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8 宙を舞う兄が掲げる生活改善(2)

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 空気を変えたくて、俺はほかの改善点の詳細を訊ねた。
 兄は表情を切り替え、一つずつ丁寧に説明を始める。


『今はさ、毎食弁当を買いに出かけているだろ?でも幼児を連れての買い物は大変だし、時間がかかる。だからといっていきなり自炊ってのは、もっときつい。だから、レトルト食品とか冷凍食品とかインスタント麺とか、簡単に用意できるものをストックしておけばいい』

「でも栄養が……」

『今時の冷食は優秀なんだぜ?気にせずどんどん頼って問題なし!それに、保育園では栄養満点のごはんを食べてるんだから、大丈夫!

 そんで延長保育は、俺たちもよく使ってたから。仕事の都合が悪くて、なかなかお迎えに行けないこともあるだろ?在宅だからって慌てて切り上げても、後でしわ寄せがきたんじゃお前が苦しくなるだけ。無理せず使えるものはどんどん使った方がいい』

「……わかった」

『あ、延長保育は秋良に悪いとか思うんじゃねえぞ?』

「いや、でも……」

『保育園には信頼できる先生がいるし、友だちもいるから大丈夫』


 兄がきっぱりと言い切る。
 俺はひとまず「わかった」と頷いた。


『あとは家事だな。お前ひとり暮らしのとき、ろくにやってなかったろ』

「う……。なんでそれを……」

『見てればわかる!』


 確かに、家事は苦手だ。
 自立して一人暮らしを始めてからはとくに、兄とともに暮らしていたときにはきちんとやっていた洗濯や掃除もおろそかになっていた。
 秋良と暮らすにあたってまじめに家事を行うようにしているが、正直大変かと聞かれれば大変だと即答するだろう。


『家事代行サービスを使ってもいいし、お掃除ロボットとか食洗器なんかの家電をそろえるのもいいな。あとは、宅配使って買い物の手間を減らしたり、便利なサービスはどんどん使うが一番!俺たち、共働きでそれなりに蓄えもあるし、遺産も適当に使ってくれ。

 あ、ただし秋良の養育費はしっかり残しといてくれよ?』

「いや、俺も多少貯金あるし、そっちから……」

『秋良のために必要なものだ。これから秋良の世話を丸投げするってのに、お前から金まで毟り取るつもりはない。それはお前の老後のためにしっかり蓄えとけって』


 兄はそう言うが、家事は秋良のためだけにするものではない。
 俺の生活のためにも必要なものだ。


「じゃあ、半分だけ。それ以上は譲れない!」


 俺がそう言い切ると、兄は『仕方ねえな』と笑った。


「で、最後の気を使うなってなんだよ?」

『お前、秋良に気を使いすぎて腫れ物に触るみたいになってるぞ?秋良もお前に遠慮しまくってるし。これから家族として生きていくなら、もっとラフに接した方がお互い気楽だろ?』

「でも秋良は……」

『両親を亡くして傷ついてる?』

「……っ!」

『そりゃ、なかなか受け止められないだろうな。でもさ、今まで楽しく遊んでくれてた叔父さんまでそんな気を使ってたらさ、あいつ素直に甘えられないと思うんだ』


 俺は確かに、秋良にどう接していいものか悩んでいた。
 兄夫婦が生きていたころの秋良も素直でかわいかったが、やんちゃでたまに驚くようなことをしでかすこともあった。
 しかし今の秋良は、大人しくただただであろうと必死なように見える。

 我儘も言わない。
 悪さもしない。
 甘えてくることもない。

 それはただ、環境が変わったこと、そして両親を失ったことによるのだと思っていたが、俺の態度がそうさせていたのだとしたら……。


「兄ちゃんたちの話とか、してもいいのかな?」

『いいだろ。むしろどんどんしてくれ。秋良が俺たちを忘れたらどうする』

「前みたいに抱っこしてもいいかな」

『いいと思うけど、結構重くなったぞ。腰に気をつけろよ』

「家のこととか、手伝ってくれって言ってもいいのか?」

『あいつ、率先して手伝いしてくれるだろ?あれは元からだぞ。手伝って褒められるのが大好きなんだ。どんどん頼って、どんどん褒めてやってくれ』


 なんだ。
 俺はどうやら、知らず知らず気張りすぎていたらしい。

 部屋の中をうろちょろ動き回る兄を見ていたら、いろいろ考えていたのがバカらしく思えてきた。


 明日になったら、起きてきた秋良を抱っこして「おはよう」と言ってみようか。
 そして、朝ごはんの準備と保育園の支度を手伝ってもらおう。

 そんなことを考えながら、大きなあくびをした。


『お前も寝なきゃな。子守歌歌ってやろうか?』


 兄がにやりと笑う。
 俺は丁重にお断りして、兄との邂逅に感謝した。

 俺と秋良の生活が心配で、見に来てくれたのだろう。
 もしかしたら、これは現実感あふれる夢なのかもしれないが、それでもかまわない。
 二度と会えないと思っていた兄との再会が叶い、こうして話ができただけで、俺は十分幸せだ。
 できることなら、秋良にも話をさせてやりたかったが……。


「兄ちゃん、俺、頑張るよ。……今までありがとう」


 改めて礼を告げると、兄は照れ臭そうに笑った。
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