8 / 34
8 宙を舞う兄が掲げる生活改善(2)
しおりを挟む
空気を変えたくて、俺はほかの改善点の詳細を訊ねた。
兄は表情を切り替え、一つずつ丁寧に説明を始める。
『今はさ、毎食弁当を買いに出かけているだろ?でも幼児を連れての買い物は大変だし、時間がかかる。だからといっていきなり自炊ってのは、もっときつい。だから、レトルト食品とか冷凍食品とかインスタント麺とか、簡単に用意できるものをストックしておけばいい』
「でも栄養が……」
『今時の冷食は優秀なんだぜ?気にせずどんどん頼って問題なし!それに、保育園では栄養満点のごはんを食べてるんだから、大丈夫!
そんで延長保育は、俺たちもよく使ってたから。仕事の都合が悪くて、なかなかお迎えに行けないこともあるだろ?在宅だからって慌てて切り上げても、後でしわ寄せがきたんじゃお前が苦しくなるだけ。無理せず使えるものはどんどん使った方がいい』
「……わかった」
『あ、延長保育は秋良に悪いとか思うんじゃねえぞ?』
「いや、でも……」
『保育園には信頼できる先生がいるし、友だちもいるから大丈夫』
兄がきっぱりと言い切る。
俺はひとまず「わかった」と頷いた。
『あとは家事だな。お前ひとり暮らしのとき、ろくにやってなかったろ』
「う……。なんでそれを……」
『見てればわかる!』
確かに、家事は苦手だ。
自立して一人暮らしを始めてからはとくに、兄とともに暮らしていたときにはきちんとやっていた洗濯や掃除もおろそかになっていた。
秋良と暮らすにあたってまじめに家事を行うようにしているが、正直大変かと聞かれれば大変だと即答するだろう。
『家事代行サービスを使ってもいいし、お掃除ロボットとか食洗器なんかの家電をそろえるのもいいな。あとは、宅配使って買い物の手間を減らしたり、便利なサービスはどんどん使うが一番!俺たち、共働きでそれなりに蓄えもあるし、遺産も適当に使ってくれ。
あ、ただし秋良の養育費はしっかり残しといてくれよ?』
「いや、俺も多少貯金あるし、そっちから……」
『秋良のために必要なものだ。これから秋良の世話を丸投げするってのに、お前から金まで毟り取るつもりはない。それはお前の老後のためにしっかり蓄えとけって』
兄はそう言うが、家事は秋良のためだけにするものではない。
俺の生活のためにも必要なものだ。
「じゃあ、半分だけ。それ以上は譲れない!」
俺がそう言い切ると、兄は『仕方ねえな』と笑った。
「で、最後の気を使うなってなんだよ?」
『お前、秋良に気を使いすぎて腫れ物に触るみたいになってるぞ?秋良もお前に遠慮しまくってるし。これから家族として生きていくなら、もっとラフに接した方がお互い気楽だろ?』
「でも秋良は……」
『両親を亡くして傷ついてる?』
「……っ!」
『そりゃ、なかなか受け止められないだろうな。でもさ、今まで楽しく遊んでくれてた叔父さんまでそんな気を使ってたらさ、あいつ素直に甘えられないと思うんだ』
俺は確かに、秋良にどう接していいものか悩んでいた。
兄夫婦が生きていたころの秋良も素直でかわいかったが、やんちゃでたまに驚くようなことをしでかすこともあった。
しかし今の秋良は、大人しくただただいい子であろうと必死なように見える。
我儘も言わない。
悪さもしない。
甘えてくることもない。
それはただ、環境が変わったこと、そして両親を失ったことによるのだと思っていたが、俺の態度がそうさせていたのだとしたら……。
「兄ちゃんたちの話とか、してもいいのかな?」
『いいだろ。むしろどんどんしてくれ。秋良が俺たちを忘れたらどうする』
「前みたいに抱っこしてもいいかな」
『いいと思うけど、結構重くなったぞ。腰に気をつけろよ』
「家のこととか、手伝ってくれって言ってもいいのか?」
『あいつ、率先して手伝いしてくれるだろ?あれは元からだぞ。手伝って褒められるのが大好きなんだ。どんどん頼って、どんどん褒めてやってくれ』
なんだ。
俺はどうやら、知らず知らず気張りすぎていたらしい。
部屋の中をうろちょろ動き回る兄を見ていたら、いろいろ考えていたのがバカらしく思えてきた。
明日になったら、起きてきた秋良を抱っこして「おはよう」と言ってみようか。
そして、朝ごはんの準備と保育園の支度を手伝ってもらおう。
そんなことを考えながら、大きなあくびをした。
『お前も寝なきゃな。子守歌歌ってやろうか?』
兄がにやりと笑う。
俺は丁重にお断りして、兄との邂逅に感謝した。
俺と秋良の生活が心配で、見に来てくれたのだろう。
もしかしたら、これは現実感あふれる夢なのかもしれないが、それでもかまわない。
二度と会えないと思っていた兄との再会が叶い、こうして話ができただけで、俺は十分幸せだ。
できることなら、秋良にも話をさせてやりたかったが……。
「兄ちゃん、俺、頑張るよ。……今までありがとう」
改めて礼を告げると、兄は照れ臭そうに笑った。
兄は表情を切り替え、一つずつ丁寧に説明を始める。
『今はさ、毎食弁当を買いに出かけているだろ?でも幼児を連れての買い物は大変だし、時間がかかる。だからといっていきなり自炊ってのは、もっときつい。だから、レトルト食品とか冷凍食品とかインスタント麺とか、簡単に用意できるものをストックしておけばいい』
「でも栄養が……」
『今時の冷食は優秀なんだぜ?気にせずどんどん頼って問題なし!それに、保育園では栄養満点のごはんを食べてるんだから、大丈夫!
そんで延長保育は、俺たちもよく使ってたから。仕事の都合が悪くて、なかなかお迎えに行けないこともあるだろ?在宅だからって慌てて切り上げても、後でしわ寄せがきたんじゃお前が苦しくなるだけ。無理せず使えるものはどんどん使った方がいい』
「……わかった」
『あ、延長保育は秋良に悪いとか思うんじゃねえぞ?』
「いや、でも……」
『保育園には信頼できる先生がいるし、友だちもいるから大丈夫』
兄がきっぱりと言い切る。
俺はひとまず「わかった」と頷いた。
『あとは家事だな。お前ひとり暮らしのとき、ろくにやってなかったろ』
「う……。なんでそれを……」
『見てればわかる!』
確かに、家事は苦手だ。
自立して一人暮らしを始めてからはとくに、兄とともに暮らしていたときにはきちんとやっていた洗濯や掃除もおろそかになっていた。
秋良と暮らすにあたってまじめに家事を行うようにしているが、正直大変かと聞かれれば大変だと即答するだろう。
『家事代行サービスを使ってもいいし、お掃除ロボットとか食洗器なんかの家電をそろえるのもいいな。あとは、宅配使って買い物の手間を減らしたり、便利なサービスはどんどん使うが一番!俺たち、共働きでそれなりに蓄えもあるし、遺産も適当に使ってくれ。
あ、ただし秋良の養育費はしっかり残しといてくれよ?』
「いや、俺も多少貯金あるし、そっちから……」
『秋良のために必要なものだ。これから秋良の世話を丸投げするってのに、お前から金まで毟り取るつもりはない。それはお前の老後のためにしっかり蓄えとけって』
兄はそう言うが、家事は秋良のためだけにするものではない。
俺の生活のためにも必要なものだ。
「じゃあ、半分だけ。それ以上は譲れない!」
俺がそう言い切ると、兄は『仕方ねえな』と笑った。
「で、最後の気を使うなってなんだよ?」
『お前、秋良に気を使いすぎて腫れ物に触るみたいになってるぞ?秋良もお前に遠慮しまくってるし。これから家族として生きていくなら、もっとラフに接した方がお互い気楽だろ?』
「でも秋良は……」
『両親を亡くして傷ついてる?』
「……っ!」
『そりゃ、なかなか受け止められないだろうな。でもさ、今まで楽しく遊んでくれてた叔父さんまでそんな気を使ってたらさ、あいつ素直に甘えられないと思うんだ』
俺は確かに、秋良にどう接していいものか悩んでいた。
兄夫婦が生きていたころの秋良も素直でかわいかったが、やんちゃでたまに驚くようなことをしでかすこともあった。
しかし今の秋良は、大人しくただただいい子であろうと必死なように見える。
我儘も言わない。
悪さもしない。
甘えてくることもない。
それはただ、環境が変わったこと、そして両親を失ったことによるのだと思っていたが、俺の態度がそうさせていたのだとしたら……。
「兄ちゃんたちの話とか、してもいいのかな?」
『いいだろ。むしろどんどんしてくれ。秋良が俺たちを忘れたらどうする』
「前みたいに抱っこしてもいいかな」
『いいと思うけど、結構重くなったぞ。腰に気をつけろよ』
「家のこととか、手伝ってくれって言ってもいいのか?」
『あいつ、率先して手伝いしてくれるだろ?あれは元からだぞ。手伝って褒められるのが大好きなんだ。どんどん頼って、どんどん褒めてやってくれ』
なんだ。
俺はどうやら、知らず知らず気張りすぎていたらしい。
部屋の中をうろちょろ動き回る兄を見ていたら、いろいろ考えていたのがバカらしく思えてきた。
明日になったら、起きてきた秋良を抱っこして「おはよう」と言ってみようか。
そして、朝ごはんの準備と保育園の支度を手伝ってもらおう。
そんなことを考えながら、大きなあくびをした。
『お前も寝なきゃな。子守歌歌ってやろうか?』
兄がにやりと笑う。
俺は丁重にお断りして、兄との邂逅に感謝した。
俺と秋良の生活が心配で、見に来てくれたのだろう。
もしかしたら、これは現実感あふれる夢なのかもしれないが、それでもかまわない。
二度と会えないと思っていた兄との再会が叶い、こうして話ができただけで、俺は十分幸せだ。
できることなら、秋良にも話をさせてやりたかったが……。
「兄ちゃん、俺、頑張るよ。……今までありがとう」
改めて礼を告げると、兄は照れ臭そうに笑った。
4
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
小さなパン屋の恋物語
あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。
毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。
一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。
いつもの日常。
いつものルーチンワーク。
◆小さなパン屋minamiのオーナー◆
南部琴葉(ナンブコトハ) 25
早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。
自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。
この先もずっと仕事人間なんだろう。
別にそれで構わない。
そんな風に思っていた。
◆早瀬設計事務所 副社長◆
早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27
二人の出会いはたったひとつのパンだった。
**********
作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
お隣の犯罪
原口源太郎
ライト文芸
マンションの隣の部屋から言い争うような声が聞こえてきた。お隣は仲のいい夫婦のようだったが・・・ やがて言い争いはドスンドスンという音に代わり、すぐに静かになった。お隣で一体何があったのだろう。
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる