97 / 117
word39 「記憶 消す」②
しおりを挟む
目の前の光景が信じられなくて、僕は固まった――。
振り向いただけで、全く予期してなかった展開にぶち当たったものだから、次の行動の正解がすぐに出てこない。けれど、1歩2歩と自然と体が動いて……。
「ちょっと何やってんだよ」
姉の肩を掴むと、僕は言った。
姉は僕の方を振り向きもしなかった。全く僕に対して反応を示さず、黒いパソコンを弄り続ける。
気付いていないはずはない。わざと無視しているのだ。
「やめろって」
それならばと、僕は姉の前から黒いパソコンを奪った。2つ折りにして脇に抱える。
そして、これから姉がどんな行動を取っても対処できるように考えを張り巡らせた……。
「何勝手に部屋の中入ってきてんだよ」
「……あんたやっぱり持ってたじゃんパソコン」
姉はまだこちらを見ずに行った。表情が分からなくて不気味である。
「ああ、持ってるよ。別にいいだろ」
そして僕は、1発目の返答から逆ギレの構えを取った。
もうバレてしまったのであればしょうがない。ここからパソコンを持ってないだなんてもう通りっこない。だったら、その点は諦める他ない。
重要なところはそこではないのだ。最悪、僕がパソコンを隠し持ってるという事実は知られても良い。まずいのは、この黒いパソコンが特別だということが他人に知られてしまうこと。
既に僕はその思考に辿り着いていた――。
「そのパソコンってさ……あんたが自分で買ったの……?」
「……うん。そうだよ」
「ふーん……それって、お母さんもお父さんも知らないよね?」
「いや、どうだろう。たぶん知らないかなあ……」
「じゃあさ……何で隠すの……そのパソコンを隠す意味は何?」
姉がついに僕と目を合わした。これは今この時のみならず、久しぶりのことであった。この前の黒いマウスを巡る争いがあってから、僕と姉はまともに話していない。
お互いに目を合わそうともしなかった。けれど、黒いパソコンを指差しながら姉は僕の目を見た。久しぶりに見た姉の顔は別に変りなく普通である。だがしかし、別人のような雰囲気を感じた。少し大人びたか。
「ねえ、何で隠すの?」
「別に……意味とかはないかな。机の上にあると、勉強ができないし」
「はい。嘘」
「は?」
「あんた嘘つく時、目逸らすもんね」
おそらくは僕の嘘を見抜く為に見ていたであろう視線はその役割を果たした。人の目を見て嘘をつけないのは僕も知っていることである。
だったら、こちらにもやることがある。
「あのな姉ちゃん。俺もこんなことしたくないけど、この前の奴……」
「あのアカウントなら消したよ」
「え」
「その話は2度とすんな」
さすがに、付け入るスキを残したままこんな大胆な作戦には出てないか……。取り出したスマホをすぐにポケットに戻す。
前の検索で知った姉の裏垢は消された。しかも僕も見たくないものだったのでそもそもとっくの昔に忘れてしまっている。
「あんた、絶対なんか隠してるよね。今もそのパソコン見たけど何かおかしかったもん。普通のパソコンじゃなかった。それ、本当は何なの?」
さすがは我が姉と言ったところだろうか。昔から勘がいい。もしかしたらもう何か気づいているのではないかと思ったが、本当にそうらしい。
少し状況が悪い。じゃあ、致し方ないか――。
「部屋にいる時なら入念には隠されてないんじゃないかと思って来たの。でも別に喧嘩しに来たわけじゃないわ。あたしも黙っててあげるから、あんたの秘密教えて」
たぶん姉の事だから、いくつか作戦を立てて乗り込んできていると思うのだ。僕が言い逃れできないように。僕が真実を明かすまでの算段を立てている。
絶体絶命――否、これは僕が望んでいた状況だった。ついに、この時がやって来たかと興奮してしまう。
事なきを得るには姉の記憶を消してしまうくらいしかないだろう。でも実はその検索は既に終えているのだ。
「記憶 消す」
これを検索したのは1ヵ月ほど前のことである……。
振り向いただけで、全く予期してなかった展開にぶち当たったものだから、次の行動の正解がすぐに出てこない。けれど、1歩2歩と自然と体が動いて……。
「ちょっと何やってんだよ」
姉の肩を掴むと、僕は言った。
姉は僕の方を振り向きもしなかった。全く僕に対して反応を示さず、黒いパソコンを弄り続ける。
気付いていないはずはない。わざと無視しているのだ。
「やめろって」
それならばと、僕は姉の前から黒いパソコンを奪った。2つ折りにして脇に抱える。
そして、これから姉がどんな行動を取っても対処できるように考えを張り巡らせた……。
「何勝手に部屋の中入ってきてんだよ」
「……あんたやっぱり持ってたじゃんパソコン」
姉はまだこちらを見ずに行った。表情が分からなくて不気味である。
「ああ、持ってるよ。別にいいだろ」
そして僕は、1発目の返答から逆ギレの構えを取った。
もうバレてしまったのであればしょうがない。ここからパソコンを持ってないだなんてもう通りっこない。だったら、その点は諦める他ない。
重要なところはそこではないのだ。最悪、僕がパソコンを隠し持ってるという事実は知られても良い。まずいのは、この黒いパソコンが特別だということが他人に知られてしまうこと。
既に僕はその思考に辿り着いていた――。
「そのパソコンってさ……あんたが自分で買ったの……?」
「……うん。そうだよ」
「ふーん……それって、お母さんもお父さんも知らないよね?」
「いや、どうだろう。たぶん知らないかなあ……」
「じゃあさ……何で隠すの……そのパソコンを隠す意味は何?」
姉がついに僕と目を合わした。これは今この時のみならず、久しぶりのことであった。この前の黒いマウスを巡る争いがあってから、僕と姉はまともに話していない。
お互いに目を合わそうともしなかった。けれど、黒いパソコンを指差しながら姉は僕の目を見た。久しぶりに見た姉の顔は別に変りなく普通である。だがしかし、別人のような雰囲気を感じた。少し大人びたか。
「ねえ、何で隠すの?」
「別に……意味とかはないかな。机の上にあると、勉強ができないし」
「はい。嘘」
「は?」
「あんた嘘つく時、目逸らすもんね」
おそらくは僕の嘘を見抜く為に見ていたであろう視線はその役割を果たした。人の目を見て嘘をつけないのは僕も知っていることである。
だったら、こちらにもやることがある。
「あのな姉ちゃん。俺もこんなことしたくないけど、この前の奴……」
「あのアカウントなら消したよ」
「え」
「その話は2度とすんな」
さすがに、付け入るスキを残したままこんな大胆な作戦には出てないか……。取り出したスマホをすぐにポケットに戻す。
前の検索で知った姉の裏垢は消された。しかも僕も見たくないものだったのでそもそもとっくの昔に忘れてしまっている。
「あんた、絶対なんか隠してるよね。今もそのパソコン見たけど何かおかしかったもん。普通のパソコンじゃなかった。それ、本当は何なの?」
さすがは我が姉と言ったところだろうか。昔から勘がいい。もしかしたらもう何か気づいているのではないかと思ったが、本当にそうらしい。
少し状況が悪い。じゃあ、致し方ないか――。
「部屋にいる時なら入念には隠されてないんじゃないかと思って来たの。でも別に喧嘩しに来たわけじゃないわ。あたしも黙っててあげるから、あんたの秘密教えて」
たぶん姉の事だから、いくつか作戦を立てて乗り込んできていると思うのだ。僕が言い逃れできないように。僕が真実を明かすまでの算段を立てている。
絶体絶命――否、これは僕が望んでいた状況だった。ついに、この時がやって来たかと興奮してしまう。
事なきを得るには姉の記憶を消してしまうくらいしかないだろう。でも実はその検索は既に終えているのだ。
「記憶 消す」
これを検索したのは1ヵ月ほど前のことである……。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ワイルド・ソルジャー
アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。
世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。
主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。
旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。
ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。
世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。
他の小説サイトにも投稿しています。
女子竹槍攻撃隊
みらいつりびと
SF
えいえいおう、えいえいおうと声をあげながら、私たちは竹槍を突く訓練をつづけています。
約2メートルほどの長さの竹槍をひたすら前へ振り出していると、握力と腕力がなくなってきます。とてもつらい。
訓練後、私たちは山腹に掘ったトンネル内で休憩します。
「竹槍で米軍相手になにができるというのでしょうか」と私が弱音を吐くと、かぐやさんに叱られました。
「みきさん、大和撫子たる者、けっしてあきらめてはなりません。なにがなんでも日本を守り抜くという強い意志を持って戦い抜くのです。私はアメリカの兵士のひとりと相討ちしてみせる所存です」
かぐやさんの目は彼女のことばどおり強い意志であふれていました……。
日米戦争の偽史SF短編です。全4話。
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる