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12 発熱は突然に

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 思い返してみれば、その日、秋良の様子はどこかおかしかった。
 食事は普段の半分ほどしか食べなかったし、何だかぼうっとしている時間も長かった。

 一応体温を測ったが、熱はなく、秋良も具合の悪いところはないという。
 暑い日が続いていたから、夏バテかと思い、夜はさっぱり食べられるそうめんを用意したが、やはりあまり量を食べられなかった。


 明らかな異変に気づいたのは、夜眠っている秋良の様子を見に行ったときだった。
 仕事がまだ残っていた俺は、秋良を寝室に寝かしつけてから、リビングで仕事をしていた。

 この家の寝室はリビングの隣。
 おかげで、秋良の夜泣きにもすぐに気づくことができる。


 続いていた秋良の夜泣きは、もうすっかり落ち着いていた。
 秋良を引き取って、早いものでもう2ヶ月ちょっと。
 いつまで続くのかと怯えていた夜泣きは、1ヶ月を過ぎたころから頻度が減ってきて、今では泣かない日の方が多いくらいだ。

 だから、寝室からか細い泣き声が聞こえてきたときは「珍しいな」と思った。
 普段なら少し様子を見て、自力で寝付くのを待つのだが、今日はなんだかすぐに秋良のもとに向かわなければならない気がした。
 その泣き声が、いつもとは違って聞こえたから。


「秋良?」


 そう呼びかけながら、寝室の扉を開く。
 秋良の枕元に立っていた兄が、ゆっくり俺を振り向く。


「兄ちゃん?ここにいたのか?」

「春馬……。ちょうど呼びに行こうかと思ってた」

「ああ、夜泣き、最近少なくなってたのにな」

「いや、そうじゃなくて……」


 泣きながら苦しそうに眠っている秋良を抱き上げようと手を伸ばす。
 その指先が秋良の首筋に触れたとき、俺は驚いて、思わず手を引っ込めた。


「あつっ!」


 秋良の身体が異常なほど熱い。
 さっき寝かしつけたときは、エアコンの風を浴びてひんやりしていたのに。


「た、体温計……!」


 慌ててリビングに体温計を取りに行き、秋良の脇に挟む。
 やがてピピピ、と甲高い音が鳴り、体温計の表示を見る。
 液晶には「39.7℃」と表示されていた。

 一気に血の気が引いたのがわかった。


「や、やばい……!夜間救急?いや、救急車?」


 スマホを手に取ったが、救急車の番号が思い出せない。
 どうしよう、どうしようとスマホの画面と秋良を交互に見ながら慌てていると、スマホの前に手が飛び出てきた。
 兄の手だった。


「に、兄ちゃん……。秋良、すごい熱い。救急車って何番だっけ……?」

『落ち着け!』


 兄に一喝され、ハッとする。


『子どもの熱が急に上がることはよくある。救急車を呼ぶ必要はない』

「でも、39.7℃だぞ?!そんな高熱……!」

『子どもの熱は上がりやすいんだ。40℃を超える発熱もしょっちゅうだった。だからいったん落ち着け』

「わ、わかった……」


 熱い秋良の身体を抱いたまま、深く深呼吸をする。
 混乱していた頭が、少しは収まった気がした。

 俺の腕の中で、秋良が身じろぎした。
 小さな瞼を重たそうに持ち上げ、秋良が俺を見つめる。


「……パパ……?」


 目尻に涙を浮かべて、秋良が言った。
 俺は心臓をわしづかみにされたような気持ちになりつつも、ただ秋良を抱きしめた。

 兄は秋良に手を伸ばしたが、触れられずにすり抜けるだけ。
 そのときの兄の顔は、悲しみや絶望、怒り、悔しさなどさまざまな感情が混ざり合っているように見えた。
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