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第9話
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ついに始まった舞踏会当日。
城にはたくさんの貴族が登城し、舞踏会が始まるのを今か今かと待っている。
招待客が全員集まったことを確認した司会のマイク越しの声がシャンデリアが輝く大広間に響く。
『皆様。国王陛下と王妃殿下の御登場でございます』
その言葉に皆が玉座に注目する。国王と王妃が手を振るとその姿に皆が頭を下げた。
『お次に後方のドアをご覧ください。エミリオ王太子殿下とフローラ王太子妃、レオドール王子殿下とターニャ様、ユージオ王子殿下とニコラ様の御登場にございます』
閉められていたドアがまた開くと、腕を組み頭を下げるエミリオと妃であるフローラ、そしてその後ろをレオドールとユージオも婚約者の令嬢とともに大広間に入ってくる。
陛下の子息である三人の登場にたくさんの拍手が響き、ドアが閉まったタイミングで司会がまたマイクを口元に運ぶ。
『では皆様。また前方の階段を御覧ください。今回の舞踏会の主役であらせられます、ヴェロニカ王女殿下──』
その言葉に白い階段の上から緑色の美しいドレスを身に纏ったヴェロニカが一歩一歩、ゆっくりと降りてくる。一つ一つの所作の美しさに若い男性陣は息を呑んだ。
そんな彼女に皆が注目していると階段の下で一つの人影が動いた。
降りてくるヴェロニカとは反対に階段を登っていく男の背中に会場がざわついた。
二人は周りなど見えていないというようにお互いに向かって足を進め、階段の真ん中にある踊り場でつくとヴェロニカが差し出されたアーデルヘルムの腕を取り、階下にいる貴族たちへと揃って顔を見せる。
準備ができたことを確認した司会はマイクを口元に運ぶ。
『そして、この度ヴェロニカ王女殿下とのご婚約を発表されました。アーデルヘルム・シュタインベック男爵様にございます』
ヴェロニカとアーデルヘルムが深々と頭を下げると、たくさんの祝福の拍手の音が湧き上がった。
これで二人の婚約は正式に知れ渡ることとなった。
◇◇◇
それから玉座に座る父と母に二人で挨拶をして離れると、タイミングよく兄たちが近づいてきた。
三人は妹を絶対泣かせるなよと、特にレオ兄様がアーデルヘルムに念を押してきて、兄馬鹿もここまでくると酷いものね、と頭を抱えた。
兄たちはアーデルヘルムに任せ、私は後ろに控えていた兄の婚約者たちに声をかける。
「ヴェロニカ様、ご婚約おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
「ありがとう、三人とも」
エミリオ兄様の妃のフローラ義姉様に続いて兄二人の婚約者のターニャ様、ニコラがお祝いの言葉を送ってくれた。
以前から交流があったから全員と仲が良い。そんなみんなに祝ってもらえるのは嬉しかった。
男側と女側で談笑していると、大広間を流れていたゆったりとした楽器演奏がダンスの曲に変わったことに気づいた。
私たちはそれぞれパートナーの手を取り広間の真ん中に立つ。
最初のダンスは王家の者から決まっている。今日の主役の私とアーデルヘルムが真ん中、その周りに兄たちが手を取り曲に合わせて踊る。
あまり踊り慣れていないアーデルヘルムは、この日のために猛特訓をしたと聞いた。私の足を踏んでしまってはまずいからと。
練習するなら私とすれば良かったのにと言うと、カッコ悪い姿を見せるわけにはいかないらしく、男のプライドがあるらしい。
その成果もあり、アーデルヘルムはちゃんと私をリードしてくれて私も安心して踊ることができた。
ただ、当の本人は顔が強張っていて楽しんでいるようには見えない。私が目を見て微笑むと、気づいたアーデルヘルムはようやく頬を緩ませ最後には楽しく踊れていた。
曲を終えてお辞儀をするとたくさんの拍手が贈られる。そして一気に淑女たちがアーデルヘルムの周りに集まる。
元平民の貴族であれば疎まれるものなのだが、顔立ちと鍛え抜かれた体、そして物優しい性格から密かに女性たちに人気だった。
ここぞとばかりに次のパートナーにと詰め寄られているアーデルヘルムは困ったようにこちらを見てきた。
そうすると令嬢たちもこちらを見てくるので、私は婚約者として気丈なフリをして令嬢たちに「どうぞ?」と譲りアーデルヘルムの困った声を背に会場の隅に移動した。
ウェイトレスから飲み物を受け取り、頬を染める令嬢と踊っているアーデルヘルムを盗み見ていたのだが、王家とお近づきになろうとする貴族の男から逃げてヴァルコニーで涼むことにした。
慣れないお酒で熱った体を心地よい風が通り抜けていく。
昔からここから見る景色が好きだった。高台にある王城からは城下が一望できる。夜景はいつもの景色とは違って一段と素敵に見える。
「ヴェロニカ様」
景色を独り占めしていると後ろから声をかけられた。誰かすぐに分かり振り返ると、アーデルヘルムが半分ほど減った飲み物を持って隣に立つ。
「あら。もうお誘いはいいの?」
「二回踊ればいいと思いまして。私はヴェロニカ様の婚約者ですから、大事な婚約者を放ってはおけません」
「……そう」
思わずニヤニヤしてしまいそうになり、誤魔化すように飲み物を飲む。
「──ヴェロニカ様も他の男性に話しかけられてましたよね」
「え?」
さっきよりトーンの下がった言葉に顔を向けるもアーデルヘルムは自分のグラスを揺らしていてこちらを見ようとしない。
アーデルヘルムは踊っていたから、話しかけられたことを知られていたことに驚いた。
「あれはただの王族とお近づきになりたいだけの奴よ。あしらい方は兄様たちに教えられてるから何もないわよ」
「そうでしょうか……」
その物言いにちょっとイラッとする。何が言いたいのか分からず眉を顰めると、ようやくこちらを見たアーデルヘルムの瞳がいつもと違っていてドキッとする。
「あの中に好意を寄せてきた男もいたんじゃないですか」
「……はぁ?」
思わず品のない声が出てしまった。大広間とは少し離れているから他の人には聞こえてはいないだろう。
それにしても、どうも男の様子がおかしい。
「そんなわけないじゃない」
「分からないじゃないですか。今日のヴェロニカ様はいつもより素敵なんですから」
「……え」
いきなりの褒め言葉に顔に熱が集まる。そういえばまだこのドレス姿を褒められていなかった。
気恥ずかしくて流れていた髪を耳にかける。
「そ、そうかしら」
「はい。俺が贈ったドレス、すごく似合ってます。ヴェロニカ様の瞳ととても合ってます。ただ……」
「ただ?」
「俺のドレスが他の男の目に晒されていると思うと歯がゆいです」
「!?」
なんだこのド直球な褒め言葉は。本当にあのアーデルヘルムなのか?踊っていた時までは普通だったはずだ。
ふと、アーデルヘルムが持っている飲み物が空になっていることに気づいた。知らぬうちに残りも飲んですっかり酔っ払っているのだろう。
しかもこの酔い方はここに来る前にもう一杯飲んでいそうだ。気づいたら一人称が私から俺になっているし。
「俺のものだと周りに分からせるために選んだのに、逆にヴェロニカ様の魅力を上げてしまった。それに……」
「……それに?」
「……いえ」
何か言いたそうな顔をしていたのに、アーデルヘルムは私の耳元をジッと見つめて逸らした。なんなんだ。
それにしても、この男は酔ったらこんなに素直になるらしい。勉強になった。
「とにかく、そのドレスはもう着ないでください」
「え、せっかく素敵なドレスなのに……」
せっかく好きな人から贈ってもらったのに……。
「俺と2人きりの時だけにしてください」
「……わかったわよ」
パーティドレスだから部屋着ではないのだが、酔っ払いの戯言と真剣に話すのも馬鹿らしくなってきた。
きっと明日になったら何を話してたかも覚えてないだろう。
私は近くを通ったウェイトレスに声をかけて水をもらう。
「ほら、これ飲んで」
「あ、ありがとうございます」
アーデルヘルムはお礼を言って水を一気に煽って息を吐いた。
気づかなかったがもしかしたら今日ずっと緊張していたのかもしれない。
本音を隠す男の新たな一面を知れて嬉しい。
「──アーデルヘルム」
「はい?」
アーデルヘルムの虚をついてグイッと服を引っ張り、頬にキスをする。
目の前にはこれでもかと目を見開いたアーデルヘルムのポカンとした顔があって思わず笑ってしまう。
「私はあなたのものなんだから変な事気にしないの」
「え、あ、はい……」
酔いも覚めたのか、珍しく顔を赤くするアーデルヘルムに私は頬を緩ませ、慌てて追いかけてくる声を背に舞踏会へと戻ったのだった。
城にはたくさんの貴族が登城し、舞踏会が始まるのを今か今かと待っている。
招待客が全員集まったことを確認した司会のマイク越しの声がシャンデリアが輝く大広間に響く。
『皆様。国王陛下と王妃殿下の御登場でございます』
その言葉に皆が玉座に注目する。国王と王妃が手を振るとその姿に皆が頭を下げた。
『お次に後方のドアをご覧ください。エミリオ王太子殿下とフローラ王太子妃、レオドール王子殿下とターニャ様、ユージオ王子殿下とニコラ様の御登場にございます』
閉められていたドアがまた開くと、腕を組み頭を下げるエミリオと妃であるフローラ、そしてその後ろをレオドールとユージオも婚約者の令嬢とともに大広間に入ってくる。
陛下の子息である三人の登場にたくさんの拍手が響き、ドアが閉まったタイミングで司会がまたマイクを口元に運ぶ。
『では皆様。また前方の階段を御覧ください。今回の舞踏会の主役であらせられます、ヴェロニカ王女殿下──』
その言葉に白い階段の上から緑色の美しいドレスを身に纏ったヴェロニカが一歩一歩、ゆっくりと降りてくる。一つ一つの所作の美しさに若い男性陣は息を呑んだ。
そんな彼女に皆が注目していると階段の下で一つの人影が動いた。
降りてくるヴェロニカとは反対に階段を登っていく男の背中に会場がざわついた。
二人は周りなど見えていないというようにお互いに向かって足を進め、階段の真ん中にある踊り場でつくとヴェロニカが差し出されたアーデルヘルムの腕を取り、階下にいる貴族たちへと揃って顔を見せる。
準備ができたことを確認した司会はマイクを口元に運ぶ。
『そして、この度ヴェロニカ王女殿下とのご婚約を発表されました。アーデルヘルム・シュタインベック男爵様にございます』
ヴェロニカとアーデルヘルムが深々と頭を下げると、たくさんの祝福の拍手の音が湧き上がった。
これで二人の婚約は正式に知れ渡ることとなった。
◇◇◇
それから玉座に座る父と母に二人で挨拶をして離れると、タイミングよく兄たちが近づいてきた。
三人は妹を絶対泣かせるなよと、特にレオ兄様がアーデルヘルムに念を押してきて、兄馬鹿もここまでくると酷いものね、と頭を抱えた。
兄たちはアーデルヘルムに任せ、私は後ろに控えていた兄の婚約者たちに声をかける。
「ヴェロニカ様、ご婚約おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
「ありがとう、三人とも」
エミリオ兄様の妃のフローラ義姉様に続いて兄二人の婚約者のターニャ様、ニコラがお祝いの言葉を送ってくれた。
以前から交流があったから全員と仲が良い。そんなみんなに祝ってもらえるのは嬉しかった。
男側と女側で談笑していると、大広間を流れていたゆったりとした楽器演奏がダンスの曲に変わったことに気づいた。
私たちはそれぞれパートナーの手を取り広間の真ん中に立つ。
最初のダンスは王家の者から決まっている。今日の主役の私とアーデルヘルムが真ん中、その周りに兄たちが手を取り曲に合わせて踊る。
あまり踊り慣れていないアーデルヘルムは、この日のために猛特訓をしたと聞いた。私の足を踏んでしまってはまずいからと。
練習するなら私とすれば良かったのにと言うと、カッコ悪い姿を見せるわけにはいかないらしく、男のプライドがあるらしい。
その成果もあり、アーデルヘルムはちゃんと私をリードしてくれて私も安心して踊ることができた。
ただ、当の本人は顔が強張っていて楽しんでいるようには見えない。私が目を見て微笑むと、気づいたアーデルヘルムはようやく頬を緩ませ最後には楽しく踊れていた。
曲を終えてお辞儀をするとたくさんの拍手が贈られる。そして一気に淑女たちがアーデルヘルムの周りに集まる。
元平民の貴族であれば疎まれるものなのだが、顔立ちと鍛え抜かれた体、そして物優しい性格から密かに女性たちに人気だった。
ここぞとばかりに次のパートナーにと詰め寄られているアーデルヘルムは困ったようにこちらを見てきた。
そうすると令嬢たちもこちらを見てくるので、私は婚約者として気丈なフリをして令嬢たちに「どうぞ?」と譲りアーデルヘルムの困った声を背に会場の隅に移動した。
ウェイトレスから飲み物を受け取り、頬を染める令嬢と踊っているアーデルヘルムを盗み見ていたのだが、王家とお近づきになろうとする貴族の男から逃げてヴァルコニーで涼むことにした。
慣れないお酒で熱った体を心地よい風が通り抜けていく。
昔からここから見る景色が好きだった。高台にある王城からは城下が一望できる。夜景はいつもの景色とは違って一段と素敵に見える。
「ヴェロニカ様」
景色を独り占めしていると後ろから声をかけられた。誰かすぐに分かり振り返ると、アーデルヘルムが半分ほど減った飲み物を持って隣に立つ。
「あら。もうお誘いはいいの?」
「二回踊ればいいと思いまして。私はヴェロニカ様の婚約者ですから、大事な婚約者を放ってはおけません」
「……そう」
思わずニヤニヤしてしまいそうになり、誤魔化すように飲み物を飲む。
「──ヴェロニカ様も他の男性に話しかけられてましたよね」
「え?」
さっきよりトーンの下がった言葉に顔を向けるもアーデルヘルムは自分のグラスを揺らしていてこちらを見ようとしない。
アーデルヘルムは踊っていたから、話しかけられたことを知られていたことに驚いた。
「あれはただの王族とお近づきになりたいだけの奴よ。あしらい方は兄様たちに教えられてるから何もないわよ」
「そうでしょうか……」
その物言いにちょっとイラッとする。何が言いたいのか分からず眉を顰めると、ようやくこちらを見たアーデルヘルムの瞳がいつもと違っていてドキッとする。
「あの中に好意を寄せてきた男もいたんじゃないですか」
「……はぁ?」
思わず品のない声が出てしまった。大広間とは少し離れているから他の人には聞こえてはいないだろう。
それにしても、どうも男の様子がおかしい。
「そんなわけないじゃない」
「分からないじゃないですか。今日のヴェロニカ様はいつもより素敵なんですから」
「……え」
いきなりの褒め言葉に顔に熱が集まる。そういえばまだこのドレス姿を褒められていなかった。
気恥ずかしくて流れていた髪を耳にかける。
「そ、そうかしら」
「はい。俺が贈ったドレス、すごく似合ってます。ヴェロニカ様の瞳ととても合ってます。ただ……」
「ただ?」
「俺のドレスが他の男の目に晒されていると思うと歯がゆいです」
「!?」
なんだこのド直球な褒め言葉は。本当にあのアーデルヘルムなのか?踊っていた時までは普通だったはずだ。
ふと、アーデルヘルムが持っている飲み物が空になっていることに気づいた。知らぬうちに残りも飲んですっかり酔っ払っているのだろう。
しかもこの酔い方はここに来る前にもう一杯飲んでいそうだ。気づいたら一人称が私から俺になっているし。
「俺のものだと周りに分からせるために選んだのに、逆にヴェロニカ様の魅力を上げてしまった。それに……」
「……それに?」
「……いえ」
何か言いたそうな顔をしていたのに、アーデルヘルムは私の耳元をジッと見つめて逸らした。なんなんだ。
それにしても、この男は酔ったらこんなに素直になるらしい。勉強になった。
「とにかく、そのドレスはもう着ないでください」
「え、せっかく素敵なドレスなのに……」
せっかく好きな人から贈ってもらったのに……。
「俺と2人きりの時だけにしてください」
「……わかったわよ」
パーティドレスだから部屋着ではないのだが、酔っ払いの戯言と真剣に話すのも馬鹿らしくなってきた。
きっと明日になったら何を話してたかも覚えてないだろう。
私は近くを通ったウェイトレスに声をかけて水をもらう。
「ほら、これ飲んで」
「あ、ありがとうございます」
アーデルヘルムはお礼を言って水を一気に煽って息を吐いた。
気づかなかったがもしかしたら今日ずっと緊張していたのかもしれない。
本音を隠す男の新たな一面を知れて嬉しい。
「──アーデルヘルム」
「はい?」
アーデルヘルムの虚をついてグイッと服を引っ張り、頬にキスをする。
目の前にはこれでもかと目を見開いたアーデルヘルムのポカンとした顔があって思わず笑ってしまう。
「私はあなたのものなんだから変な事気にしないの」
「え、あ、はい……」
酔いも覚めたのか、珍しく顔を赤くするアーデルヘルムに私は頬を緩ませ、慌てて追いかけてくる声を背に舞踏会へと戻ったのだった。
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