上 下
56 / 189

53 男の子と差別とご褒美

しおりを挟む
 ノアに連れられた先は、昨日も散策した大通りだった。
 先程までいたスラム街とは違う、華やかで清潔な雰囲気。
 昨日は目を奪われたが、今日は物悲しい気分にしかならなかった。

 ここで祭りを楽しむ人々は、知らないのだろうか?
 路地裏の片隅で空腹にあえぐ人を、命を落とし野ざらしのまま放置される人を。


「見てごらん、あそこに男の子がいるね。」


 ノアの指さす方を見てみると、ボロボロの服を着た男の子が所在なさげに立っていた。
 男の子は不安そうな表情をしていたが、やがて意を決したように、ひとつの屋台へ向かっていく。
 店主といくつか言葉を交わした男の子は、やがて悲しそうにうなだれた。
 店主はそんな男の子を煩わしそうににらみつけ、片手でしっしっと追い払った。

 とぼとぼと歩く男の子が屋台から離れたところで、ノアが「どうしたの?」と声をかける。
 急に声をかけられたことに驚いたのか、男の子はぱっとこちらを振り向いた。
 しかしすぐにうつむき「なんでもない。」と言って歩き始めてしまう。

 そんな男の子のあとをノアが追いかけるので、俺たちもそれに続いた。


「なんでもないって顔には見えないよ。」

「あんたには関係ないだろ。どっか行けよ。」

「話してくれたら、何か力になってあげられるかもよ?」


 呑気にしゃべるノアに腹が立ったのだろう。
 男の子は目を見開き、ノアに怒鳴りつけた。


「うるさいな!そんなに言うなら金をくれよ!」

「お金?何に使うの?」

「妹と弟に菓子を買ってやるんだよ!あいつら、一度も食べたことないから…。そのために俺、頑張って働いて金を貯めたのに、全然足りないって……。」


 男の子はとうとう泣き始めてしまった。
 慌てた妻が、男の子の肩を抱いて慰める。
 起こる気力ももうなくなってしまったのか、男の子は拒否することなく、しばらく泣き続けた。

 ノアはじっと、男の子が泣き止むのを待っていた。
 優しく、慈しむような眼差しで。







「ごめん……。」


 しばらく泣いて落ち着いたのか、男の子が言う。


「心配して声をかけてくれたのに、八つ当たりしちまった。」

「大丈夫。それより、いくら持ってるの?見せてごらん。」


 ノアに促され、男の子は握りしめていた拳を開き、いくつかの硬貨を見せる。


「……あれ?」


 確かに多いとは言えないが、お菓子のひとつも変えないほどだろうか?

 男の子の手にしているのは、この国の通貨で1024ラリラ。
 日本円にして、およそ500円ちょっとといったところだろうか。
 昨日俺たちが孤児院に買っていった串焼きが一つ600ラリラ、クッキーの瓶が1400ラリラだったことを考えると疑問に感じる。

 まして、さっき男の子が向かったのは飴細工の店だ。
 小さな飴のひとつくらい、手に入りそうなものだが…。


「伊月くん、さっきのお店に戻って、聞いてきてくれる?」


 ノアが言い、俺は頷いてすぐに先程の店に向かった。
 暇そうに頬杖をついている店主に声をかける。


「こんにちは。」

「お、らっしゃい!」


 気のいい笑顔を向ける店主は、まるで先程とは別人のようだ。


「ひとつおいくらですか?」

「小さいのが500ラリラ、中くらいのが700ラリラ、大きいのが1000ラリラだよ。」

「あ、意外とお安いんですね……。」

「そうか?飴細工なんてこんなもんだろ。」

「いや、さっき男の子がお金が足りないと諦めたところを見たので…、そんなに高価なのかと、気になったんです。」


「なんだ、見られてたのか。」


 店主は苦笑いして言う。


「金は持ってたんだけど、スラムのガキ相手に商売しちまうと、うちの格が下がっちまう。ほんっと、大人しく路地裏にいてくれればいいものを。」


 大げさに大きくため息をつく店主に、呆れてものを言えなかった。
 貧しい家庭の子どもというだけで差別をするのが、この国では常識なのだろうか。

 正直はらわたが煮えくり返りそうだったが、ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。
 店主には、連れにどのサイズがいいか訊ねてくると言って、その場をあとにした。
 店主は「待ってるぞ!」と明るく声をかけてくれたが、もう戻ることはないだろう。


 戻ってみんなに事の顛末を説明すると、ノアは「やっぱりね。」と眉をひそめた。
 妻もむっと怒った顔をしている。
 ただ男の子はそうした差別になれているのか、ただ「そっか。」と吐き捨てただけだった。


「どうしても飴がほしかったの?」


 俺が訊ねると、男の子は首を横に振った。
 どうやら、サイズも小さく安価で買えそうだと思ったらしい。


「じゃあ、これなんてどうかな?」


 鈴カステラのような小さくて丸いお菓子がたっぷり入った袋を男の子に見せ、俺は言った。


「戻ってくる途中の店で売っててさ、おいしそうだから買ってきたんだ。よかったら、君と弟くんと妹さんに食べてもらいたいなって。」

「え……なんで…。」


 男の子はお菓子の袋と俺を見比べて、戸惑った顔をしている。


「俺は異国の出身なんだけどさ、子どもには優しくするものだって教えられて育ったんだ。それに君は、勇気を出して弟と妹のために行動した。そんないい子には、ご褒美があって然るべきだろ?」

「ご褒美って……。」

「あ、それともほかのお菓子がよかったかな?一緒に選びに行く?」

「……いや…。」


 なおも困惑している男の子に、妻が言った。


「弟くんと妹ちゃん、喜んでくれるといいね!」


 男の子はその言葉にはっとして、小さく頷いた。
 震える声で「ありがとう。」と呟く男の子の頭をそっと撫でる。
 ふと、ノアがその様子を満足げに眺めていることに気づいた。

 思わず「なんだよ。」と返すと「君たちも立派ないい子だよ。」と笑った。
 照れ臭くなってそっぽを向いた俺には「ご褒美は、また今度、必ずね。」という小さなノアの声は聞こえなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~

日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!  斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。  偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。 「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」  選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。

婚約者に犯されて身籠り、妹に陥れられて婚約破棄後に国外追放されました。“神人”であるお腹の子が復讐しますが、いいですね?

サイコちゃん
ファンタジー
公爵令嬢アリアは不義の子を身籠った事を切欠に、ヴント国を追放される。しかも、それが冤罪だったと判明した後も、加害者である第一王子イェールと妹ウィリアは不誠実な謝罪を繰り返し、果てはアリアを罵倒する。その行為が、ヴント国を破滅に導くとも知らずに―― ※昨年、別アカウントにて削除した『お腹の子「後になってから謝っても遅いよ?」』を手直しして再投稿したものです。

創造魔法で想像以上に騒々しい異世界ライフ

埼玉ポテチ
ファンタジー
異世界ものですが、基本バトルはありません。 主人公の目的は世界の文明レベルを上げる事。 日常シーンがメインになると思います。 結城真悟は過労死で40年の人生に幕を閉じた。 しかし、何故か異世界の神様のお願いで、異世界 の文明レベルを上げると言う使命を受け転生する。 転生した、真悟はユーリと言う名前で、日々、ど うすれば文明レベルが上がるのか悩みながら、そ してやらかしながら異世界ライフを楽しむのであ った。 初心者かつ初投稿ですので生暖かい目で読んで頂くと助かります。 投稿は仕事の関係で不定期とさせて頂きます。 15Rについては、後々奴隷等を出す予定なので設定しました。

ステ振り間違えた落第番号勇者と一騎当千箱入りブリュンヒルデの物語

青木 森
ファンタジー
原因不明の転落事故に見舞われた少年は、崖から落下中、時間が止まった世界で見目美しい女神と出会う。 しかし、一見おしとやか風の女神は少年の矢継ぎ早の質問に、 「ゴチャゴチャうっせぇんだよぉ、コゾウがぁ!」 ヤンキー張りの本性をさらけ出し、勇者召喚のノルマ達成の為に「異世界に行け」と強要する。 脅され、騙され、異世界に勇者として送られる気弱な少年。 たった一つ、ヤンキー女神から渡された「特殊スキル」を携えて。  「小説家になろう」様でも掲載。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

処理中です...