上 下
10 / 22
受け視点~現在~②

10話 穏やかな時間

しおりを挟む
「ね、そろそろ有給合わせて取って旅行でも行かない?」

───昼休み。二人きりで休憩していると、ふと彼がこちらだけに聞こえるトーンで囁いてきた。
入社してあっという間に過ぎていった日々は、学生時代に比べて二人の時間どころか、一人の時間すらも限られていて、そろそろ羽を伸ばしたくなってきた頃だった。

「旅行……?」
「うん、温泉とか行きたいなーって……」
「いいね。………いいのかな」
「いいよ、行こう? どこがいいかな………」
「だって、そっちは、………」

許嫁の子との結婚が控えているじゃないか、と言おうとするも言葉が詰まる。

「ん?……ああ、挙式はまだお互いに落ち着いてからだし。彼女もまだキャリアアップしたいみたいだから、会うのもあまり都合つかないんだ」
「そう?なら、……いいのかな」
「うん。久々に羽を伸ばして来ようよ」

そう言って微笑む彼はやはりいつもと変わらぬ様子である。その笑顔を見て、改めて本当に彼と二人きりで旅行に行ける事を喜ばしく感じた。

「嬉しいなあ、卒業してから就職まで二人でゆっくりできる時間なかったから」
「……そうだね。えっちもできて最低限だったし」
「ちょっ……!昼間からそういう……!」

不意に耳元で囁かれた言葉にカッと顔が熱くなり慌てる。まだ外が明るく、そうでなくても職場にいて、誰に聞かれるともわからないのに。その様子に彼は「かーわいい」とおどけていて、悔しさから頬を膨らませた。

「ん。もう時間やばいかな。前もって戻っておかないと煩いし───じゃあ細かいことはメッセしようか」
「わかった」

そう言って彼は先に休憩室を出ていった。それを見送ってから自分もデスクへ戻る。仕事中もずっと彼の事が頭から離れなかった。本当に彼と旅行に行けるんだ、と思うだけで頰が緩んでしまう自分が恥ずかしくなりながらも、旅行先を考え始める。

(どこに行こうかな……近場がいいよね……?)

温泉旅館でゆっくりするのも良いし、観光地を巡るのも良いだろう。どちらにしても楽しみで仕方ない。



   ◆


その後、何度かメッセをやり取りし、近隣の温泉街に行くことに決めた。
喧騒とした都会を離れて、穏やかな自然と適度なお持て成し、観光を求めて。

当日はなかなか寝付けなかった。元から遊び歩く事は少ない方だったけれど、大学時代は彼とよく旅行に出かけていたにも関わらず、久々の機会とあって、まるで小学生が初めて遠足に行く日のように楽しみであれやこれやと想い馳せてしまい、寝床に入っても色々考えてすぐに眼が冴えて落ち着かなかった。

支度も終わり、後は寝るだけだというのに気持ちばかり持て余してしまう。気が付いたらスマホで『起きてる?』と彼にメッセを送っていた。
するとすぐにコールが鳴る。

『───寝付けない?』

通話にするとすぐに優しい彼の声色が聞こえた。

「………うん」
『俺も。───なんかまるで初めて旅行するみたいな気分』
「学生時代なんども一緒に行ったのにね」
『ね』

そう言ってクスクスと笑うと彼も嬉しそうに同調する。そのまま何か適当な話題で時間を潰そうと思っていると、不意に彼が口を開いた。
『……今、何してる?』
「え?いや……別に何も」

『そっか。じゃあさ』と彼は言うと、少し間を置いてから言葉を続けた。

『───今、何考えてる?』

「えっ……」
『教えて』

彼は優しい声色で問いかけてくるが、その口調はどこか有無を言わせぬものがあるが、不思議と嫌な気はしなかった。自然と口が動いていた。

「……りょ、旅行のこと?」

正直に答えると彼は少し間を置いてからクスクスと笑った。

『旅行して、なにする?』

「なにって……その、温泉入ったり」
『うん』
「商店街で買い物したり……」
『それから?』
「それからって……」

先ほどから彼は何を言わせたいのだろう。疑問ばかりで応答に困っているこちらに構わず、楽しんでいる様子は電話口から伝わってくる。

『温泉入ったり、買い物したり、それらが終わったら?』

「終わったら…?」

『その後は、何する?』
「えっと……」

そこまで言われてやっと気が付いた。彼は自分に何を言わせたいのか。

「りょ、旅館に帰って寝る……ね」

それが自分にとって精いっぱいの答え方だった。彼が何を言わせたいのかはわかっている。そして、それは自分も期待してしまっている事だけれど、口にするまで開き直れなかった。

『うん。そうだね。───泊る部屋、一応ツインだけど………いつも同じくらいのベッドでしてると思うし大丈夫かな』

「………う、うん……その……でも……いいのかな」

期待はしているが、具体的にイメージすると、マナー的にどうなのだろうと罪悪感が芽生えてきてしまう。

『いいよ、俺はどこでも。久々にバスルームでするのもいいね』

こちらの気持ちを汲み取ったのか、彼は冗談交じりにそう答えた。あまりよろしくないものだとしても、お互いに期待しているものは同じなのが嬉しくて「うん」と素直に返事をする。
『じゃあ、そろそろ寝ようか』そう言って彼は通話を切ろうとしたので慌てて引き留める。

「あ……あの……」
『ん?』
「……おやすみのキスして?」

意を決してそう言うと、電話の向こうで彼が息を吞むのがわかった。数秒間の沈黙の後、少し照れたような声で『……いいよ』と返ってきたので胸が高鳴る。

『じゃあ、おやすみ』
「ん……おやすみなさい」

チュ、とお互い電話口でリップ音を響き合わせたあと、通話は途切れた。

マホを枕元に置いて布団に潜り込むと興奮は冷めないものの、少し気が落ち着いたのか眼を瞑ると段々と微睡みに飲まれていった。

(早く明日にならないかな……)

そんな期待感を抱きながら眠りにつくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

年下との婚約が嫌で逃げたのに結局美味しく頂かれちゃった話

ネコフク
BL
当時10歳と婚約させられそうになり「8歳下のお子様と婚約なんて嫌すぎる」と家出して逃げた兎人のユキトは5年前から虎人のアヤから職場で求婚され続けている。断っても断ってもしつこいアヤが成人した途端、美味しくいただいいたゃう話。ストーリーなんてほぼないエロ話。一度致しちゃうと成長が早い虎人という独自設定を入れています。始めと後で体格差は逆転します。

番に囲われ逃げられない

ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。 結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。

番を囲って逃さない

ネコフク
BL
高校入学前に見つけた番になるΩ。もうこれは囲うしかない!根回しをしはじめましてで理性?何ソレ?即襲ってINしても仕方ないよね?大丈夫、次のヒートで項噛むから。 『番に囲われ逃げられない』の攻めである颯人が受けである奏を見つけ番にするまでのお話。ヤベェα爆誕話。オメガバース。 この話だけでも読めるようになっていますが先に『番に囲われ逃げられない』を読んで頂いた方が楽しめるかな、と思います。

告白してきたヤツを寝取られたらイケメンαが本気で囲ってきて逃げられない

ネコフク
BL
【本編完結・番外編更新中】ある昼過ぎの大学の食堂で「瀬名すまない、別れてくれ」って言われ浮気相手らしき奴にプギャーされたけど、俺達付き合ってないよな? それなのに接触してくるし、ある事で中学から寝取ってくる奴が虎視眈々と俺の周りのαを狙ってくるし・・・俺まだ誰とも付き合う気ないんですけど⁉ だからちょっと待って!付き合ってないから!「そんな噂も立たないくらい囲ってやる」って物理的に囲わないで! 父親の研究の被験者の為に誰とも付き合わないΩが7年待ち続けているαに囲われちゃう話。脇カプ有。 オメガバース。α×Ω ※この話の主人公は短編「番に囲われ逃げられない」と同じ高校出身で短編から2年後の話になりますが交わる事が無い話なのでこちらだけでお楽しみいただけます。 ※大体2日に一度更新しています。たまに毎日。閑話は文字数が少ないのでその時は本編と一緒に投稿します。 ※本編が完結したので11/6から番外編を2日に一度更新します。

βを囲って逃さない

ネコフク
BL
10才の時に偶然出会った優一郎(α)と晶(β)。一目で運命を感じコネを使い囲い込む。大学の推薦が決まったのをきっかけに優一郎は晶にある提案をする。 「αに囲われ逃げられない」「Ωを囲って逃さない」の囲い込みオメガバース第三弾。話が全くリンクしないので前の作品を見なくても大丈夫です。 やっぱりαってヤバいよね、というお話。第一弾、二弾に出てきた颯人がちょこっと出てきます。 独自のオメガバースの設定が出てきますのでそこはご了承くださいください(・∀・) α×β、β→Ω。ピッチング有り。

【完結】なぜ、王子の僕は幽閉されてこの男に犯されているのだろう?

ひよこ麺
BL
「僕は、何故こんなに薄汚い場所にいるんだ??」 目が覚めた、僕は何故か全裸で拘束されていた。記憶を辿るが何故ここに居るのか、何が起きたのかが全く思い出せない。ただ、誰かに僕は幽閉されて犯されていたようだ。ショックを受ける僕の元に見知らぬ男が現れた。 なぜ、王子で最愛の婚約者が居たはずの僕はここに閉じ込められて、男に犯されたのだろう? そして、僕を犯そうとする男が、ある提案をする。 「そうだ、ルイス、ゲームをしよう。お前が俺にその体を1回許す度に、記憶のヒントを1つやろう」 拘束されて逃げられない僕にはそれを拒む術はない。行為を行う度に男が話す失われた記憶の断片。少しずつ記憶を取り戻していくが……。 ※いままでのギャクノリと違い、シリアスでエロ描写も割とハード系となります。タグにもありますが「どうあがいても絶望」、メリバ寄りの結末の予定ですので苦手な方はご注意ください。また、「※」付きがガッツリ性描写のある回ですが、物語の都合上大体性的な雰囲気があります。

浮気をしたら、わんこ系彼氏に腹の中を散々洗われた話。

丹砂 (あかさ)
BL
ストーリーなしです! エロ特化の短編としてお読み下さい…。 大切な事なのでもう一度。 エロ特化です! **************************************** 『腸内洗浄』『玩具責め』『お仕置き』 性欲に忠実でモラルが低い恋人に、浮気のお仕置きをするお話しです。 キャプションで危ないな、と思った方はそっと見なかった事にして下さい…。

同室のクールな不良に嫌われてると思っていたのに、毎晩抱きしめてくる

ななな
BL
「ルームメイト変更、する?」 「…………は?」 全寮制の男子校に通う高瀬の同室相手は、クールでイケメンな不良。 誰に対しても塩対応ではあるが、高瀬に対してはもっとひどかった。 挨拶だけは返してくれるものの、基本的に会話という会話はない。 おそらく嫌われている………。 ならいっそ、ルームメイトを変更してもらったほうがいいんじゃないか。 そう思った高瀬が不良に提案してみると…? 高瀬(受)微無自覚美人。読書と勉強が趣味。 津田(攻)素行不良。喧嘩するタイプではない。ギャップの塊。 ※途中でR-18シーンが入ります。「※」マークをつけます。 ※王道設定ではありません。普通の男子校が全寮制なだけです。

処理中です...