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15 初盆はスイカとともに
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兄夫婦の初盆は、ひっそりと行うことにした。
本来であれば、親せきや知人を招いて盛大に行うそうだが、兄に丁重に断られてしまった。
それでいいのかと何度も問いかけたが、俺と秋良が弔ってくれたらそれで十分だと。
『ま、正直俺ここにずっといるし?あんまりみんなに集まってもらうと申し訳ないっていうか、恥ずかしいっていうか?』
なんてことを身体をクネクネさせながらふざけて言われたら、それ以上話を続けられなかった。
代わりに、普段よりもお供え物を豪華にした。
果物にお花、お菓子に日本酒。
秋良と相談して、兄と義姉が生前好んでいたものを中心に用意した。
精霊馬と精霊牛は、秋良に作ってもらった。
きゅうりとなすに爪楊枝で手足を作るだけで、あっというまに完成だ。
出来上がったものを見た秋良は「これが牛と馬?」と納得がいかない様子だったが。
俺が秋良といるときは、俺が不用意に反応しないよう、兄には極力姿を隠してもらっているが、今回はそばで見守ってもらった。
兄はやれ天才だ、芸術だと騒ぎ立てていてうるさかった。
俺は完成した精霊牛を眺めながら、このまま兄が成仏したらいやだな、などと不謹慎なことを考えていた。
弟としては、兄が成仏することを望むべきだろう。
しかし俺はまだ秋良の世話に自信がないし、何よりまだ兄といっしょにいたいと願ってしまっている。
ごめんな。
心の中で謝る。
兄はそんな俺の邪な心を知ってか知らずか、笑顔で『秋良の作品は写真に残しといてくれよ!』なんてのんきなことを言っていた。
※
「よっ!」
子どもたちを4人連れて、悠馬がやってきたのは夕方だった。
手には大きなスイカを持っている。
「どうしたんだ?」
「いや、今年はあいつらの初盆だろ?お前らだけでやるってのは聞いてたから、ちょっと挨拶だけな」
「わざわざありがとな。上がってくれよ」
「悪いな、邪魔するぜ」
お邪魔します、と口々に言いながら、悠馬の子どもたちが靴を脱ぐ。
悠馬は大きな身体を縮こませながた、一番下の子の靴を脱がせ、上の子たちが脱ぎ捨てた靴を並べた。
子どものころは、靴なんて並べたこともなかったのに。
悠馬も父親になったんだな、といまさらながら実感する。
部屋の中では、子どもたちがすでに遊び始めていた。
突然のうれしい来客に、秋良も喜んでいるようだ。
「おい、お前ら!秋良の父ちゃんと母ちゃんに挨拶するのが先だぞ!」
悠馬が一喝し、子どもたちは骨壺の前に集まる。
なぜか秋良もいっしょだ。
そして悠馬の真似をして、手を合わせる。
兄は骨壺や写真、位牌なんかを並べている机の横に座り、そんな悠馬をじっと眺めていた。
「よし、遊んでこい!」
悠馬からの許可が下り、子どもたちは和気あいあいと遊び始めた。
保育園も休みで退屈していたであろう秋良は、とくに嬉しそうだ。
子どもたちの様子を眺めながら、悠馬の持ってきてくれたスイカを8等分に切る。
そういえば、今年はまだスイカを食べていなかった。
『いや、いくらなんでもでかいだろ』
兄が背後から話しかけてきて、驚きのあまり包丁を落とすところだった。
すんでのところで握りしめ、ギロリと睨みつける。
兄は『悪い悪い』と言っているが、悪びれている様子は一切ない。
『でもこのサイズ、さずがにでかすぎるって。これから夕飯だろ?絶対食べらんなくなるって』
確かにそれはそうだ。
なら半分くらいか?
いや、半分でも十分多いか。
う~ん……と切り方に悩んでいると「どうした?」と悠馬が声をかける。
どのくらいのサイズがいいかと訊ねると「貸してみろ」と包丁を手に取った。
1/8サイズのスイカをさらに半分の厚さに切る。
それから放射状に包丁を入れたら、細長い三角形になった。
「でかいとその分、汁が垂れるからな。半分に切ってから格子状に切ってスティック状にしても食べやすいぞ」
「へぇ」
『さすが悠馬!子どもたち~、スイカ切れたぞ~!』
口元に両手を当て、兄が大声を上げる。
もちろん、誰一人振り向くことはない。
『あ……』
無意識だったのだろう。
兄は少しうなだれて『なんてな!』と笑って誤魔化した。
用意しておいた皿にスイカを乗せ、悠馬が先ほどの兄とまったく同じセリフで子どもたちを呼んだ。
子どもたちは一斉に振り向き、わらわらとスイカに群がってくる。
悠馬の前に立ち尽くしていた、兄の身体をすり抜けながら。
「ぼく、スイカ大好き!」
秋良が笑った。
「そうかそうか、いっぱい食え」
「うん!」
いただきます!と元気に挨拶をして、子どもたちがスイカを頬張る。
秋良も一生懸命種を手で取りながら、スイカを食べ進めた。
『俺が口から種を飛ばすとさ、あいつ怒るんだぜ』
独り言のように、ぼんやりとした声で兄が言う。
その瞳は秋良に向けられていたが、今兄がみているのは、今の秋良なのか、それとも過去の幻影なのか。
『ママがダメだって言ってたって。お行儀よく食べなさいって』
秋良は悠馬の末の子の口元を、ティッシュで拭いていた。
顔周りにスイカの汁がついているのが気になったらしい。
自分の服も、スイカの汁でところどころ赤く染めているのにお兄さんぶっている姿が、何ともほほえましい。
きっとあんな風に、兄や義姉が秋良の口元をぬぐっていたのだろう。
ふらふらと兄が秋良に近づき、後ろに腰掛ける。
『秋良、えらいなぁ。もうすっかりお兄さんだなぁ』
そう言って兄は笑っていたが、俺には兄が泣いているように見えて仕方なかった。
本来であれば、親せきや知人を招いて盛大に行うそうだが、兄に丁重に断られてしまった。
それでいいのかと何度も問いかけたが、俺と秋良が弔ってくれたらそれで十分だと。
『ま、正直俺ここにずっといるし?あんまりみんなに集まってもらうと申し訳ないっていうか、恥ずかしいっていうか?』
なんてことを身体をクネクネさせながらふざけて言われたら、それ以上話を続けられなかった。
代わりに、普段よりもお供え物を豪華にした。
果物にお花、お菓子に日本酒。
秋良と相談して、兄と義姉が生前好んでいたものを中心に用意した。
精霊馬と精霊牛は、秋良に作ってもらった。
きゅうりとなすに爪楊枝で手足を作るだけで、あっというまに完成だ。
出来上がったものを見た秋良は「これが牛と馬?」と納得がいかない様子だったが。
俺が秋良といるときは、俺が不用意に反応しないよう、兄には極力姿を隠してもらっているが、今回はそばで見守ってもらった。
兄はやれ天才だ、芸術だと騒ぎ立てていてうるさかった。
俺は完成した精霊牛を眺めながら、このまま兄が成仏したらいやだな、などと不謹慎なことを考えていた。
弟としては、兄が成仏することを望むべきだろう。
しかし俺はまだ秋良の世話に自信がないし、何よりまだ兄といっしょにいたいと願ってしまっている。
ごめんな。
心の中で謝る。
兄はそんな俺の邪な心を知ってか知らずか、笑顔で『秋良の作品は写真に残しといてくれよ!』なんてのんきなことを言っていた。
※
「よっ!」
子どもたちを4人連れて、悠馬がやってきたのは夕方だった。
手には大きなスイカを持っている。
「どうしたんだ?」
「いや、今年はあいつらの初盆だろ?お前らだけでやるってのは聞いてたから、ちょっと挨拶だけな」
「わざわざありがとな。上がってくれよ」
「悪いな、邪魔するぜ」
お邪魔します、と口々に言いながら、悠馬の子どもたちが靴を脱ぐ。
悠馬は大きな身体を縮こませながた、一番下の子の靴を脱がせ、上の子たちが脱ぎ捨てた靴を並べた。
子どものころは、靴なんて並べたこともなかったのに。
悠馬も父親になったんだな、といまさらながら実感する。
部屋の中では、子どもたちがすでに遊び始めていた。
突然のうれしい来客に、秋良も喜んでいるようだ。
「おい、お前ら!秋良の父ちゃんと母ちゃんに挨拶するのが先だぞ!」
悠馬が一喝し、子どもたちは骨壺の前に集まる。
なぜか秋良もいっしょだ。
そして悠馬の真似をして、手を合わせる。
兄は骨壺や写真、位牌なんかを並べている机の横に座り、そんな悠馬をじっと眺めていた。
「よし、遊んでこい!」
悠馬からの許可が下り、子どもたちは和気あいあいと遊び始めた。
保育園も休みで退屈していたであろう秋良は、とくに嬉しそうだ。
子どもたちの様子を眺めながら、悠馬の持ってきてくれたスイカを8等分に切る。
そういえば、今年はまだスイカを食べていなかった。
『いや、いくらなんでもでかいだろ』
兄が背後から話しかけてきて、驚きのあまり包丁を落とすところだった。
すんでのところで握りしめ、ギロリと睨みつける。
兄は『悪い悪い』と言っているが、悪びれている様子は一切ない。
『でもこのサイズ、さずがにでかすぎるって。これから夕飯だろ?絶対食べらんなくなるって』
確かにそれはそうだ。
なら半分くらいか?
いや、半分でも十分多いか。
う~ん……と切り方に悩んでいると「どうした?」と悠馬が声をかける。
どのくらいのサイズがいいかと訊ねると「貸してみろ」と包丁を手に取った。
1/8サイズのスイカをさらに半分の厚さに切る。
それから放射状に包丁を入れたら、細長い三角形になった。
「でかいとその分、汁が垂れるからな。半分に切ってから格子状に切ってスティック状にしても食べやすいぞ」
「へぇ」
『さすが悠馬!子どもたち~、スイカ切れたぞ~!』
口元に両手を当て、兄が大声を上げる。
もちろん、誰一人振り向くことはない。
『あ……』
無意識だったのだろう。
兄は少しうなだれて『なんてな!』と笑って誤魔化した。
用意しておいた皿にスイカを乗せ、悠馬が先ほどの兄とまったく同じセリフで子どもたちを呼んだ。
子どもたちは一斉に振り向き、わらわらとスイカに群がってくる。
悠馬の前に立ち尽くしていた、兄の身体をすり抜けながら。
「ぼく、スイカ大好き!」
秋良が笑った。
「そうかそうか、いっぱい食え」
「うん!」
いただきます!と元気に挨拶をして、子どもたちがスイカを頬張る。
秋良も一生懸命種を手で取りながら、スイカを食べ進めた。
『俺が口から種を飛ばすとさ、あいつ怒るんだぜ』
独り言のように、ぼんやりとした声で兄が言う。
その瞳は秋良に向けられていたが、今兄がみているのは、今の秋良なのか、それとも過去の幻影なのか。
『ママがダメだって言ってたって。お行儀よく食べなさいって』
秋良は悠馬の末の子の口元を、ティッシュで拭いていた。
顔周りにスイカの汁がついているのが気になったらしい。
自分の服も、スイカの汁でところどころ赤く染めているのにお兄さんぶっている姿が、何ともほほえましい。
きっとあんな風に、兄や義姉が秋良の口元をぬぐっていたのだろう。
ふらふらと兄が秋良に近づき、後ろに腰掛ける。
『秋良、えらいなぁ。もうすっかりお兄さんだなぁ』
そう言って兄は笑っていたが、俺には兄が泣いているように見えて仕方なかった。
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