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第23話

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 初めての夫婦トラブルを乗り越えて数ヶ月経ったある日のこと。義姉であるフローラから手紙が届いた。

『ヴェロニカ様。もしよろしければ二人でお茶会をしませんか』

 今まで何回か二人きりでお茶会をしたことはあったが、手紙の雰囲気がいつもとは違う感じがして、私はすぐに返事を書いてソフィーに出してもらうようにお願いした。



 ◇◇◇



 それから約束の日。ソフィーと共に王宮へと赴いた。
 
 王族しか利用できないロイヤルガーデンへ入ると、そこにはすでにフローラ義姉様が待っていた。

「ごきげんよう、フローラ義姉様」
「ご機嫌よう。急なお手紙でしたのに来てくださりありがとうございます、ヴェロニカ様」

 フローラ義姉様の向かいに座ると義姉様の侍女が用意していたお茶を私の前に置いてくれる。

 飲むと花の香りがして味もすごく美味しいし、それに合わせた焼き菓子も私好み。アーデルヘルムも好きそうだ。帰る時にどこの茶葉とお店のか教えてもらおう。

 ふと、フローラ義姉様は何の用で呼んだのだろうかと思い出す。ただのお茶会ではないだろう。

 紅茶を飲みながら向かいに座る義姉様の様子を伺っていると、フローラ義姉様が自身のカップをソーサーの上に置いたので私もカップを置いた。

「実はヴェロニカ様にご報告がありまして」
「報告?」
「ええ。本当は殿下もご一緒する予定だったんですが急用が入ってしまって」
「エミリオ兄様も……」

 エミリオ兄様も用があったと聞くと無意識に背筋が伸びる。それは昔から忙しかった両親の代わりに五つ歳の離れた兄が親代わりに私たち兄弟の面倒を見てくれていたからだろう。

 時には厳しく、時には優しく。私がただのワガママお姫様に育たなかったのは兄様のおかげでもある。レオドール兄様とは二つしか離れていないのにあの差は何なのだろうか。

 ただ、怒る時は母よりも怖くて、私たち兄弟にはエミリオ兄様には逆らってはいけないと体に染み付いているが。

「実は」

 うーん、と意識が兄たちのことに行ってしまい、義姉様の声に慌てて呼び戻す。今日は義姉様の話を聞きに来たのだった。

「エミリオ殿下の子供を身籠りました」
「……へ」

 全く予想していなかった言葉に間抜けな声が出てしまった。目を丸くし口を小さく開けて固まる私とは対照的に、にこりと美しく微笑んでいるフローラ義姉様。

――今、義姉様なんて言った……? 兄の子供を身籠りました……? 子供……赤ちゃん?

「え、赤ちゃん!?」
「はい」

 ガタッと椅子から立ち上がった私をフローラ義姉様はふふ、と小さく笑う。

 なんか私だけテンションが上がっているのが恥ずかしくて義姉様の侍女に椅子を引いてもらい座り直す。

「えっと、その……おめでとうございます」
「ありがとうございます」

 祝福の言葉を述べるとフローラ義姉様は小さく頭を下げる。

――はあー……エミリオ兄様に子供が……私も叔母さんになるのね。実感が湧かないわ。

 突然のお知らせに頭が全くついていっていない。そりゃそうだ。見た目では義姉様に変わりがない。

「今何ヶ月なの?」
「三ヶ月です。まだ周りには内緒で」

 フローラ義姉様は綺麗な人差し指を自身の口元に当てるので私はもちろん頷く。

 王族の妊娠は重大事項だ。それが王、あるいは王太子の子供なら尚更。だからある程度の時期までは特定の人物を除いて秘密とされる。

 この平和な国にも王家に不満を持ち、反旗を翻そうと愚かなことを考える者も少なからずいる。そんな奴らに妊娠していると知られれば母子の命が危ない。

 だから妊娠が発覚した時点で妃の周囲は警備が厳しくなる。分厚くなればその分周りに怪しまれるのでバレない程度にガッチリと。

 今もロイヤルガーデンには二人のほかにフローラ義姉様の侍女が一人しかおらず、一緒に付いてきてくれたソフィーは外で待機してもらっている。

 出入り口には騎士団が待機しているが、騎士団の中でも必要最低限の人物にしか知らされていないだろう。


「それで暫くシュタインベック卿にはわたくしの警護に入ってもらうことになりました」
「なるほど」

 今日どうして私が呼ばれ、王族を離れた身である私にも早い段階で知らされたのかがようやく分かった。

 次期王となるエミリオ兄様の御子の警護に近衛騎士団長のアーデルヘルムが当てられるのは当たり前だ。

 御子が産まれるまでの間、アーデルヘルムが屋敷に帰ってくる頻度は極端に下がるだろう。

 結婚するまでは帰るのが面倒だったらしくほとんどを騎士団の宿舎で寝泊まりをしていたらしいが、私と結婚してからそれが嘘かのようにほぼ毎日帰ってきてくれている。

「ヴェロニカ様にはご迷惑をおかけいたします」
「フローラ姉様!」

 フローラ義姉様は深々と頭を下げるので私は慌てて立ち上がって義姉様のそばに行ってその手を取る。

「頭を上げて義姉様! 子供が産まれてくるのは素敵なことなんだから!」

 その言葉に嘘偽りはない。アーデルヘルムと会えなくなるのはすごく寂しいけれど、だからと言ってフローラ義姉様が頭を下げる必要はないのだ。

「ありがとうございます、ヴェロニカ様……」

 義姉様は胸に手を当てて嬉しそうに笑う。その表情を見届けて自分の席に戻り、カップを持って一口……。

「ところでヴェロニカ様は子供のご予定はないんでんですか?」
「っ! げほっげほっ!!」
「まぁ大変! どうしましょう!」

 飲み込みタイミングでのフローラ義姉様からの爆弾発言に食道を通ろうとした紅茶は誤って気管に入り、思い切り咳き込むと義姉様と侍女が慌て出すのが分かった。

 今度は義姉様が立ち上がって私の後ろに回り、背中を摩ってくれる。

 皆の憧れであるフローラ義姉様に背中を摩ってもらえるなんて、令嬢だけでなく男性方にも羨ましがられるだろう。

 侍女が新しく紅茶を用意してくれてそれを飲んで一息つく。

「ふぅ……」
「ごめんなさいヴェロニカ様。不躾な質問でした」
「ううん……えっと、その……まだ結婚したばかりだからそういうのは話してなくて……」
「あら。でも夜はご一緒されているのでしょう?」
「う……まぁ……はい……」

 前に下世話な質問をしてしまったから誤魔化すのもおかしくて素直に頷く。耳が熱いのは淹れたての紅茶を飲んだからではないだろう。

 うう、何であんな質問をしてしまったのだろう……。

「子供は授り物だし、急ぐ物でもないかなって」
「そうですわね。ただ歳をとっていくと授りにくくなると聞いたことがあります。シュタインベック卿はヴェロニカ様と十は離れておられているでしょう? お二人のことですからしっかりとお話しされてはいかがでしようか」
「うん……」

 フローラ義姉様はエミリオ兄様の一つ下だから私と四つしか変わらないのにすごく頼りになる。元々頼りになったが、母親になって守るものができて、義姉様の中で何かが変わったのかもしれない。

 初めての妊娠で、王となるかもしれない御子を身籠って、周りからのプレッシャーもあって、常に命の危険に晒されて。

「ねぇ、フローラ義姉様」
「はい?」
「不安じゃないの?」

 率直に聞くと義姉様は目をぱちくりとさせる。質問の意味を理解するとまだ出ていないお腹を愛おしそうに撫でた。その表情はもうすでに母親だった。

「不安がない、とは言えません。ですがお慕いしている方との御子を宿せたことの喜び、それに殿下が側にいてくださいますから。わたくしはすごく幸せですわ」
「……そっか」

 今日一番の笑顔を見れて私はそれ以上は聞かなかった。エミリオ兄様は果報者だ。義姉様を幸せにしなかったら私が許さない。
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