16 / 28
第16話 生理現象
しおりを挟む
「起きたのね」
目を開いた僕の耳に、明莉の声が流れ込んできた。
「休めた?」
見ると、起き上がってソファに座っている明莉が、僕を気遣う目線で見つめてくれている。
「うん。寝てた」
「こんな状況で私が言うのもなんだけど……。いい夢、見れた?」
「…………」
僕は、答えなかった。明莉も、さほど関心がなかったのか、それ以上突っ込んでこない。テーブル上の明莉のスマホを見て時間を確認すると、深夜の十二時を過ぎていた。
僕らがサーヤさんに閉じ込められたのはお昼ごろだったから、半日も眠っていたことになる。ちょっと驚きながらも、精神的にも肉体的にも疲れていたんだと理解する。
今度は僕が明莉に聞いた。
「眠れた?」
「眠りはしなかったわ。長年の習性で、一人でないと眠れないの。でも休めたわ。時間は十分あったから」
「よかった。こんな状況で僕が言うのは変なんだけど、休めるときに休んだ方がいいと思う」
「そうね。気遣ってくれてありがとう」
明莉は感謝しているという声の後、言葉を切って黙り込んだ。
その、じっと座っている明莉。何か様子がヘンに見える。もじもじしているというか、じれているというか、やっぱり様子がヘンに見える。体調が悪いわけじゃなさそうだけど、でも、落ち着かない様子なので聞いてみた。
「どうしたの? 大丈夫? なんかヘンな感じだけど」
「……」
明莉は答えなかった。かわりに、僕の視線を避ける様に明後日の方向を向く。薄暗闇の中で見にくいけど、頬が薄っすらと染まっているように見える。
「本当に大丈夫? 問題があるなら……」
「何でもないわ」
「でも」
「何でもないって言ってるでしょ!」
明莉が、怒っていて苛立たしい、同時に言われて恥ずかしいという抑揚で答えてきた。
「それならいいんだ」
「……」
「ごめん。様子がおかしく見えたから……」
と、明莉は何やらもじもじする様子を見せた後、戸惑いながら言い難いという調子で途切れ途切れに返ししてきた。
「お……」
「え?」
「……」
「なに?」
僕が促すと、明莉は観念したという様子を見せる。
「お、おしっ……。ト……トイレに……行きたい」
消え入りそうな声で、明莉はそう言った。
「ああ、なんだ」
どうということないことで、ぜんぜんなんでもないことで、僕は安堵した。よかった。体調が悪くなったとかじゃなくて、本当によかった。
「なんだじゃないでしょ。どうすれいいのよ、こんな場所で」
「それは」
「それは?」
「普通にすればいいんじゃないかな? 生理現象で、生物なら普通で当たり前のことなんだし」
「すればいいんじゃないかなって、なんのつもりなのっ! 貴方がここにいるでしょ!」
「え? 僕は全然平気だよ。なんにも気にしないよ。僕もトイレしたくなるかもだけど、そうしたらどうしようもないから部屋の隅ででもするよ。どうしようもないし」
「私が気にするの!」
「人を……その、気に障ったらごめん。人を害したりするのはそれほど気にしないのに、トイレは気にするんだ」
「それとこれとは話が別よっ!」
明莉が声を爆発させた。音が外にまで響いて、たまたま廊下を歩いていた誰かが助けにきてくれればいいんだけどムリだよねと思いながら、無神経にも続けてしまった。
「人を害する方が全然大問題だと思うけど」
「私もそう思うけど自分でも全然わからないけどでも気にするのっ!」
「僕のお父さん、明莉も知っていると思うけど介護士だから、そういうのは全然平気なんだ。明莉の……その、下の世話とかでも、全然無問題」
「殺されたいの?」
刃の様な冷気、物凄い殺気を感じてさすがの僕も黙った。
「貴方に答えた私がバカだったわ!」
ふんっと、荒い息を吐いて僕から顔を背ける明莉。そのあとしばらく黙ってじっとしていたんだけど……。やがて身体を細かくゆするようになり、立って部屋を歩き出して、最後にはもう無理という様子で僕に告げてきた。
「見たら殺すからっ! 耳と鼻を塞いで! 息をするのもダメッ!」
「君が言うと冗談には聞こえない……うそごめん、あっちにいくね」
僕は部屋の隅に言って、しゃがんで顔を手で覆って丸まる。明莉が見えなくなってしばらく時間が経ってから。
「もういいわ」
声が聞こえたので、顔を隠していた手を外して立ち上がって振り向く。明莉は平然とした様子で、ソファに腰かけていた。着衣、制服に乱れもなく、泰然として優雅な様子。
僕は全然何も気にしてないんだけど、明莉は年頃の女の子らしく気にしているというか羞恥心があるっぽいから、何も言わないで僕もソファに座った。
不謹慎だけど……ナイトメアで人殺しの明莉が普通の女の子っぽいところがあったのがちょっと安心できるというか、明莉はやっぱり明莉なんだなぁって思えて、妙に嬉しかった閉鎖空間のひとときなのだった。
目を開いた僕の耳に、明莉の声が流れ込んできた。
「休めた?」
見ると、起き上がってソファに座っている明莉が、僕を気遣う目線で見つめてくれている。
「うん。寝てた」
「こんな状況で私が言うのもなんだけど……。いい夢、見れた?」
「…………」
僕は、答えなかった。明莉も、さほど関心がなかったのか、それ以上突っ込んでこない。テーブル上の明莉のスマホを見て時間を確認すると、深夜の十二時を過ぎていた。
僕らがサーヤさんに閉じ込められたのはお昼ごろだったから、半日も眠っていたことになる。ちょっと驚きながらも、精神的にも肉体的にも疲れていたんだと理解する。
今度は僕が明莉に聞いた。
「眠れた?」
「眠りはしなかったわ。長年の習性で、一人でないと眠れないの。でも休めたわ。時間は十分あったから」
「よかった。こんな状況で僕が言うのは変なんだけど、休めるときに休んだ方がいいと思う」
「そうね。気遣ってくれてありがとう」
明莉は感謝しているという声の後、言葉を切って黙り込んだ。
その、じっと座っている明莉。何か様子がヘンに見える。もじもじしているというか、じれているというか、やっぱり様子がヘンに見える。体調が悪いわけじゃなさそうだけど、でも、落ち着かない様子なので聞いてみた。
「どうしたの? 大丈夫? なんかヘンな感じだけど」
「……」
明莉は答えなかった。かわりに、僕の視線を避ける様に明後日の方向を向く。薄暗闇の中で見にくいけど、頬が薄っすらと染まっているように見える。
「本当に大丈夫? 問題があるなら……」
「何でもないわ」
「でも」
「何でもないって言ってるでしょ!」
明莉が、怒っていて苛立たしい、同時に言われて恥ずかしいという抑揚で答えてきた。
「それならいいんだ」
「……」
「ごめん。様子がおかしく見えたから……」
と、明莉は何やらもじもじする様子を見せた後、戸惑いながら言い難いという調子で途切れ途切れに返ししてきた。
「お……」
「え?」
「……」
「なに?」
僕が促すと、明莉は観念したという様子を見せる。
「お、おしっ……。ト……トイレに……行きたい」
消え入りそうな声で、明莉はそう言った。
「ああ、なんだ」
どうということないことで、ぜんぜんなんでもないことで、僕は安堵した。よかった。体調が悪くなったとかじゃなくて、本当によかった。
「なんだじゃないでしょ。どうすれいいのよ、こんな場所で」
「それは」
「それは?」
「普通にすればいいんじゃないかな? 生理現象で、生物なら普通で当たり前のことなんだし」
「すればいいんじゃないかなって、なんのつもりなのっ! 貴方がここにいるでしょ!」
「え? 僕は全然平気だよ。なんにも気にしないよ。僕もトイレしたくなるかもだけど、そうしたらどうしようもないから部屋の隅ででもするよ。どうしようもないし」
「私が気にするの!」
「人を……その、気に障ったらごめん。人を害したりするのはそれほど気にしないのに、トイレは気にするんだ」
「それとこれとは話が別よっ!」
明莉が声を爆発させた。音が外にまで響いて、たまたま廊下を歩いていた誰かが助けにきてくれればいいんだけどムリだよねと思いながら、無神経にも続けてしまった。
「人を害する方が全然大問題だと思うけど」
「私もそう思うけど自分でも全然わからないけどでも気にするのっ!」
「僕のお父さん、明莉も知っていると思うけど介護士だから、そういうのは全然平気なんだ。明莉の……その、下の世話とかでも、全然無問題」
「殺されたいの?」
刃の様な冷気、物凄い殺気を感じてさすがの僕も黙った。
「貴方に答えた私がバカだったわ!」
ふんっと、荒い息を吐いて僕から顔を背ける明莉。そのあとしばらく黙ってじっとしていたんだけど……。やがて身体を細かくゆするようになり、立って部屋を歩き出して、最後にはもう無理という様子で僕に告げてきた。
「見たら殺すからっ! 耳と鼻を塞いで! 息をするのもダメッ!」
「君が言うと冗談には聞こえない……うそごめん、あっちにいくね」
僕は部屋の隅に言って、しゃがんで顔を手で覆って丸まる。明莉が見えなくなってしばらく時間が経ってから。
「もういいわ」
声が聞こえたので、顔を隠していた手を外して立ち上がって振り向く。明莉は平然とした様子で、ソファに腰かけていた。着衣、制服に乱れもなく、泰然として優雅な様子。
僕は全然何も気にしてないんだけど、明莉は年頃の女の子らしく気にしているというか羞恥心があるっぽいから、何も言わないで僕もソファに座った。
不謹慎だけど……ナイトメアで人殺しの明莉が普通の女の子っぽいところがあったのがちょっと安心できるというか、明莉はやっぱり明莉なんだなぁって思えて、妙に嬉しかった閉鎖空間のひとときなのだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
透明人間の見えない生活 - invisible life -
ウタ
青春
蔭野 衛(かげの まもる)は高校入学を迎えた。新しい生活に想いを馳せると同時に不安もあった。それは透明人間である自分が楽しい学校生活を送れるかである。透明な彼が送る高校生活とは!?絶対不可視の学園コメディ
氷の蝶は死神の花の夢をみる
河津田 眞紀
青春
刈磨汰一(かるまたいち)は、生まれながらの不運体質だ。
幼い頃から数々の不運に見舞われ、二週間前にも交通事故に遭ったばかり。
久しぶりに高校へ登校するも、野球ボールが顔面に直撃し昏倒。生死の境を彷徨う。
そんな彼の前に「神」を名乗る怪しいチャラ男が現れ、命を助ける条件としてこんな依頼を突きつけてきた。
「その"厄"を引き寄せる体質を使って、神さまのたまごである"彩岐蝶梨"を護ってくれないか?」
彩岐蝶梨(さいきちより)。
それは、汰一が密かに想いを寄せる少女の名だった。
不運で目立たない汰一と、クール美少女で人気者な蝶梨。
まるで接点のない二人だったが、保健室でのやり取りを機に関係を持ち始める。
一緒に花壇の手入れをしたり、漫画を読んだり、勉強をしたり……
放課後の逢瀬を重ねる度に見えてくる、蝶梨の隙だらけな素顔。
その可愛さに悶えながら、汰一は想いをさらに強めるが……彼はまだ知らない。
完璧美少女な蝶梨に、本人も無自覚な"危険すぎる願望"があることを……
蝶梨に迫る、この世ならざる敵との戦い。
そして、次第に暴走し始める彼女の変態性。
その可愛すぎる変態フェイスを独占するため、汰一は神の力を駆使し、今日も闇を狩る。
暴走♡アイドル3~オトヒメサマノユメ~
雪ノ瀬瞬
青春
今回のステージは神奈川です
鬼音姫の哉原樹
彼女がストーリーの主人公となり彼女の過去が明らかになります
親友の白桐優子
優子の謎の失踪から突然の再会
何故彼女は姿を消したのか
私の中学の頃の実話を元にしました
私を返せ!〜親友に裏切られ、人生を奪われた私のどん底からの復讐物語〜
天咲 琴葉
青春
――あの日、私は親友に顔も家族も、人生すらも奪い盗られた。
ごく普通の子供だった『私』。
このまま平凡だけど幸せな人生を歩み、大切な幼馴染と将来を共にする――そんな未来を思い描いていた。
でも、そんな私の人生はある少女と親友になってしまったことで一変してしまう。
親友と思っていた少女は、独占欲と執着のモンスターでした。
これは、親友により人生のどん底に叩き落された主人公が、その手で全てを奪い返す復讐の――女同士の凄惨な闘いの物語だ。
※いじめや虐待、暴力の描写があります。苦手な方はページバックをお願いします。
あなたとぼくと空に住むひと
シラサキケージロウ
青春
六十年前、埼玉県にある新座という小さなまちが、突如空へと浮上した。
浮上当初は『天空のまち』として名を馳せた新座だが、いまではすっかり寂れてしまい、観光客などほとんどいないような状態である。
そんな町に住む主人公、在原行人はある日、年上の幼馴染である『青前さん』から、新座浮上の理由を探るように言われ……。
可愛いわたしはシスコンの先輩をオトしたい
楠富 つかさ
青春
わたし川崎桃花は学年で一番の美少女。しかしある日出会った先輩は、先輩自身の妹こそが一番だと言ってはばからない。どうやら先輩の妹とわたしは同級生らしい。こうなったら、わたしの可愛さを思い知らせてあげる必要があるみたいね。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
花霞にたゆたう君に
冴月希衣@商業BL販売中
青春
【自己評価がとことん低い無表情眼鏡男子の初恋物語】
◆春まだき朝、ひとめ惚れした少女、白藤涼香を一途に想い続ける土岐奏人。もどかしくも熱い恋心の軌跡をお届けします。◆
風に舞う一片の花びら。魅せられて、追い求めて、焦げるほどに渇望する。
願うは、ただひとつ。君をこの手に閉じこめたい。
表紙絵:香咲まりさん
◆本文、画像の無断転載禁止◆
No reproduction or republication without written permission
【続編公開しました!『キミとふたり、ときはの恋。』高校生編です】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる