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55 愚か者の戯言

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 少女は、恐る恐ると言った様子で「……嘘だよね?何か行き違いがあるだけだよね?」と兵士に訊ねる。
 兵士はためらないなく「もちろんです!」と答えた。
 そして、


「聖女様の御心を惑わす愚か者は、すぐに排除いたします。」


といって、ノアに切りかかる。
 とっさのことに、少女が声にならない悲鳴をあげる。

 しかし兵士の剣はノアを傷つけることなく、勢いよく跳ね飛ばされてしまった。
 にっこりと微笑むノアに兵士は舌打ちをして、詠唱を始める。
 剣が効かないのなら魔法で、ということなのだろう。

 ノアがもう一度指を鳴らすと、兵士の足元から蔓が伸び、兵士の身体に絡みついた。
 兵士は慌てて振り払おうとしたが叶わず、身動きが取れなくなって、ノアを睨みつける。


「愚か者はどちらの方かな?僕はね、人の道理も理解できないような悪い子は嫌いなんだ。」


 そして少女に向かって問いかける。


「聖女、君はどうだろう。愚かな彼らの妄言に騙され、目をそらす?それとも、真実を知る勇気がある?」


 返答に詰まる少女の肩を抱き寄せ、アランが「耳を貸すことはない。」と囁く。


「我々が君を騙すなんてありえない。やつらについていけば、危害を加えられる可能性が高い。」

「でも…あの子、とても嘘を言っているようには…。」

「平民は平気で噓をつく愚かな存在だ。大人だろうと子どもだろうと、姑息な手段で我々の財を奪おうと画策する。君の聖女としての力を得るため、あのような見え見えの嘘をついているのだろう。」

「……。」

「君の聖なる力は尊いものだ。それは世界のために活かされるべきであって、あのような者たちに悪用されるべきものではない。」


 少女は、アランとノアを交互に見つめ、迷いを振り切るように首を振った。
 そしてアランに向かって、まっすぐな目をして言った。


「私はあなたを愛しているし、あなたを信じている。だからこそ、彼らの話を聞いて、疑いを晴らしたい。」

「……その必要はない。君がいたずらに傷つくだけだ。」

「それでも……アランとネルが、私のことを守ってくれるんでしょう?」


 必死に訴えかける少女に、アランは少し驚いた様子だった。
 そして眉を下げ、微笑む。
 その表情を了承と取ったのか、少女もぱっと笑顔を浮かべる。

 だが、そんな少女を裏切るように、アランは「残念だよ。」と囁いた。

 言葉の意図がわからずに固まる少女を尻目に、アランは兵士に「連れていけ。」と指示を出す。
 アランの指示を受けた兵士は少女を拘束し、スラム街の外へ連れ出そうとする。


「ちょ、待って!離して!アラン、どういうつもり?!」


 暴れて抵抗する少女を冷たく睨みつけ「うるさい。」とアランが言った。
 そして兵士の中の一人を呼びつけ、その鎧を思い切り蹴りつけた。
 兵士はよろめいて倒れたあと、アランの前で土下座をして謝罪を繰り返す。

 そんなアランの様子を、少女は青ざめた顔で呆然と眺めていた。
 アランは少女のことなど一切気にせず、謝り続ける兵士を罵倒する。


「洗脳は完璧だと言っただろう!それを、あんなガキの言葉に簡単に騙されるとは…!この役立たずめ!」

「申し訳ございません!申し訳……っ!」

「……もういい。」


 アランはそう言い捨てると、兵士の首をあっさりとはねた。
 兵士の首はコロコロと転がり、少女の前で止まる。

 あまりの光景に、そこかしこで悲鳴が上がる。
 エメルや妻も同様で、俺はふたりが残酷な光景をこれ以上目にしないよう、背に庇った。

 少女はショックが大きかったのだろう。
 甲高い悲鳴を上げたあと、失神したのかぐったりと力なく崩れ落ち、兵士に身体を支えられていた。


 アランは長いため息をついて、ノアに向き直る。


「聖女に何をした?」

「何って?」

「国のトップレベルの魔術師がかけた洗脳をゆさぶったんだぞ?何かしたに違いないだろう。」

「あれでトップレベル?子どものおふざけかと思ったよ。」


 ふふふ、と小馬鹿にしたようにノアが笑う。
 アランは激昂するかと思ったが、なぜかふっと笑みを浮かべた。


「お前、よほど腕に自信があるのだな。……気に入った!この俺が直々にお前を召し抱えてやろう。」

「……。」

「報酬は弾むぞ。地位も名誉も手に入る。お前のような最下層の者にとっては、破格の待遇だ。」


 自信満々に言うアランに、ノアは「バカなの?」と返す。


「お断りに決まってるでしょ。どうして僕が、君のような性根の腐ったクズの相手をしてあげないといけないの?殺したくなるから、さっさとどこかへ行きなよ。」

「……は?お前、俺が誰だかわかっていて、そんな口を聞いているのか?」

「諸悪の根源でしょ。腐敗したこの世界の。」


 ノアの言葉に、アランがブルブルと震える。
 その顔は怒りで真っ赤に染まっていた。

 しかし、力量の差は心得ているのだろう。
 掴みかかってくることはなかった。
 ただ一言「覚えていろ」とだけ吐き捨て、踵を返す。

 兵士たちは慌ててそのあとを追い、残されたエキストラたちに解散を告げた。
 エキストラたちは報酬をもらっていないとごねたが、兵士の一人が氷の弾を威嚇として打ち込むと、文句を言うものはいなくなった。


 俺はただ、震える妻とエメルを庇い続けることしかできなかった。

 そんな俺の足元をすり抜け、コトラがノアの近くまで歩いて行った。
 そして「にゃおん」と一鳴きする。

 ノアはコトラに目を向けると、冷たく固い表情をやわらげた。
 俺たちの方を向き直り「それじゃあ、君の家族を探しに行こう。」とエメルに微笑むノアは、いつもの彼に戻っていた。
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