバーがついたノズルがあって、色は全身白色。酸素缶よりは一回り小さくてスマートだ。

 使い方も至ってシンプル。ただ対象にノズルを向けて、上部に付いたスイッチを押すだけ。頭に向けてスプレーを吹きかける感じだと教わった。そうすることで何か記憶を消す電波的なものが発せられるらしい。

 詳しい仕組みは分かってないけど、磁場やら電波的な攻撃。それを受けると受けた秒数の長さによってその分直近の記憶から消えていく。いくつか種類はあったけど、今僕が持っている物なら約2秒で1時間くらいの記憶が飛ぶ。ちなみにそのエネルギーの補給はできない、使い切りタイプだ。

 僕は待ったなしでそれを構えて、スイッチを人差し指で押す。すっと自分の後ろから取り出して。

 姉は避けようとはせず、何のつもりかと表情を曇らせるだけだった。やれるもんならやってみろという態度。僕の攻撃は当たったのだ。

 果たして効果はあるのか――。

 そんなことを考える暇もなく、姉の曇った表情が一瞬で無へと変わっていった――。

 視覚的には何も放出されていない。音も小さく、虫が飛ぶような低く細かい音がしただけ。それでも確かな効果を与えていると姉の表情で分かった。

 すかさずスイッチから指を離す。今回の場合長くやらなくても1時間か2時間くらいで充分である。

 攻撃をやめても姉は呆けたまま、立ち尽くしていた。自分が何をされたのか分からない。きっと今自分が何故弟の部屋で立っているのかも分からない状態なのだと僕は思った。

 僕もどうしていいか分からなくなった。けど、姉が何か考える前に何かしないとと思った僕は、部屋のドアを開けて、姉を部屋から押し出した。姉は無抵抗であっけなく部屋から出ていく。

 ドアを閉めると……ここ最近で1番大きく心臓が動いていた。手で触れなくても分かる。胸から飛び出そうなほど脈打っている。

 本当にこれで大丈夫だったのか。平和的に黒いパソコンを守れたのだろうか。

 しばらくそれを考えながら、ドアに背中を預けたままその場から動けなくなった…………。

 その日の夜、また姉が僕の部屋に黒いパソコンを探しに行こうという思考に至って、同じ展開になるかもと思われたが、もう来ることは無かった…………。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

タイムパラドックス

奈落
SF
TSFの短い話です

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...