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13 見えなくても、触れられなくても
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その夜、朦朧とする秋良は睡眠と覚醒を繰り返した。
水分を取らせた方がいいという兄の助言で、スポーツ飲料をこまめに飲ませた。
布団に寝かせると咳が出るようになって苦しそうだったから、一晩中抱っこし続けた。
長い長い夜だった。
信じられないほど身体の熱い秋良を抱いたまま、どうしようもない不安感に襲われた。
それでも俺が落ち着いていられたのは、兄がそばで『大丈夫だ』と励まし続けてくれたからだろう。
翌朝一番で、秋良を連れてかかりつけの小児科へ向かった。
昨日の夜、兄が母子手帳ケースのありかを教えてくれた。
母子手帳ケースの中には、保険証や診察券もいっしょに収納されていた。
診察券に書かれている病院名を、スマホを検索すると、ネットでの診察予約ページにたどり着いた。
IDは診察券番号、パスワードは誕生日。
兄の指示に従い、無事に予約を取ることができたのだ。
小児科までは、兄が案内してくれた。
徒歩で10分ほどの距離にあるそこは、俺も頻繁に通りがかることがあったが、小児科の存在には気づいていなかった。
受付で診察券を渡し、状況を説明する。
兄のアドバイスで、昨日の記録をスマホのメモに記入しておいたのだ。
発熱に気づいた時間、体温の経過、症状など、兄がいなければ十分に答えられなかったかもしれない。
朝になって、秋良の熱は多少下がっていた。
病院での測定では、37.9℃。
兄によると、熱は朝になると下がり、夕方から夜にかけて上がることが多いらしい。
かかりつけの医師は強面の老人だった。
子ども相手にも笑顔を見せず、固い印象だったが、説明は丁寧でわかりやすかった。
処方された薬を薬局で受け取り、帰宅する。
病院というと、長時間かかるイメージだったが、実質30分程度で済んだ。
やはり、予約できるという点が大きいのだろう。
秋良は、思ったよりも元気だった。
朝からしっかり水分をとれたし、受け答えもはっきりしていた。
ただ食欲はないようで、ゼリーしか食べられなかった。
帰宅して、薬を飲ませた後、寝かせようと思ったが、眠くないという。
どうしたものかと思ったが、兄が『自由にさせておいていい』というので、無理に寝かせることはしなかった。
「おじさん」
「ん?」
「昨日、寝てるとき、僕を抱っこしてたのっておじさん?」
「そうだよ」
「……そっか。パパだった気がしたんだけど……」
秋良は、どれだけ両親の死を理解しているのだろうか?
もう会えなくなったということはわかっているようだが、どこかでいつか帰ってくるような気がしているのかもしれない。
そんな秋良の言葉に、兄は寂しそうに微笑んでいた。
その姿が今にも消えてしまいそうで、見ていられなかった。
「抱っこしてたのは俺だけどさ、多分兄ちゃんも秋良のことを見守ってたと思うぞ?」
「そうなの?」
「ああ、兄ちゃん、秋良が大好きだからな。見えなくなっても、きっと秋良のそばにいるよ」
「……そっか」
そういう秋良は、どこか嬉しそうに見えた。
兄はいつの間にか俺たちに背を向けていて、どんな顔をしているのかわからなかったが、多分さっきよりはましな顔をしていることだろう。
そう思って、俺は笑った。
抱き上げた秋良の身体はまだ温かく、早く熱が引くことを祈った。
水分を取らせた方がいいという兄の助言で、スポーツ飲料をこまめに飲ませた。
布団に寝かせると咳が出るようになって苦しそうだったから、一晩中抱っこし続けた。
長い長い夜だった。
信じられないほど身体の熱い秋良を抱いたまま、どうしようもない不安感に襲われた。
それでも俺が落ち着いていられたのは、兄がそばで『大丈夫だ』と励まし続けてくれたからだろう。
翌朝一番で、秋良を連れてかかりつけの小児科へ向かった。
昨日の夜、兄が母子手帳ケースのありかを教えてくれた。
母子手帳ケースの中には、保険証や診察券もいっしょに収納されていた。
診察券に書かれている病院名を、スマホを検索すると、ネットでの診察予約ページにたどり着いた。
IDは診察券番号、パスワードは誕生日。
兄の指示に従い、無事に予約を取ることができたのだ。
小児科までは、兄が案内してくれた。
徒歩で10分ほどの距離にあるそこは、俺も頻繁に通りがかることがあったが、小児科の存在には気づいていなかった。
受付で診察券を渡し、状況を説明する。
兄のアドバイスで、昨日の記録をスマホのメモに記入しておいたのだ。
発熱に気づいた時間、体温の経過、症状など、兄がいなければ十分に答えられなかったかもしれない。
朝になって、秋良の熱は多少下がっていた。
病院での測定では、37.9℃。
兄によると、熱は朝になると下がり、夕方から夜にかけて上がることが多いらしい。
かかりつけの医師は強面の老人だった。
子ども相手にも笑顔を見せず、固い印象だったが、説明は丁寧でわかりやすかった。
処方された薬を薬局で受け取り、帰宅する。
病院というと、長時間かかるイメージだったが、実質30分程度で済んだ。
やはり、予約できるという点が大きいのだろう。
秋良は、思ったよりも元気だった。
朝からしっかり水分をとれたし、受け答えもはっきりしていた。
ただ食欲はないようで、ゼリーしか食べられなかった。
帰宅して、薬を飲ませた後、寝かせようと思ったが、眠くないという。
どうしたものかと思ったが、兄が『自由にさせておいていい』というので、無理に寝かせることはしなかった。
「おじさん」
「ん?」
「昨日、寝てるとき、僕を抱っこしてたのっておじさん?」
「そうだよ」
「……そっか。パパだった気がしたんだけど……」
秋良は、どれだけ両親の死を理解しているのだろうか?
もう会えなくなったということはわかっているようだが、どこかでいつか帰ってくるような気がしているのかもしれない。
そんな秋良の言葉に、兄は寂しそうに微笑んでいた。
その姿が今にも消えてしまいそうで、見ていられなかった。
「抱っこしてたのは俺だけどさ、多分兄ちゃんも秋良のことを見守ってたと思うぞ?」
「そうなの?」
「ああ、兄ちゃん、秋良が大好きだからな。見えなくなっても、きっと秋良のそばにいるよ」
「……そっか」
そういう秋良は、どこか嬉しそうに見えた。
兄はいつの間にか俺たちに背を向けていて、どんな顔をしているのかわからなかったが、多分さっきよりはましな顔をしていることだろう。
そう思って、俺は笑った。
抱き上げた秋良の身体はまだ温かく、早く熱が引くことを祈った。
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