上 下
162 / 189

148 何よりも大切な人

しおりを挟む
 奈央は目を見開き、ノアの言葉にショックを受けているようだった。
 しかし彼女は、ノアの言葉を否定することはなかった。

 眉間にしわを寄せ、しばらく考え込んだのち、奈央は小さく首を横に振った。
 そして顔を上げ、自身を取り囲む騎士たちを見る。
 奈央は悲しそうな顔をして、その場で深々と頭を下げた。
 騎士たちはそんな奈央の姿に、困惑の眼差しを向ける。


「……ごめんなさい。あなたたちに私の力が必要なことは、理解しています。それでも……夫には私が必要だし、私にも夫が必要なんです」

「聖女様、いったい何を……!」


 騎士が非難めいた声を上げたが、奈央は頭を下げたまま言葉を続ける。


「本当にごめんなさい!でも、私にはあの人が何よりも大切なんです。何を敵に回したとしても、あの人のそばにいたいの!」


 そうして、奈央はぱっと顔を上げた。
 その頬には涙が伝っていたが、瞳は力強く輝いている。
 まるで奈央の決心が伝わってくるかのように。


「私は元の世界に戻ります。私を待ち続けてくれている、あの人のところへ」


 奈央の言葉に一番に反応したのは、ルーシェだった。
 斎藤に押さえつけられたまま、低い声で「ふざけるな」と奈央を睨みつける。


「ろくでもない男一人のために、この国を捨てるというのか!国の民がお前のせいで苦しむことになっても、心は痛まないのか?!」

「……ごめんなさい」

「聖女様……。お気持ちは理解できますが、どうか考え直してください……!彼はあなたがいなくても生きていけますが、この国はあなたがいなければ滅んでしまうのです」


 ルーシェに続いて、騎士たちも奈央に説得の言葉を投げかける。
 奈央は苦しげな顔をしながら「ごめんなさい」と繰り返した。

 見ていられなくなって間に入ろうとしたところで、一人の騎士がぽつりと「もういいじゃないですか」と呟いた。
 思わぬ一言に、騒然としていた場が静まり返る。
 騎士は穏やかな声で続けた。


「聖女様はこれまで、誠心誠意この国のために尽くしてくださいました。誘拐同然にさらわれてきたというのに、我々に文句の一つも言ったことがない。この国は十分、聖女様の救いを受けてきました。これ以上を望むのは、酷というもの。元の世界へ帰りたいとおっしゃるのを止める権利は、我々にはありません」


 騎士の言葉に、ルーシェがわなわなと怒りに震える。
 そして整った顔を醜く歪ませながら、口汚く騎士を罵った。


「下賤のものが生意気な口をきくな!聖女にはまだまだこの国に、この僕に尽くしてもらわねばならない!」

「……それは、お前の愚かな欲望のためだろう。そもそも、聖女様がいなくなって国が滅ぶなど、誰が決めた?そうならないよう、みなが力を合わせればいいだけの話だろう」

「お、お前だと……!一介の騎士の分際で、この僕をお前呼ばわりするなど……!それにふざけた世迷言を……」

「許しがたいなら処刑するか?神に背くものだと言い渡して?」

「……っ!」


 騎士はやれやれといった様子で、両手を軽く上げる。
 そして奈央に向き直り、きれいな所作で礼をしてみせた。
 奈央もほかの騎士たちも、唖然として言葉も出ない様子だ。

 そんな奈央に軽く笑みをこぼし、騎士はかぶっていた兜を脱いだ。
 その姿に、奈央は驚いたように目を見開いた。
 肩まで伸びた銀髪に、青い瞳。
 20歳前後に見えるその男は、中性的で整った顔立ちをしている。
 一つ一つの所作の美しさから、身分の高さがうかがえる。


「先ほどの彼を愛しておられるから、我々の求婚に頑なに応じてくださらなかったのでしょう?」


 にこりと微笑んだ男に、奈央は小さく頷く。
 男はうんうんと満足そうに頷き返し、俺たちに向かって「聖女様をよろしくお願いいたします」と頭を下げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~

日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!  斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。  偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。 「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」  選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。

創造魔法で想像以上に騒々しい異世界ライフ

埼玉ポテチ
ファンタジー
異世界ものですが、基本バトルはありません。 主人公の目的は世界の文明レベルを上げる事。 日常シーンがメインになると思います。 結城真悟は過労死で40年の人生に幕を閉じた。 しかし、何故か異世界の神様のお願いで、異世界 の文明レベルを上げると言う使命を受け転生する。 転生した、真悟はユーリと言う名前で、日々、ど うすれば文明レベルが上がるのか悩みながら、そ してやらかしながら異世界ライフを楽しむのであ った。 初心者かつ初投稿ですので生暖かい目で読んで頂くと助かります。 投稿は仕事の関係で不定期とさせて頂きます。 15Rについては、後々奴隷等を出す予定なので設定しました。

ステ振り間違えた落第番号勇者と一騎当千箱入りブリュンヒルデの物語

青木 森
ファンタジー
原因不明の転落事故に見舞われた少年は、崖から落下中、時間が止まった世界で見目美しい女神と出会う。 しかし、一見おしとやか風の女神は少年の矢継ぎ早の質問に、 「ゴチャゴチャうっせぇんだよぉ、コゾウがぁ!」 ヤンキー張りの本性をさらけ出し、勇者召喚のノルマ達成の為に「異世界に行け」と強要する。 脅され、騙され、異世界に勇者として送られる気弱な少年。 たった一つ、ヤンキー女神から渡された「特殊スキル」を携えて。  「小説家になろう」様でも掲載。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました

うみ
ファンタジー
魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。 そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。 魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。 その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。 魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。 手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。 いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。

処理中です...