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109 感謝と激励

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 ふと、シャルロッテが少し寂しそうな顔をしていることに気づいた。
 どうした、と小声で問いかけると、なんでもないというふうに小さく首を振った。

 何にもないようには見えないのだが……。
 だが、あまり突っ込んでいい話かどうかはわからない。

 俺が悩んでいると、ロエナがふとこちらに視線を向けた。
 そして、優しく微笑んでシャルロッテを手招きした。
 戸惑いつつもゆっくり近づいてきたシャルロッテを、ロエナが勢い良く抱きしめた。


「これで、シャルとも正真正銘の姉妹になれますね!」


 心から嬉しそうに言うロエナに、シャルロッテはぽかんとした顔をした。
 勇司もロエナごとシャルロッテを抱きしめ、目に涙を滲ませて笑っている。

 そんなふたりに、シャルロッテは恥ずかしそうに笑って頷いた。

 どうやら先程は、勇司とロエナが二人の世界に入っていたので、ちょっとしたやきもちを焼いていたのかもしれない。
 あるいは、疎外感を抱いてしまったのだろう。
 でも、今はもう大丈夫みたいだ。


「シャルちゃん、よかったね」


 妻とノアもいっしょになって、シャルロッテを撫でまわしている。
 もみくちゃにされながら笑うシャルロッテは、年相応の子どもらしい表情をしていた。







 しばらく再会を喜んだのち、ノアは勇司とロエナに今後の話を始めた。

 なんでも、神の代替わりは無事に完了したが、世界の異変が収まるには数年の月日が必要なのだそうだ。
 その期間は魔物の増加や自然災害の発生などが続く。
 そうした危機にどう立ち向かえばいいか、ノアが丁寧に説明していた。

 勇司とロエナは、メモを取りながら真剣にノアの話を聞いている。
 今後ノアの助言を聞くことは難しいとわかっているのか、疑問点は細かいところまで質問していた。


 あらかた話が終わったところで、ノアは青く光る不思議な石を勇司に手渡した。
 そして小さな声で、勇司に何かを囁いた。
 勇司は少し驚いた顔をしつつも、覚悟を決めたように頷いた。

 俺がその石が一体何なのか気になったが、問いかけることはしなかった。
 わざわざ勇司にだけ耳打ちしているのだ。
 訊ねたところで、ノアが教えてくれるとは思えない。
 俺は好奇心にふたをして、きゃっきゃと話に花を咲かせている妻とシャルロッテを眺めていた。


「……瀬野さん」


 いつの間にか話が終わったのか、勇司に声をかけられた。


「いろいろ、ありがとな」

「いや、俺は大したことは何も」

「……妹のあんなに楽しそうな顔、久しぶりに見た。瀬野さんたちがそばにいてくれたおかげだと思う」

「そうだったらうれしいけどな」


 勇司は俺の言葉に、ふっと笑った。


「瀬野さんは気づいてないかもしれないけどさ、なんだかいっしょにいると心が軽くなる気がするんだよな」

「心が?」

「俺もさ、元の世界で瀬野さんに会ったときは荒み切ってた。自殺する勇気はなかったけど、早く死んでしまいたいとすら思ってたよ。でも、なんていうかな……瀬野さんって毒気が全然ない人じゃん?俺をバカにすることも、威嚇することもない。瀬野さんじゃなきゃ、初めて会った相手に異世界転移のこと、あんな風に話せなかったと思う」

「……勇司くん……」

「ほら、佐々木のおっさんは顔も怖いし、なんていうか棘があるじゃん?」

「はは、棘って……。まあ、佐々木さんも苦労していたみたいだしな」


 異世界転移被害者の会の代表である佐々木は、散々奇異の目にさらされてきたはずた。
 だからこそ、警戒心が強い。
 勇司が異世界からの帰還者だという話を耳にして、詳しい話を聞こうと自宅を訪問したときも、一触即発の空気になってしまったほどだ。


「瀬野さんと話してるとさ、警戒してんのがバカみたいに思えてくるんだよな」

「それは……いいことなのかな?」

「いいことだよ。少なくとも、俺にとってはそうだっと」


 勇司は、すっきりとした顔をしていた。
 その顔を見ていると、俺もなんだか、それでいいような気がしてきた。


「ところで……本当によかったのか?」

「何が?」

「元の世界、もう戻れないんだろ?シャルちゃんと姫様がいるとはいえ、やっぱり思うところもあるんじゃないか?」


 俺の言葉に、勇司は少しだけ考えるそぶりを見せて、首を横に振った。


「元の世界の生活はここに比べて便利だし、飯もうまいけどさ、やっぱり大切な人がそばにいないとな」

「そっか」

「あ、でも一つ、心残りがあったわ」

「心残り?」


 首をかしげた俺に、勇司がにっと笑った。


「そ。前に小説書いてるって言ったじゃん?あれ、完結しないままだったなって。完結してたら瀬野さんにも見せられたけど、未完じゃ厳しいなぁ」

「ふっ、なんだよ、それ。そういえば、タイトル教えてもらってない」

「絶対教えない」


 勇司が楽しそうに笑う。
 確か小説の内容は、勇司の異世界での冒険譚をもとにしたものだったはずだ。
 元の世界に帰ったら探してみよう、と密かに誓った。


「それじゃあ、そろそろ行こうか?」


 ノアが言った。
 これからもう、勇司やシャルロッテたちに会うことはないのかと思うと寂しくもあるが、俺には俺のやるべきことがある。


「ああ、行こう。詩織、おいで」

「うん。……シャルちゃん、姫様、元気でね」

「詩織ちゃんも。頑張ってね。怪我しないようにね」

「ありがとう」


 別れのハグをした二人は、目じりに涙が浮かんでいたけど、笑顔だった。


「イツキ様、シオリ様、ノア様。そして、コトラちゃんも……。この度は、本当にありがとうございました。世界を代表して、お礼を申し上げます」


 深々とロエナが頭を下げる。
 ノアはそんなロエナに、頭を上げるよう促した。


「これから数年、君たちにはさまざまな苦難が待ち受けているだろう。でも他人を思いやり、みんなで力を合わせれば、必ず乗り越えられるから、頑張ってね。……君たちなら、できると信じているよ」

「はい。……必ず」


 ロエナは勇司に目線を向け、二人で頷きあった。
 どんな困難も、彼らならきっと乗り越えられることだろう。

 ノアがぱちんと指を鳴らすと、また白い扉が現れた。
 ゆっくりと開いた光り輝く扉の先に、俺たちはそろって足を踏み出した。


「……瀬野さん!」


 光に包まれる間際、勇司が俺を呼んだ。


「瀬野さんならきっと、娘さんを取り戻せると思う!もう会えないけど、俺はいつでも瀬野さんの無事を祈っているから!だから絶対、家族そろって元の世界に戻れよ!!」

「……っ!」


 勇司の言葉に、胸が詰まるような思いがした。
 声を出したら泣いてしまいそうだったから、手をあげて答える。

 勇司とロエナとシャルロッテの笑顔が、光の中に消えていった。
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